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嘘がつけない雨宮さん  作者: 宗一


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4/5

雨だから

「ただいま」


「あ、お姉ちゃんおかえり」


 そう言いながらリビングから出てきたのは、妹の雨宮凪(あまみやなぎ)だった。


 凪は中学2年生で、顔が碧によく似ている。


「いや、なんか暗!」


 凪は、昔から空気を読むのが上手かった。


「……学校で、また正直過ぎたとか?」


「いやなんでもないから、大丈夫だよ」


「ふ〜ん」


 凪はまだ納得してなさそうな様子だったが、それを無視して碧は自室へと向かった。


「疲れたぁ〜」


 碧はベッドに倒れ込むように横になる。ただでさえ体を動かしてなかったのに、体育でいきなり体を動かしたせいで、疲れは最高潮だ。


(宮内くん、『嫌われた』って思ったかな……)


 別に、蒼真を嫌いになったわけではなかった。あの時の「嘘つくの苦手なの?」という言葉からも、悪気は微塵も感じられなかったし、ただの純粋な疑問なんだと、分かっていた。


 ただ――自分の嘘のことに触れられると、どうしても突き放してしまう。それは蒼真に限った話ではない。


(……なんで、言っちゃったんだろ)


 本当は運動が苦手だなんて、言わなくてもよかった。単に、黙っていればよかっただけの話なのに。


 碧は天井を見つめながら、小さなため息を吐く。


 正直にいることが、いつも正しいことではない。それは、何度も思い知らされてきた。


 好きとか、そういう感情じゃない。蒼真には、誤解されたくない。


 他の男子は、少し話しただけで、関係値をあげようと一気に話しかけてくる。踏み込んでくる。


 でも――


 蒼真は違う。蒼真の踏み込みすぎないところ、それが碧にとって心地よかった。


「明日、ちゃんと伝えないとな……」



    ◇



 翌日、宮内家には日和の声が響き渡っていた。


「お兄ちゃん!もう朝だよ!!」


「うぅ……」


「もう先行ってるからね!」


 重い瞼をこすりながらスマホを確認する。


「えぇっ?!7時?!やばいやばい」


 そう言って蒼真は急いで支度を始めた。


 ――十数分後。


「いってきます」


 なんとかいつも通りの時間に出ることができたから、ひとまずは安心だ。


 だが……蒼真の心の中では、昨日の出来事が消えないまま、ずっと残っていた。寝坊したのも、その所為だ。


(ちゃんと、話さないとな)


 嫌われたまま、というのは嫌だ。でも、理由も分からないまま、距離ができるのはもっと嫌だった。


 仮に嫌われていなかったとしても、少しでも嫌な思いをさせたのならば、謝らなければ。


 そして何より、何もできない自分が嫌だったから。


 蒼真は、歩くスピードを少し早めた。




「おはようございます」


 蒼真は教室の扉を開け、小さく挨拶をした。まだ、碧は来ていないようだ。


 心臓がバクバクしている。小説を読んでも、内容が全然入ってこない。


 そして、視線はどうしても扉の方へと向いてしまうのだった。



 その頃、碧は教室へと歩いていた。


 碧は扉の前で一瞬だけ足を止める。大きく息を吐くわけではないが、静かに深呼吸をし、扉を開けた。


(宮内くん、もう来てる)


 すると、蒼真とほんの一瞬だけ、視線が絡む。だが、碧はすぐに目を逸らしてしまう。

 

「お、おはよう。雨宮さん……」


「……おはよう」


 愛想なく、返してしまった。嫌いではないのに。昨日のことを話さなければならないのに。


 そのまま、碧は席について支度を始める。


(やっぱ、昨日のせいか……)


 でも、碧が普段より素っ気ないということが、謝らなくていい理由になるわけはない。


「あまみやさ――」


 その声に、碧はこちらを向こうとしたが……


「おうおはよう蒼真ー!」


 曲者が邪魔をしてきた。オマケにそいつは肩を組もうとしてくる。


「おい、やめろ晴也!」


「待った。今お前、雨宮さんに話しかけようとしてたか?」


「……いや、違う」


「ほんとか〜?」


「もうマジでいいから、早く席つけ。もう時間だし」


「はいは〜い」


 完全に、碧に話しかけるタイミングを失ってしまった。あいつが変に来なければ良かったのに。


(いつ話しかければ……)


 蒼真の胸には、もどかしさが残ってやまなかった。


 

   ◇



 昼休みは、碧は1人で箸を動かしていた。


(全然、話す機会なかったな……)


 今日は体育やら理科やらといった移動教室が多く、中々蒼真に話しかける機会がなかったのだ。


 隣に視線をやると、蒼真が1人で弁当を食べている。


(今なら言える、かな……?)


「碧〜!一緒にお弁当食べよ〜!」


 扉の方から、大きな声が聞こえる。


「玲奈……」


 駆け寄ってきた玲奈は碧の顔を見ると、ほんの一瞬だけ表情を変えた。


「……あ、もしかして今、1人がいい感じ?」


「う、うん。その方がいい、かも……」


「りょうか〜い!じゃあ私戻るね〜」


「あ、誘ってくれてありがとう。玲奈」


「いや、全然いいって。また一緒に食べよ!」


「またね」


「うん。また!」


 教室から出ていく玲奈の背中を見つめながら、少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。


 玲奈が去ったあと、碧はしばらく箸を動かせずにいた。


 ざわめく教室の中で、蒼真のいる方だけやけに静かだ。


(……今なら)


「み、宮内くん」


 名前を呼ぶ声は、思っているよりかなり小さかった。そのことを少し後悔する。


 その小さな声に気づき、蒼真がこちらを向く。


「昨日の帰りのこと……」


 碧はぎゅっと袖を握り、視線を下に落とす。


「嫌じゃなかった、から……」


「……よかった」


 蒼真は、心の底からほっとした。


 胸の奥に溜まっていたモヤモヤが、「嫌われたかもしれない」という不安が、すっと消えた気がした。


「でも、昨日のことは謝らせてほしい。ごめん」


「い、いや、全然大丈夫だよ。そんなに落ち込まなくていいよ」


 碧の言葉は、やはり思いやりに満ちていた。


「朝に雨宮さんに謝ろうと思ったんだけど、晴也が邪魔してきちゃってさ」


「ふふっ。でもちょっと面白かったよ」


 この時、蒼真は初めて碧が笑うところを見た気がした。


 すごく穏やかで、ふわっと花が咲くような笑顔。


「……宮内くん、ちょっと顔赤い?」


「え、ほんと?」


 顔に手を当てる、熱い。


「多分、制服が暑いからじゃないかな」


「ブレザー、暑そうだもんね」


「うん……」


(……制服のせいじゃない)


 そう思いながら、蒼真はチラリと碧の方を見た。



   ◇



「いや雨降ってるじゃん」


「だるー」


「俺傘とか持ってきてねぇよ!」


 午後、急に雨が降り出した。大半のクラスメイトは傘を持ってきていないらしく、だるそうな声が聞こえてくる。


 だが、蒼真は傘を持っていた。


「じゃあ俺部活あるから、またな」


「あぁ、じゃあまた」


 傘を広げ、昇降口から出ようとする――


「宮内くん」


 振り向くと、申し訳なさそうに碧が立っていた。


 碧は、ほんの一瞬だけ言葉を探すみたいに視線を泳がせた。


「……嫌だったらいいんだけど、傘、忘れちゃって」


 一瞬、その言葉の意味がよく理解できなかった。だが、すぐに理解した。それはつまり、『相合傘』ということだ。


「……あ、え、いいの?」


「え、なにが?」


「え、だって、相合傘というか……」


 そう言うと、碧はキョトンとしたかと思うと、どこか曖昧に微笑んだ。


「雨だから、それだけだよ」


「そ、そっか」


 蒼真は慌てて傘を碧の方へと傾ける。


 思っていたより、近い。相合傘などしたことがなかった蒼真は、少し緊張してしまう。


 蒼真の傘は少し大きめだが、それでも肩が少しだけ擦れる。


「そういえば……雨宮さん、昨日僕が言った小説見た?」


 蒼真が、ぽつりと言う。


「あ、見たよ。すごく面白かったし、やっぱ恋愛小説っていいなって思った」


「よかった」


 会話は、それだけだった。ただ、雨の音が不思議と心地よかった。




「雨宮さん、傘、貸そっか?」


「い、いやいいよ」


「でも、風邪引いたら大変だから」


 半ば強引に傘を持たせて、蒼真は走っていく。


 その後ろ姿を碧は静かに見つめていた。


 少し、心の奥がほわりと温かくなった気がした。

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― 新着の感想 ―
視点が蒼真と碧で切り替わるシーンが数カ所あり、それによって、お互いの行動や態度に一喜一憂する様子が細かく伝わってきてとても読みやすく、趣深かったです。また、毎回ですが、セリフ以外はその説明か情景描写だ…
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