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## 第2話:五天王『嚢』の空間歪曲

「……カク?」


火の手が上がる広場の真ん中で、リンが震える声で彼の名を呼んだ。彼女の瞳には、先ほど起きた超常的な光景が信じられないといった驚愕と恐怖が入り混じっている。


カクは答えの代わりに、塵となって消えた幹部『競』の残骸を見下ろした。奴は死ぬ間際、悲鳴を上げなかった。代わりに奇怪に笑い、こう呟いたのだ――『見えるぞ、貴様の画数が……』。

その不吉な予感は的中した. 村のあちこちから聞こえていた悲鳴が、ある瞬間、ぴたりと止んだ。静寂。だがそれは平和ではなく、より巨大な捕食者が現れた時に森が息をひそめるような、奇怪な静けさだった。


「カク……」


リンがカクの袖をぎゅっと掴んだ. 細い指先が白くなるほど力がこもっており、その震えはカクの腕を伝って心臓まで届いた。母親を失った悲しみさえ吐き出せぬまま、目の前の非現実的な恐怖に怯える少女の生存本能だった。


空が歪み始めた。単に雲が流れているのではない。空間そのものが巨大な布切れのようにひしゃげ、村全体を包み込むように窄まっていく。


「この魔力は……」


カクの眉間に皺が寄る。22画という膨大な魔力が空を覆い、一つの巨大な文字を形成していた。


(のう) (袋・22画)


空中から具現化した巨大な『袋』が、村を丸ごと飲み込もうとするかのように口を開けた。その中心から、魔王軍五天王の一人――**『嚢』**が姿を現した。奴はカクを見て, 奇怪に口角を吊り上げた。


「面白い術を使うな、解体師。競が引き裂かれた時の感覚が、ありありと伝わってきたぞ」


嚢の声には、直接見ていなければ知り得ない『経験の共有』が宿っていた。奴らは感覚を共有している。


「連結点を断つと言ったか? ならば、断つべき点さえ見つけられぬようにしてやろう」


嚢が手を伸ばすと、空間が捻じ曲がった。瞬時にカクとリンを取り囲む大気が、袋の中に閉じ込められたように屈曲する。空間拘束。カ쿠は直ちに魔力を集中させ、敵の本質を暴こうとしたが、視界がゆらゆらと揺れた。敵の本体である22画の線たちが、直線ではなく曲線となってうねり、位置を刻一刻と変えている。


リンの震えがさらに激しくなる。世界が歪み、足元が沈み込むような感覚に、彼女はカクの袖を離すまいと必死に縋りついた。


「我が袋の中では、すべての画順が混ざり合う。貴様の取るに足らない4画の魔法が届く場所などない」


嚢は魔力の循環を極限まで引き上げた。カクが解体の線を引く前に、22画の魔力たちが光速で回転し、解体の干渉を弾き飛ばす。続く攻撃は無慈悲だった。嚢の周囲から数千の魔力破片が物質化して降り注ぐ。一つ一つは5画以下の下級魔法だが、22画の総量から放たれる物量は災厄に近い。


カクはリンを抱きかかえ、地面を転がった。空間は歪み、敵の循環は速すぎる。


(落ち着け。奴らが競の記憶を共有しているなら、俺の『解体』が届く隙を与えまいとするはずだ。逆説的に、その『備え』自体が奴のパターンになる)


カクは目を閉じた。視覚に頼る代わりに、肌に触れる奇怪な魔力の波動に集中する。22画の巨大な循環。その回転が頂点に達し、ごく僅かな刹那、次の画へと移るためにすべてのエネルギーが一箇所に凝縮される地点。


嵐のように降り注ぐ魔力弾の中に、唯一つの『結び目』が見えた。


「……見つけた」


カクの指先が、虚空の空白を目掛けて突き立てられた。


()!」


空間の歪みが、刹那、嘘のように静止した。4画の停止魔法が、22画の巨大な循環の中で最も核心的な結び目を、がっしりと掴み取った。


「何だと? 止まっただと?」


嚢の声に、初めて驚愕が混じった。


「共有された情報が、かえって仇となったな。俺の解体を避けようとして、魔力を急ぎすぎた。止まった今、貴様の結び目は静止画も同然だ」


カクの手が電光石火の速さで動く。止められた22画の巨大な袋、その複雑に絡み合う中央線に向けて、解体の魔法が炸裂した。


(ブン)!」


――轟音。


捻じ曲がっていた空間が元に戻り、巨大な衝撃波が発生した。22画の巨躯であった嚢は, 一瞬にして11の破片へと解体された。


[口] + [口] + [口] + [丨] + [口] + [衤] + [十] + [丨] + [一] + [一]


最も高い部数でさえ、わずか4画。五天王という威圧感はどこへやら、地面には名もなき部首の欠片が無気力に散らばっているだけだった。


「貴様の袋は、多くを詰め込もうとして、逆にもろくなったな」


カクは散らばった欠片に向けて、最後の一撃を展開した。


(サク)!」


9画の光輝が、バラバラになった部首たちを飲み込んだ。五天王『嚢』は、悲鳴を上げる間もなく消滅した。


事態は一段落したが、カクの表情はさらに険しくなった。嚢が消滅する瞬間、奴の瞳に映った自分の姿が, まるで誰かに生中継されているかのような不気味な感覚が残ったからだ。


カクは、いまだに自分の袖を掴んでガタガタと震えているリンの手の上に, 自分の手を重ねた。冷たい彼女の指先から、戦争の残酷さが伝わってくる。


「リン、もうここにはいられない。死に際に報告を終えたようだな。これで魔王本隊にまで俺の能力が知れ渡った」


スピード戦だ。魔王が完璧な対策を立てる前に、その心臓を貫かねばならない。カクはリンの手を引いた。


「一緒に行こう。奴らが俺を完全に分析し終える前に、こちらから魔王の首を取りに行く」


二人の影が、長く伸びた。村を去る彼らの背後には、燃え盛る煙だけが虚しい空を埋め尽くしていた。

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