『・・・・・・送り狼にはなるなよ』
「で、これが部屋のカギね。戦闘員は基本全員相部屋ね、相部屋。部屋数が足りねぇのよ」
今度は投げ渡されるということはなく、普通に手渡しだ。流石に貴重品だけに扱いが丁寧だ。鍵は見慣れたカードキー。ただ、普段目にするものよりより、ちょっと高級そうな素材でできている。質感だけで言うならばTカードがいちばん近いか。
表にはでかでかと悪魔のようなものをモチーフにしたマークがプリントされている。どうやら、この組織のシンボルマークらしい。まるで子供の落書きだ。
俺がカードキーを見ていると総統は眠そうに欠伸。・・・女性の欠伸って、こんなに醜いものだったろうか。せめて口を隠せよ。喉の奥までこっちに見えているじゃないか。
「んじゃ、今日はお開きで。まほろちん、こいつ案内してやって」
「あ、はい。解りました」
トテトテと、まさにそう表現するしかないような足音でドアへと向かうまほろさん。かわいい盛りの娘を見るような温かい目で見守る俺。そこへ博士が声をかける。
「おい、羽賀也」
「なんっすか?」
「・・・・・・送り狼にはなるなよ」
「ならねえよ!」
最後の最後にとんでもないことぬかしやがったあの爺。
「明日は朝一で朝礼だかんな。遅刻したら殺すから」
とどめに総統の捨て台詞。
・・・なぜだろう、当の本人が一番遅刻しそうだ。
荒々しく部屋から出る。出るときにも関わらず、律儀にスモークを吐きだすシステムが哀愁を誘うな・・・。
ようやく一人になれた俺は大きくため息をつく。ここにきてからずっと振り回されっぱなしだったからな。これでのんびり考え事ができる。
「あのぉ・・・。羽賀也さん、聞いてますかぁ・・・」
ゴメン、普通に忘れていた。先に出ていたまほろさんが今にも泣きだしそうな目、というか既にちょっと泣いている目でこっちを見つめていた。まほろさんが大分小柄なので必然的に俺のことを見上げることになるので、上目遣いが溜まらなくかわいい。
「すみません、ちょっとボーっとしてました」
「いえいえ、いいんですよぉ。誰だって最初は戸惑いますからねぇ~」
ニコニコと微笑む彼女はまるで天使。日頃の生活に女っ気のなかった俺にとっては、こうして女の子に優しく声をかけられるだけで頭の奥の方からフワフワしてくる。素晴らしいなぁ・・・、潤いのある職場。
「では、私について来てくださいねっ、はぐれたりしたら嫌ですよっ」
初めて自分より小さい子に会ってお姉ちゃんぶりたい末っ子のようにぴょこぴょこと歩き出す彼女を、先ほどの総統のような温かい目で見つめる。総統が彼女のことをウサコッツといったのにもうなずける。彼女の存在そのものが荒んだ心を癒していくようだ。
ここで、ふと気づく。なぜ、こんなにかわいらしい女の子が悪の組織で、あろうことかタコの被りものをして銀行強盗なんぞをしているのか。
まさかあの長髪女に弱みでも握られているのだろうか・・・?
「はーがーやーさん。追いてっちゃいますよー」
「あ、はい、すいません」
廊下の端っこで、ぴょんぴょんと俺に手招きするまほろさん。
まあ、いいや。難しいことは後で考えよう。今は、彼女のことをもうちょっとだけ愛でていよう。
今までダラダラと毎日を過ごしてきた俺だが、今度は何か変わりそうだ。
片手に抱えたヘルメットをしっかりと両手に持ち直すと、俺は悪の戦闘員として、最初の一歩を歩き出した。