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嘘がつけない雨宮さん  作者: 宗一


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言えなかったことが、残っている

 日曜。蒼真はスマホを握りしめて横になっていた。


 日和は友達とお出かけしていて、親も仕事に行っているからすごく静かだ。


 蒼真は、碧へ送る小説の感想について考えていた。


(いや、なんて送ればいいんだ……)


 「よかったよ」とかだとなんか冷たい感じもするし、「あそこのシーンがめちゃくちゃよくて、そんであのシーンも……」みたいに言ったらオタク感出て痛いし、もうなんて送ればいいんだ。


 ふと時間を見る。もう午後の2時だ。


 そう、蒼真は昨日から何も送れないまませっかくの日曜を無駄に過ごしてしまった。本は昨日のうちに読み終わったというのに。


 電源を落としてはまた点ける。そんなのを何回繰り返しただろうか。


(……いや、もう明日言えばいいのでは?)


 別に、無理にメールで言う必要は無いし、もうそうしてしまおうか。


 そうだ。よく考えてみればそれでいいじゃないか。今までこんなことをしていた自分が少し馬鹿らしく感じてしまう。


 明日、直接言う。それだけ決めて蒼真はスマホを机にそっと置いた。


 外から聞こえる鳥のさえずりが、心を落ち着かせてくれた気がした。



   ◇



 夜、碧も同じようにベッドに寝転がりながらスマホの画面をじっと眺めていた。


(やっぱり、メール来ないのかな……)


 よくよく考えてみれば、迷惑だったのかもしれない。


 いや、もしかしたらまだ読み終わってないという可能性もあるし……。あぁ、考えるだけもどかしい。


「はぁ……」


 碧はスマホの画面を伏せる。指だけが、無意味にシーツをつまんでいた。



   ◇



 翌日、蒼真が教室に入ると、碧はもう席について本を読んでいた。いつもより登校するのが早い気がする。


 普段より、教室が静かに感じた。


 特に挨拶なども交わすことなく、蒼真は鞄から教科書やらノートやらを出す。


 ちょっとして蒼真は準備を終え、席につく。


(……いや、どのタイミングで話しかければ……)


 チラッと隣を見る。


 碧が手で髪を耳にかけるのが見える。上品だ。


 その瞬間、碧がページをめくる。それだけで、見ているのがバレたのかとビクッとしてしまう。


「宮内くん」


 いやバレてた。


「ご、ごめんえっと雨宮さんを見てた訳じゃなくて……」


「えっと、何の話?そうじゃなくて。その、感想……」


 いやバレてなかったんかーい。


「あっ、そうだった」


 まずい、昨日ずっとなんて話すか考えていたというのに、一晩の睡眠を経るだけでこんなにもド忘れしてしまうとは。


「えーっと……。語彙なくてあれだけど、めっちゃ面白かった」


 すると、碧の表情が僅かに緩んだ気がした。


「ほんと?じゃあ、また私も買って読んでみようかな〜」


 その声は、さっきよりも柔らかさを持っていた。


「あと、本当は昨日メールで送ろうと思ってたんだけど。ちょっと勇気が出なくて……ごめん」


 蒼真が謝ると、碧は小さく首を傾げた。


「え、いや謝らなくていいよ。だって私がお願いしたことだったし……」


 碧は視線を落とす。


「私こそ、困らせるようなことお願いしちゃってごめん」


「あ、いや、全然困ってないし大丈夫だよ」


 すると、碧は表情を綻ばせ、小さく、ご機嫌そうに「よかったぁ」と言った。

 

「よっすー蒼真ー」


 教室のドアを開く音と一緒に、自分を呼ぶ声が聞こえた。


「げっ晴也か」


「げってなんだよ」


「ごめん」


「いや全然いいんだけど……」


 晴也は碧と蒼真を交互に見る。そして何か察したように言った。


「もしかして俺、なんか邪魔しちゃいました?」


「いやしてねぇから」


 少し食い気味に蒼真が返答する。


 その2人のやりとりを見ながら、碧は口元を緩ませる。


「宮内くんと月城くんって、仲良いんだね」


「まあ、一応友達歴は4年ってとこなんでね」


「そうだな」


 突然、晴也が何か思い出したように言った。


「ところでなんだけど……雨宮さんって、玲奈さんとメールとか繋がってたりする……?」


 予想外の質問に碧は意表を突かれたのか、少しフリーズする。


「え、あ、うん。繋がってるよ」


 途端、晴也の顔がぱあっと明るくなるのがわかった。


「その、もし良ければなんだけど……玲奈さんとメール交換できたりしないですか?」


「えっと、それは……多分ダメかも」


 そう言いながら、碧は自分の指をぎゅっと握った。


「うわまじか〜。ちょっとショックかも」


 ……本当は、別に教えても良かった。


 理由は分からない。でも、それをすると、玲奈が離れていってしまう気がした。


「ごめん。今の嘘っていうか……」


 ――碧は、嘘がつけなかった。


「え、そうなの??」


「うん……」


 晴也は一瞬、何か言いかけて、口を閉じた。


「……あぁでも、やっぱいいよ」


「え、いいのか晴也」


「うん、いいよ」


「へぇ〜」


 すると、何かを理解したかのように碧が口を開いた。


「え、じゃあ月城くんは玲奈のこと……」


「あ、気づいちゃいました?」


「いやそりゃ気づくだろ」


 蒼真が少し呆れたようにツッコミを入れる。


「まあ、玲奈さんには秘密ってことで」


 晴也はわざとらしく片目を閉じ、鳥肌が立つようなウィンクをした。


「う、うん?」


 そのウィンクに、碧も少し動揺している。


「おい晴也、とりあえず準備してこい」


「ほーい」


 晴也と碧が仲良くなるのは、きっと悪いことじゃない。



 それでも、なぜか胸の奥に、小さな棘が残っていた。



   ◇



 

 放課後。少しだけ辺りが暗くなってきた中、蒼真は昇降口を出ようとしていた。


「あ、宮内くん!傘!」


「あ、そうだった。マジで忘れてた」


「えっと……金曜はありがとう」


 蒼真は碧から傘を受け取る。


「いや、全然大丈夫だよ。じゃあ、またね」


 蒼真はにこっと微笑み、手を振りながら歩いていく。


「うん。また」


 碧はその蒼真の後ろ姿を見つめていた。


「ねぇ碧ー。宮内くんってどんな人なの?」


「うわびっくりした!」


 振り返ると、玲奈が立っていた。


「もう、いきなりすぎるよ」


「ごめんごめん」


 玲奈は手を合わせながらえへへと笑う。


「で、宮内くんってどんな人なのよ」


「いや、え……」


 いきなりそんな質問をされても、すぐには答えられない。


「えっと……いい人、だよ」


「……なんか抽象的すぎない?」


「仕方ないじゃん!いきなりそんな質問されて上手く答えられるわけないって」


「たーしかにねー」


 全然そう思ってなさそうな声で、玲奈は相づちを打つ。


「え、てか、傘はなんなの?」


 ――まずい。


 いや、なんて言い訳しよう。でも、言い訳をするにしても結局ほんとのこと言っちゃうし……


「……ちょっと貸してもらっただけだよ。ほら、行こ」


 かなり苦し紛れだった。だが、そんなことは気にせず、半ば強引に玲奈の手を引っ張る。


「え?あ、うん」


 玲奈もイマイチ状況が掴めてなかったっぽい。けど多分、察してくれたのかそのことに関しては特に深堀しなかった。


 少しぎこちない空気のまま歩いていると、玲奈がぽつりと呟いた。


「まあ正直さ、私、嬉しいんだ」


「え?何が?」


「ほら、碧っていつも私と一緒だったじゃん」


「う〜ん。そうだけど……」


「だからさ、碧が私以外の誰かと仲良くしてるの見れてよかった」


「……ありがとう」


 少し、しんみりした空気になってしまった。


「し か も、その誰かってのが男子だなんてね」


 玲奈は意地悪そうに言う。でも、その一言で場の空気は一気に明るくなる。


「い、いや、そこは関係ないでしょ」


「まあそうだよねー」


 ふと、碧は今朝の晴也との会話を思い出す。


「ねえ玲奈。月城晴也くんって知ってる?」


「うん。知ってるよ。私のこと好きな男子でしょ?」


「え」


 思わず、脊髄反射かのように声が出てしまった。


 いやまさか。すでに好きバレしているとは。


「大体さー、分かりやすすぎるんだよね。クラス違うのにやたらと話しかけてくるし」


「あはは……そうなんだ……」


 玲奈があまりにも淡々と語るものだから、碧は少し返答に困ってしまった。


 ――不意に、頭に疑問が浮かぶ。


「え、玲奈はそれをどう思ってるの?」


 すると、少しだけ間を置いて玲奈は口を開いた。


「う〜ん。なんというか、別に普通?って感じかな〜。正直、今はそんなって感じ」


 ちょっとだけ冗談っぽく言ったその言葉には、本音が隠されているような気がした。


 ……これを明日、彼に伝えるべきなのか。いや伝えてはダメだ。多分――悲しむ気がする。


「まあ、そうだよねー」


 苦笑いをしながら、適当に返事をする。


 玲奈は昔から誰にでも愛想がいいけれど、一線は越えさせないような、そんな人だった。だから今回の件もまあ納得というところだろうか。


「あとさ」


 玲奈が前を向いたまま、そして少し明るい声色で言う。


「碧、最近ちょっと楽しそうだよね」


 その言葉に、無意識にドキッとする。


「……そうかな」


「うん。なんとなくだけど」


「でも、別に普通……かな」


「ほんと〜?」


「ごめん、やっぱちょっと楽しいかも?」


「そっかそっか〜」


 碧が嘘をつけてないのを見て、玲奈はほんのりと微笑んだ。


「じゃあ、帰りどっか寄っちゃいます?」


「いいね」


「カフェでも行きますか」


「じゃあ玲奈の奢りね」


「無理だし」


「はいはい冗談だって〜」


 やっぱり、玲奈と話していると、余計なことを考えずにいられる気がした。


 東の空が、いつの間にか夕焼けに染まっていた。足元に落ちる二人分の影が、さっきよりもずっと長い。


 立ち止まってしまえば、何かを考えてしまいそうで。碧は、あえてその影を見ないように歩いた。

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