正直と嘘
翌日、蒼真は妹の宮内日和と登校していた。
日和は蒼真と同じ青葉高校に通っていて、今年度から高校1年生になる。
「⋯⋯ふあぁ⋯⋯眠いな⋯⋯」
「なんで眠いの?」
「なんか、今日早起きしちゃってな」
「ふーん」
「あと、先に謝っておきたいんだが⋯⋯今日の弁当は覚悟しといてくれ」
「えぇ?!お兄ちゃん、弁当失敗したの?」
「だし巻き玉子をちょっぴり⋯⋯な⋯⋯」
「⋯⋯まあ、作ってくれたことには感謝しないといけないし、食べますよ」
本当はちょっぴりどころではなかった。黒焦げである。
20分ほど歩き、だんだんと学校が見えてきた。
――学校が近づく度に、昨日の出来事を思い出してしまう。憂鬱だ。
(⋯⋯はぁ、雨宮さんになんて言おうか⋯⋯)
蒼真は深くため息をつく。
「⋯⋯お兄ちゃん、なんか元気ない?」
「いや、元気がありすぎて元気がないように見えるだけだ」
「なにそれ、意味わかんない」
「意味分かんなくて結構だ」
「へーそーなんだー」
「そーですー」
日和と交わす会話はいつもこんな他愛ないものばかりだが、その会話が蒼真の幸せでもある。
ほどなくして、2人は学校に着いた。出るのも早かったためか、まだ人は少なく、穏やかな雰囲気が漂っている。
「じゃあ、またね。お兄ちゃん」
「あぁ、またな」
日和に手を振り、蒼真は教室へと向かった。
その足取りからは、少し不安な気持ちが感じられた。
教室も人は少なく、ガヤガヤしているという感じではない。でも、蒼真はそんな雰囲気が好きなのだ。
支度を終え、お気に入りのライトノベルを読んでいると、ドアが開く音がした。
(⋯⋯雨宮さんじゃないのか⋯⋯)
ドアが開かれる度に、肩に力が入ってしまう。
「おはようございます」
ドアが開かれる音とともに、礼儀正しいあいさつが聞こえる。
――その綺麗な声に、聞き覚えがあった。
「⋯⋯お、おはよう。雨宮さん」
蒼真からあいさつをしたことに驚いたのか、碧は少し目を丸くしている。
「おはよう、宮内くん」
碧は微笑みながらあいさつを返し、支度を始めた。
(⋯⋯謝らないといけないのに⋯⋯)
その1歩が踏み出せない。
「あ、あの!雨宮さん⋯⋯」
「?。どうしたの?」
「昨日の帰りのことなんだけど、謝りたくて⋯⋯ごめん⋯⋯」
支度をする碧の手が一瞬止まる。
「大丈夫だよ。気にしないで」
そう言って、碧はふわりと笑った。
「よかった。安心した」
碧の返答は思いやりで満ちていて、肩の力がスっと抜けるのを感じた。
昼休み。教室には弁当の匂いと、クラスメイトの話し声が広がっていた。
蒼真は自席で晴也と一緒に弁当を食べている。
「なあ蒼真、お前だし巻き失敗したか?黒焦げだぞ?」
「うっさい。考え事してたんだ」
そう言いながら、蒼真は黒い何かを頬張る。
(⋯⋯味は悪くないんだよな)
ふと――隣に座る碧へと視線を送る。
碧は特に何かする訳でもなく、1人で、黙々と箸を動かしている。
(⋯⋯1人、なのか⋯⋯)
その時だった。
「碧〜!」
明るい声と一緒に、見知らぬ女子が入ってきた。
向かいに座る晴也が、その女子を見て、一瞬動きが止まったような気がした。
「あ、玲奈!」
「一緒にお弁当食べようって思ってさ〜」
「⋯⋯あれ?」
その玲奈という女子は、蒼真を見るなり、少し驚いたような声を上げた。
「そこの人、昨日、碧と帰り道になんか話してなかった?」
――一瞬、心臓が止まる。
ここで「話した」と言ったら、碧が困ることになる気がした。
「いや、挨拶を交わしただけだよ」
かなり上手く嘘をつけたんじゃないかと、蒼真は少し誇らしげな気分になる。
「え、碧、話した?」
「は、話してな⋯⋯」
言いかけて、止まる。
碧は視線を落とし、箸をぎゅっと握る。
「⋯⋯話した」
(あ、雨宮さん?!あと少しで誤魔化せそうだったのに⋯⋯)
「へぇー?」
ニヤニヤしながら蒼真を見つめる晴也に、軽くビンタをお見舞いしていなす。
「ていうか、碧が男子と話すなんて珍しいね」
「う、うん⋯⋯」
心做しか、碧の頬が少し赤らんでいる気がした。
「あぁごめんなさい。私は相沢玲奈。碧の親友をやらせてもらってます」
「は、はい」
テンポが早くてついていけないし、グイグイと踏み込んで来る。蒼真の少し苦手なタイプだ。
「⋯⋯せっかくだし、みんなでお弁当食べない?」
「え⋯⋯俺はいいけど、蒼真は大丈夫か?」
正直、晴也と2人で食べたかったし、女子2人とそこまで深い関係にはなりたくない。だが、ここで断ると俗に言う「KY」というやつになってしまう。
「⋯⋯まあ、大丈夫だ」
「碧は大丈夫?」
「私は、みんなが良ければいいよ」
「じゃあ、みんなで食べよ〜ってことで」
玲奈が、弁当を食べながら、口を開く。
「⋯⋯そういえばさ、名前、聞いてなかったよね」
「あぁ、俺は月城晴也。気軽に晴也って呼んでくれると嬉しい」
「⋯⋯僕は、宮内蒼真。⋯⋯よろしく」
「はーい。よろしくー。⋯⋯ところでさ、碧と蒼真くん?はどうゆう関係なの?」
(⋯⋯こういうことを聞かれると分かっていたから、晴也と2人で食べたかったんだよ⋯⋯)
少しの嫌悪感を覚えたが、玲奈は悪気があるわけではなく、ただ思ったことをそのまま口にするタイプなのだろうと、蒼真は自分に言い聞かせた。
すると、碧が口を切った。
「えっと⋯⋯宮内くんとは、クラスメイト?かな。とにかく、そんな深い関係じゃないよ」
碧は箸を動かしながら、少しだけ胸が落ち着かないのを感じていた。
「へぇー。でも、碧に新しい友達が出来そうで安心した。碧の友達って私しかいないもんね」
「ちょっ⋯⋯玲奈!」
碧は慌てた様子で玲奈の口を塞ごうとする。
⋯⋯が、玲奈はそんなのお構い無しに話し続ける。
「碧、友達少ないからさ。仲良くしてやってね」
「は、はい⋯⋯」
「あ、もうこんな時間じゃん。じゃあ私戻るね。楽しかったよ〜」
玲奈は手をひらひらと振りながら、教室を去っていく。
(マジで何だったんだ⋯⋯?)
とにかく、玲奈という人とは、あまり関わりたくないと思った。
「⋯⋯2人ともごめんね。玲奈って昔からあんな性格で⋯⋯。でも、すごく思いやりがある人なんだよ」
少し困ったように笑いながら、碧は語る
「そう⋯⋯なんだ」
先程の行動からはにわかに信じ難いが、そういうことにしておく。
……そういえば、さっきから晴也が喋らない。
「晴也?おい、晴也?」
晴也は目が虚ろで、なんか、ぽわ〜んとしている。
「あ、⋯⋯いやちょっと⋯⋯席戻るわ」
「お、おう」
晴也は自分の席へと戻っていく。その足取りもなんか変にとろかった。
晴也以外と話すと、やはり疲れてしまう。多分、今日の昼休みは今までで1番疲れた昼休みだった。
「はぁ⋯⋯」
先程の回想をしていると、玲奈の『碧の友達って私しかいないもんね』という言葉が鮮明に思い出される。
(⋯⋯雨宮さんって友達、いないのか?)
そんなことを聞くのは失礼だと分かっている。
(いや、聞いちゃダメだろ。昨日も無礼なことしたくせにまたそれをやるなんて⋯⋯)
でも――
「あ、雨宮さん」
次の授業の準備をしていた碧がこちらを向く。
「なに?どうしたの?」
微笑みながら返事をする碧の瞳はどこまでも純粋で、その質問をしたら、傷つけてしまう気がした。
「っ⋯⋯やっぱ、なんでもない」
「そ、そう⋯⋯」
そう言って碧はまた準備を始めた。
そこで、蒼真は思う。
(⋯⋯僕は、雨宮さんに嫌われたくないんだな)
他人とは一定の距離を置きたいし、むしろ嫌われたっていいとさえ思っていた。だが、碧には不思議とそう思わなかった。
「ただいま」
家へ帰ると、2階からドタドタと日和が降りてくる。
「ねえお兄ちゃん!だし巻き玉子、黒焦げだったんだけど?!」
「⋯⋯」
「お弁当開けた時、石炭でも入ってるのかと思ったよ」
「すみません⋯⋯でした⋯⋯」
「まあ、なんでか分かんないけど美味しかった」
「だろ?!意外と美味しいんだって」
「なに開き直ってんの」
「ハイ、スイマセン」
会話に区切りが着いたところで、蒼真は自室へと向かう。
部屋に入るなり、蒼真はぼふっとベッドに倒れ込んだ。
(新学年始まって2日目なのに、こんな疲れてるなんてな⋯⋯)
授業が始まったから、というのもあるだろうが、多分この疲れは人間関係由来のものだろう。
そんなことを考えていると、スマホの通知音が鳴る。
そして、画面を見ると――
『なあ蒼真、相沢さんってさ⋯⋯彼氏いたりすんのかな』
昼休みに感じた違和感の正体はこれだったのだ。
『いや、知らんわ』
『そこでなんだけど⋯⋯明日さ、雨宮さんに聞いてくれないか?席、隣だろ?』
『えぇ』
少し尻込みしてしまう。だって自分が玲奈のことを好きなのかと碧に誤解される気がしたからだ。
『頼むよ〜。俺ら親友じゃないか〜。』
『⋯⋯いや、ダメだ。第一、お前は俺があんま人付き合い得意じゃないの知ってるだろ?』
『そ、そうだけどさぁ⋯⋯』
『そういうのは勇気出して自分で聞くもんだ』
そうメッセージを送って、蒼真はスマホの電源を落とし、天井を見つめる。
「やる気出すか」
そう呟き、蒼真はリビングへと向かった。




