たまにはお出かけしよう
受験とかどうでも良くなってきました。
翌日の土曜。蒼真と日和は何やら出かける準備をしていた。
「お兄ちゃんこれどう?」
「あぁ、よく似合ってていいぞ」
「ほんと?じゃあこれで行こっかな〜」
「なあ日和、これどうだ?」
そこには、チェック柄のシャツ、そしてジーパン、ついでにハチマキまで付けてしまっている兄がいた。
「ぐっ……ぷっ……」
「え、おいどうした?」
「あっはははは!ちょっと待って!ほんとにむり!!」
「は?なんでだよ」
「だってそれ、まんまオタクの格好じゃん。よく似合ってるわほんと」
蒼真を嘲笑いながら、日和は滲んだ涙を拭う。
「日和に聞いたのが間違いだった。もういいわ」
「ねぇごめんってー!」
「いや、もういいよ」
「お兄ちゃん顔はいいんだからさ!日和が似合うの見つけてあげるよ!」
「ん、そうか……」
日和はそう言って自室へと行ったかと思うと、服を持ってすぐに戻ってきた。
「はい!これ!着て!」
日和が差し出したものは、青のジーンズと白シャツだった。
「……どうだ?」
「いい!無難だけどめっちゃいい!後は帽子とか被れば完璧」
「よし、ありがとな」
「センスがない兄のためだからねー」
「センスがない兄で悪かったな」
「へへーん」
「じゃあ行くか」
2人は家を出た。ちなみに目的地は駅周辺なのだが、さすがに自転車では行ける距離ではないから、毎回バスで行っている。
◇
バスに乗り、市街地まで来た。時刻は現在12時過ぎ。まずは、日和が食べたいと言っていた料理屋へと足を運ぶことにした。
「そういえば、日和の行きたい店ってどんな料理が出るんだ?」
「だから内緒だって言ってるじゃん」
「いやそうだけど……店名ぐらい教えてくれてもよくないか?」
「もう、お兄ちゃんは黙って日和についてくればいいのー!」
「はいはいわかりましたー」
そう言って数分歩くと、ある店の前で日和が立ち止まった。
「ここです!」
見るからに高そうな外装。看板には大きく「ステーキ」と書いてある。
「ここって……」
「ここめっちゃ有名なステーキ店なんだけど、お肉がすんごく柔らかくて美味しいんだって!」
「……僕は一体、ここで何円の出費をすればいいんだ?」
「えへへ……ざっと8000円ちょいぐらい、かな?」
「いや高!流石に割り勘だよな?」
「分かってるって。最初からそのつもり」
ただでさえ軽い財布が、これ以上軽くなるとどうなってしまうのかと胸が痛む。
少しの不安を抱えながらも、店に入った。
内装もやはり豪華で、木でできたオブジェのようなものも置いてある。しかもなんかすごい高そうな絵画まで壁にかけてあった。
「じゃあ日和は、これで!」
「『熟成牛の肉厚プレミアムステーキ』か。いや、4000円って……」
「まあ今日は久しぶりのお出かけなんだしさ、いいじゃん?」
「まあいいか」
バイトでせっせと貯めたお金が失われていくこの感じがどうにも心に来る。
「じゃあ僕も同じやつにしようかな」
注文が決まったところで、ファミレスによくある店員さんを呼ぶボタンを日和が押す。これは毎度恒例のことだ。
少しして店員さんがやってきた。
「はい。ご注文をお伺いします」
「ええっと、『熟成牛の肉厚プレミアムステーキ』を2つでお願いします」
「はい。かしこまりました。ご注文のお料理が出来るまで少々時間をいただくので、お待ちください」
「はーい」
外食をした時の料理を待つこの時間が、たまらなく長く感じてしまうのは自分だけだろうか。
――十数分後。
店員さんがジュージューと音を立てている皿を2つ持ってきた。
「お待たせしました。『熟成牛の肉厚プレミアムステーキ』が2つ、ですね。ご注文は以上で宜しかったでしょうか」
「はい」
「ではゆっくりお召し上がりください」
卓上には、厚さ3センチはあろうかというほどのステーキが鎮座していた。
「いただきまーす」
「じゃあ僕も。いただきます」
ナイフは驚くほどすっとステーキに入った。ステーキを1口サイズに切り、口へ運ぶ。噛んだ瞬間に溢れ出る肉汁と、牛肉本来の旨みが相まって身体が幸せで満たされるのを感じた。熟成牛は素晴らしい。
だが、高い理由がはっきり分かってしまうのがどことなく悔しかった。
「「ごちそうさま」」
2人は店を後にした。この食事で財布の通気性がさらに良くなってしまった。
「いくら割り勘と言えど高いな……」
「まあその分美味しかったんだし?いいじゃん」
「そうだな」
あのステーキの美味しさは本物だったから、納得はつく。
「じゃあ次はお兄ちゃんの行きたいとこだね。本屋だっけ?」
「あぁ、そうだ。実はラノベの新刊が発売されてたんだけど、ちゃっかり忘れてたんだよな」
「へー。まあ日和はそんなの興味無いけど」
「小説読めば国語力が上がるんだぞ?知らないのか?」
「別に、国語なんか日本語話せればいいし」
「む……その言葉は聞き捨てならないな」
「お兄ちゃんは頭いいからいいでしょうねー」
「それはちゃんと読書をしているからなんだな。日和も読め」
「興味ないでーす。日和てきとーにブラブラしてるから、終わったら連絡して」
「……わかった」
なぜか胸に敗北感を覚えながら、蒼真は本屋へと足を運んだ。
◇
本屋。そこは蒼真にとって天国のような場所だ。まず本が大量に置いてあるところ、そしてこの落ち着いた雰囲気がたまらない。
(さてと、あの新刊はどこにあるのか)
数分ほど歩くと、見つけた。
だが、その本が置いてある棚の前で誰か立ち読みしている。背は自分より小さいから、女性だろうか。
正直、お目当ての小説が取りにくい。
(どっか行くの待つか?でも、どれぐらいかかるのかも分からないし)
「すみません」
そう言うと、その女性は振り向いた。
「はい……え?み、宮内くん?」
(え?なんでこの人僕の名前を……)
その人の顔をよく見る。帽子も被ってるし、眼鏡もかけているからよく分からない。
「えっと……どちら様で?」
そう言うと、その人は眼鏡を外した。
――一瞬で、その人が誰なのか理解した。
「雨宮さん……?なんでここに?」
「あ、えっと小説買いに来たっていうか」
「そうだよね」
(いや、本屋にいるんだから本を買いに来たに決まってるだろ)
ふと、碧が手にしている本を見る。それは、蒼真のお目当てのものだった。
「雨宮さん、それ読むの?」
「あ、これ宮内くんが読んでたから買おうかなって」
「なるほど」
「あ、宮内くんこれ読むよね?」
碧は手に持っていた小説を差し出してきた。
「うん」
「あと、傘は明後日返すでいい?」
「うん。ありがとう」
「「……」」
言葉が詰まる。
目が合うと、どうしても逸らしてしまう。
「あっ、じゃあ僕妹待たせてるから」
とっさに出た言葉は、それだった。
「待って」
――心臓が、脈打つ。
「あ、いや、やっぱなんでも……」
少し、期待をしてしまう。「この後一緒に歩かない?」なんて言われるのだろうか。
「その、良ければ読んだ感想とか教えてほしい……かも」
(……期待していた自分が、恥ずかしい)
心の中で、顔に手を当てる。
「わかった」
にこっと微笑みながら、蒼真は了承した。
だが、碧はまだ何か言いたげに、視線を泳がせている。
「えっと……」
また、心臓が脈打つ。自分は何を期待しているのか。
「メール交換したいんだけど、ダメかな……?」
碧の指先が、声が震えていた。
「あ、いや、全然いいよ」
「ほんと?ありがとう」
碧は力が抜けたからなのか、声が少しへなっとしていた。
スマホをかざして、メールを交換する。
蒼真はスマホを一瞬見つめる。
(これ、日和に見られてなくてよかったな)
見られていたらどれだけイジられるだろうか。想像がつかない。
「じゃあ、また読み終わったらメールするでいい?」
「うん!じゃあまた!」
「また」
本を持ってレジへと向かう蒼真の足取りは、どこか嬉しそうだった。
『日和ー。本買い終わったぞー』
『わかったー』
連絡をし、しばらく本屋の前で待っていると、両手にどっさりと荷物を抱えた日和が歩いてきた。
「おい、その荷物なんだよ。僕30分ぐらいしか本屋に居なかったぞ?」
「いやー、ちょっといいものばっかりで買いすぎちゃいましたよ」
「いくらなんでも買いすぎでは?はい、持つぞ」
「ありがとー」
日和から荷物を受け取るが……
(いや重っ!!)
ダンベルでも入ってるのかと思うほどその荷物は重かった。一体何を買ったというのか。
「じゃあ、最後どっか行く?」
「日和ちょっと疲れたー。こんな重い荷物ずっと持ってもらうのも申し訳ないし」
「そうだな。じゃあ帰るか」
今日のお出かけはいつもより短めだったが、楽しさや満足度でいったら最高だった。
◇
家に着いた頃には、眩しかった日の光も、淡いオレンジ色になっていた。
「ねえお兄ちゃん。バスじゃ言えなかったけどさ、本屋で女の子と話してたでしょ」
「え、なんで日和がそれを……」
「女の勘ってやつ?」
女の勘、恐るべし。
「で、誰と話してたのよ」
「そこまで話す義理はない」
「えーいいじゃん教えてよー」
「嫌だ」
「せめて同じクラスかだけ教えて!」
「……同じクラスだ」
「あーじゃあ明後日見に行っちゃおー」
「勝手にしろ。僕は小説読んでくるから」
「はーい」
どこか落ち着かないまま、蒼真は自室へと向かった。
そして、小説のページをめくりながら思い出す。
(雨宮さん、眼鏡似合ってたな)
制服とは違う、休日のコーデに目が奪われてしまっていたことを、今になって自覚する。
――しかも、メールまで交換してしまった。
(読み終わったら、メールしていいのか?)
いいに決まっているのに、なぜか疑ってしまう自分がいた。メールをするのは少し怖い。でもちょっぴり楽しみだ。




