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第7巻:如月令嬢は『配電盤の堕天使を鑑定しない』  作者: アリス・リゼル


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第2話『水飲み場とサッカーボール』 ~section3:古い皮革と、掠れた塗料~

「サクタロウ、手が震えておるぞ。懐中電灯の光の軸を、この『呪』という文字の右端にピタリと固定するのじゃ。一ミリたりともブレさせるでない」


 十月下旬の夜の底に沈んだ、初等部の古い水飲み場。

 その裏手に広がる、冷たく湿った茂みの前で、如月瑠璃の凛とした、しかし絶対的な命令を含む声が響いた。


 僕は「ひぃっ」と情けない声を漏らしながら、両手でしっかりと銀の懐中電灯を握り直し、コンクリートの土台の上に置かれた泥まみれのサッカーボールへと光を向けた。


 先ほどまで、ただの『ウォーターハンマー現象』という物理のバグに怯えていた自分がひどく滑稽に思えるほど、目の前にある不純物は、暴力的なまでの『不気味さ』と『悪意』を放っていた。


 ドロドロの泥と緑色の水苔に覆われた古いサッカーボール。その泥を拭い去った白いパネルの中央に、まるで乾いた血のようなドス黒い赤色で、デカデカと殴り書きされた『呪』の一文字。


 それは、どう控えめに解釈しても、他者に対する強烈な恨みや、悍ましい念を込めて作られた『呪物』にしか見えなかった。


「き、如月さん……もうやめましょうよ。それ、絶対にヤバいヤツですよ……!」


 僕はガクガクと震える膝を必死に押さえつけながら、懇願した。


「水飲み場の現象はただの水道管のバグだったかもしれないけど、このボールは違います! 誰かがこの水飲み場を呪うために、血文字で呪いって書いて、わざとこんな暗い茂みの奥に隠したんですよ! これ以上関わったら、僕たちまで呪い殺されちゃいます!」


 僕の悲痛な叫びなど、今の彼女の耳には一切届いていないようだった。

 如月さんは、泥と苔で無残に汚れた純白の手袋を気にする素振りすら見せず、右目にあてがった純銀製のルーペ越しに、そのおぞましい赤い文字を文字通り『嘗め回すように』観察し始めていた。


「血文字、じゃと? 相変わらず、お主の想像力は三流のホラー映画以下の貧困さじゃな。己の無知と恐怖心だけで物事を完結させようとするのは、愚鈍な人間の最も醜い悪癖じゃ」


 如月さんは、ルーペをボールの表面ギリギリまで近づけ、まるで細胞の構造を解き明かす学者のような極限の集中力を見せながら、淡々と僕の妄想を切り捨てた。


「よく観察してみるのじゃ、サクタロウ。人間の血液が空気に触れて乾燥した場合、ヘモグロビン内の鉄分が酸化し、最終的には黒褐色へと変色して脆いカサブタ状になる。そして、長期間雨風や湿気に晒されれば、カビの温床になるか、あるいはバクテリアによって分解され、跡形もなく消え去ってしまうのが自然界の物理法則じゃ」


 如月さんは、純白の手袋の指先で、ボールに書かれた赤い文字の端をそっと撫でた。


「しかし、この文字を見てみろ。確かに表面は経年劣化によって黒ずみ、細かいひび割れが無数に走っておるが、塗料そのものはボールの人工皮革の表面にしっかりと定着し、強力な被膜を形成したまま残存しておる。これは血液などの有機物ではない。顔料をアクリル樹脂のエマルジョンで練り上げた、ただの耐水性『アクリル絵の具』じゃよ。しかも、発色の具合や塗膜の厚さからして、安価な学童用のものじゃな」


「ア、アクリル絵の具……血じゃないんですか?」


「当たり前じゃ。誰がわざわざ、定着率の悪い己の血液でこんな書きにくい皮革の表面に文字を書くというのじゃ。オカルトに脳を侵された愚か者でさえ、実用性を考えれば絵の具を選ぶわ」


 如月さんの冷徹な分析によって、僕の恐怖の根源の一つであった『血文字』という最悪のオプションは、あっさりと「安物のアクリル絵の具」へと格下げされた。


 しかし、だからといって安心できるわけではない。絵の具であろうと血であろうと、『呪』という文字がデカデカと書かれた不気味なボールが茂みの奥に隠されていたという事実には変わりないのだから。


「絵の具だとしても、呪いって書いてあるじゃないですか! 誰かがわざわざそんな文字を書いて隠すなんて、異常ですよ!」


「そうじゃな。異常であり、不可解であり、そして……ひどく『時間』の経過を感じさせる代物じゃ」


 如月さんはルーペを右目にあてがったまま、今度は赤い文字から視線を外し、ボール全体の物理的な劣化状況へとその観察のメスを広げていった。

 暗闇の中、僕の持つ懐中電灯の光の円だけが、如月さんの手元と泥まみれのボールを鮮明に浮かび上がらせている。


「サクタロウ、光をもう少し右へズラすのじゃ。……よし、そこで固定しろ。ここからが、この不純物の『時間的ルーツ』を特定するための、精密な鑑定作業じゃ」


 如月さんの声のトーンが、一段と低く、冷たく研ぎ澄まされた。


「まず、このボールを構成している素材じゃ。現代の一般的なサッカーボールの表面は、ポリウレタンなどの合成皮革で作られておる。この素材は軽く、耐水性に優れているというメリットがある反面、致命的な弱点を持っておる。それは『加水分解』じゃ」


「加水分解……? 水分で分解されちゃうってことですか?」


「左様。空気中の水分や紫外線、そして温度変化に長期間晒され続けることで、ポリウレタンの化学結合が徐々に崩壊し、表面がベタついたり、ボロボロと剥がれ落ちたりする現象じゃ。スニーカーの靴底などが数年でボロボロになるのも同じ原理じゃな」


 如月さんは、ルーペを持たない左手の指先で、泥がついていない白いパネルの端を軽く弾いた。

 すると、表面の薄いコーティングの層が、乾いた皮膚のようにポロリと崩れ落ちた。


「このボールの加水分解の進行具合は、尋常ではない。表面のコーティングは完全に死に絶え、内部の基布きふと呼ばれる繊維の層までが露出し、腐食が始まっておる。さらに、五角形と六角形のパネルを繋ぎ合わせている縫い目の糸……これもナイロンやポリエステルなどの合成繊維じゃが、紫外線劣化によって強度が完全に失われ、少し引っ張っただけで千切れてしまう状態じゃ」


 如月さんの説明を聞きながら、僕も目を凝らしてボールの表面を観察した。

 確かに、ただ汚れているだけではない。ボールそのものが、物質としての寿命をとうの昔に終え、今にも崩壊しそうなほどにボロボロなのだ。


「……じゃあ、このボールは、結構前にここに捨てられたってことですか?」


「結構前、などという曖昧な表現で誤魔化すでない。この月見坂市の平均的な気象データ……降水量、日照時間、そしてこの茂みという多湿な環境条件を計算式に当てはめれば、ポリウレタンがここまで完全に崩壊し、縫い目が腐食するまでに必要な時間は、おおよそ算出できる」


 如月さんはルーペを右目から離し、深いアメジストの瞳で僕を真っ直ぐに見据えた。


「このボールがここに置かれ、雨風に晒され始めたのは、昨日今日のことではない。おそらく……少なくとも『十数年前』じゃ」


「じゅ、十数年前!?」


 僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。


 十数年前といえば、僕たちがまだほんの幼児だった頃だ。そんな大昔から、この『呪いのボール』は、初等部のグラウンドの片隅で、誰にも見つかることなく眠り続けていたというのか。


「……左様。さらに、この赤いアクリル絵の具の劣化具合も、その推論を裏付けておる。アクリル塗料は乾燥すると強い耐水性を持つが、十数年という長期間、野外の温度変化と紫外線に晒され続ければ、塗膜の柔軟性が失われ、細かなひび割れ——クラックが無数に発生する。この『呪』という文字の表面に刻まれたミクロの亀裂の深さと密度は、まさに十数年という歳月が刻み込んだ物理的な年輪じゃ」


 十数年前の、呪いのボール。


 その事実が突きつけられた瞬間、僕の背筋を、先ほどとは違う種類の、ひどく冷たくて重い悪寒が駆け下りた。


 一人の生徒の突発的なイタズラではない。


 十数年もの間、この初等部の水飲み場の裏という暗がりに、怨念めいた文字が刻まれた物体が、ひっそりと、しかし確実に存在し続けていたのだ。


 それはまるで、この学園の地下に根を張る、底知れぬ狂気の歴史を覗き込んでしまったかのような、本能的な恐怖だった。


「十数年前から、こんな呪いのボールがここに……。やっぱり、この学園には昔から何か恐ろしい因縁があるんですよ! 過去にここで凄惨な事件があって、その呪いが十数年経った今でも……!」


「黙るのじゃ、サクタロウ。己の思考をすぐにオカルトという安易なゴミ箱に放り込むでない」


 パニックに陥りかける僕を、如月さんの氷の刃のような声が再び切り裂いた。


「わしの言葉を最後まで聞け。このボールの素材と塗料の劣化具合が示しているのは、あくまで『このボールが製造され、文字が書き込まれたのが十数年前である』という物理的な事実のみじゃ。わしが真に不可解だと感じているのは、その事実と、このボールの『現在の表面状態』との間に存在する、致命的な『矛盾』なんじゃよ」


「矛盾……?」


「そうじゃ。サクタロウ、お主は先ほど、このボールを見つけた時、半分ほど泥に埋もれていたと言ったな?」


「は、はい。泥と落ち葉に埋もれてて、手で探ってたら触れちゃって……」


「ならば、もう一度このボールの表面全体を、よく観察してみるのじゃ。光を全体に当てろ」


 如月さんの指示に従い、僕は震える手で懐中電灯を引き、光の円を広げてボール全体を照らし出した。

 半分が緑色の水苔に覆われ、もう半分がドス黒い泥にまみれた、不気味な球体。


「十数年間、この茂みの奥で、雨ざらしのまま放置されていたのであれば。ボールの表面はどうなっているはずじゃ? 地面に接している下半分は完全に土に埋もれ、露出している上半分は、均一に水苔に覆われるか、あるいは雨風によって洗い流され、泥の付着は不規則なものになるはずじゃ。自然の風化というものは、常に環境に対して受動的であり、一方向からの影響を蓄積していくものじゃからな」


「……確かに。ずっと置きっぱなしなら、上の泥は雨で流されてるはずですよね。でも、このボールは全体が泥でコーティングされてるみたいに汚れてます」


「そこじゃ。お主の言う通り、このボールの泥の付着の仕方は、自然の風化としては極めて不自然なんじゃよ」


 如月さんは、再び銀のルーペを右目にあてがい、ボールの表面にこびりついている『泥の層』の断面を、ミリ単位で観察し始めた。


「土壌というものは、時間とともに性質を変える。このボールのパネルの縫い目の奥深くに詰まっているのは、長年の雨水によってミネラル分が凝縮し、カチカチに硬化した極めて古い土じゃ。これは、このボールが十数年前から存在しているという事実と合致する。……しかし、その表面を覆っているこの黒い泥の層を見てみろ」


 如月さんはピンセットの先端を使い、ボールの表面にべったりとこびりついている黒い泥の一部を、カリッと削り取った。


 それは、古い土のようにカチカチではなく、まだ微かな水分を含んでおり、比較的容易に剥がれ落ちた。


「この表面の泥は、極めて『新しい』。数ヶ月、あるいは数週間前に付着したばかりの、まだ腐葉土の油分を含んだ柔らかい泥じゃ。十数年前の古い遺物の表面に、つい最近の新しい泥が、まるで意図的に塗りたくられたかのように、分厚い層を形成しておる」


「え……? 古いボールに、新しい泥が……?」


「左様。さらに決定的な証拠がある」


 如月さんは懐中電灯の光を斜めから当てさせ、泥の層の表面に浮かび上がる微細な凹凸を、ルーペで拡大して見せた。


「この泥の表面に残された、不規則だが一定の方向性を持った筋状の痕跡……。雨水が流れた跡ではない。風が削った跡でもない。これは、人間の手のひら、あるいは指の腹を使って、湿った泥をボールの表面に直接『擦り付けた』痕跡じゃ」


「人間の、指の跡……!?」


「そうじゃ。しかも、この擦り付けられた泥の層は、一層ではない。古い泥の上に新しい泥が重なり、さらにその上にまた泥が塗られている。まるでミルフィーユのように、新旧の泥の地層が形成されておるのじゃ」


 如月さんの口から語られる物理的な事実の羅列は、僕の脳内で一つの恐ろしい結論へと結びついていった。


「それって……つまり……」


「理解したようじゃな、サクタロウ」


 如月さんはルーペを右目から外し、暗闇の中で僕を見据えた。


 そのアメジストの瞳には、一切のオカルトを排した、冷徹な真実だけが映し出されていた。


「この『呪』と書かれた十数年前のボールは、ただこの茂みに放置され、忘れ去られていたわけではないのじゃ。……何者かが、長期間にわたり、定期的にこの茂みを訪れている。そして、雨風でボールの表面が露出しそうになるたびに、このボールを一度土の中から掘り出し、自らの手で新しい泥を擦り付けてコーティングし、再び誰の目にも触れないように茂みの奥深くへと隠し直している」


 如月さんの言葉が、夜の冷たい空気の中に重く響き渡った。


「つまり、この不純物は……誰かの手によって、現在進行形で『維持(メンテナンス)』され続けている、ということじゃ」


「メンテナンス、されてる……?」


 僕は、自分の口から出た言葉の意味を、すぐには理解できなかった。


 十数年前に作られた、呪いの文字が書かれたボール。


 それが、単なる忘れ物ではなく、今この瞬間も、誰かによって定期的に泥を塗られ、茂みの奥に隠し直されている?


 背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走った。

 幽霊よりも恐ろしいかもしれない。


 一体、どこの誰が、何の目的で、十数年前の不気味なボールを、初等部のグラウンドの片隅で律儀に管理し続けているというのか。


「き、如月さん……それ、本当ですか? 誰かが、この呪いのボールをずっと手入れしてるって……」


「わしの物理的観察眼に狂いはない。表面の泥の地層と指の痕跡は、極めて人為的な『隠蔽工作の反復』を証明しておる。……しかし、実に奇妙な話じゃな」


 如月さんは、泥まみれのボールを見つめたまま、首を傾げた。


「もし、このボールが本当に誰かを呪い殺すための忌まわしい呪物であり、犯人がその呪いを継続させるために管理しているのだとすれば、行動が矛盾しておるのじゃ」


「矛盾、ですか?」


「そうじゃ。真に呪いを目的とするならば、対象者の目に触れる場所に置くか、あるいは完全に土中深く、あるいは地中深くへと埋葬して封印するのが呪術の基本じゃ。しかし、犯人はこのボールを『地表に近い茂みの奥』という、極めて中途半端な場所に隠し続けておる。見つけられたくないのであれば、深く穴を掘って埋めればよいものを、わざわざ泥を塗るという面倒な手作業で表面をカモフラージュし、また同じ浅い茂みに戻しているのじゃ」


 如月さんは純白の手袋の指先で、自分の顎を軽く叩いた。


 彼女の頭の中で、物理的な証拠から導き出された数々の矛盾が、高速で激突し、新たな仮説を生み出そうとしているのが分かった。


「さらに言えば、この『呪』という文字の不自然さじゃ」


「不自然さ? デカデカと血みたいな色で書いてあって、十分不自然で怖いですけど……」


「そうではない。文字の『配置』と『バランス』の話じゃ」


 如月さんは、懐中電灯の光を再び白いパネルの赤い文字へと向けた。


「よく見るのじゃ。この『呪』という文字は、確かに大きく殴り書きされておるが、白いパネルの中央から、わずかに『左側』へと寄って書かれておる。右側には、もう一文字、あるいは二文字ほど書き込める不自然な余白のスペースが存在しておるのじゃ」


「……あ。本当だ。言われてみれば、文字が左に寄ってますね」


「人間が球体の限られたパネルの中に、単一の漢字一文字をデカデカと書く場合、無意識のうちに空間の中央に配置しようとするのが自然な心理というものじゃ。しかし、この文字は明確に左へ寄っている。……それはつまり、最初から『呪』の一文字だけを書こうとしたわけではない、ということじゃ」


 如月さんの指摘に、僕は目を丸くした。


 最初から一文字ではなかった?


「おそらく、この文字の右側には、十数年前の時点では、別の文字が続いて書かれておったのじゃろう。しかし、長年にわたって『泥を擦り付けて隠し直す』という犯人の反復的なメンテナンス作業によって、右側にあった文字の塗料だけが激しい物理的摩擦を受け、完全に剥がれ落ちてしまった。結果として、左端にあった『呪』の一文字だけが、奇跡的に残存してしまった……というのが、最も論理的な物理現象の推移じゃ」


 十数年前のボール。


 定期的な泥塗りによる隠蔽工作。


 そして、摩擦によって削り取られ、偶然残ってしまった『呪』の一文字。


 すべての物理的な証拠が、一つの奇妙な事実を浮き彫りにしていた。


 これは、呪いの儀式の道具でも、幽霊の仕業でもない。


 誰かが、十数年前の『何か』が書かれたボールを、見つからないように必死に泥を塗って隠し続けているという、ひどく執念深く、そしてどこか滑稽な『人間の行動の残骸』だったのだ。


「一体、誰が……何のためにこんな面倒なことを、十数年も続けてるんですか? 十数年前って言ったら、今の学園の生徒は誰も生まれてないか、幼児ですよね。じゃあ、犯人は大人ってことですか? 大人が夜な夜な、学校に忍び込んで泥を塗ってる……?」


「それは分からん。物理的な証拠が教えてくれるのは、『何が起きたか』と『いつ起きたか』までじゃ」


 如月さんは、銀のルーペを鞄の中にしまい、静かに息を吐き出した。


 そして、純白の手袋をはめた右手を、泥まみれのボールの表面——『呪』の文字のすぐ横の余白部分へと、スッと伸ばした。


「ここから先は、論理的な物理の領域を超えた、愚鈍な人間たちの『情動』の領域じゃ。誰が、どのような狂気、あるいは強烈な設定を持って、このボールを十数年前から管理し続けているのか。なぜ、中途半端な茂みに隠さなければならなかったのか。そして、消えてしまった右側の文字には、一体何が書かれていたのか」


 薄暗い初等部のグラウンド。


 スマートシティの冷たいLEDの光が届かない深い暗闇の中で、如月瑠璃の深く美しいアメジストの瞳が、神秘的な光を帯びて微かに輝いた。


「——さあ、この不純物に蓄積された十数年分の愚鈍なルーツを、わしに語ってみるのじゃ」


 天才鑑定士の白く細い指先が、古いサッカーボールの冷たい泥の表面に、静かに触れた。


 僕は息を殺し、彼女の口から語られるであろう、十数年前から続く狂気のメンテナンスの『真の理由』の解明を、固唾を呑んで待ち受けていた。



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