お返し
「へい、いらっしゃい!」
言われて、赤暖簾をくぐり、長椅子に腰かけたのは、灰色の肌をした異星人であった。おでんの出店の主人と、客の若い男は、思わず言葉を失った。
「おい、おやじ、1本つけてくれ」
と、異星人は、流暢な日本語で言った。隣に座っていた若い作業着の男は、脅えながら、
「あのう、あなた、人間じゃありませんよね?」
すると、異星人は、ふてくされたように、
「人間じゃなきゃ、酒を飲んじゃいけねえのかよ?ええ、兄さん」
「いや、そうはいいませんが」
と、おでん屋の主人が、酒の熱燗を準備しながら、
「何やら、荒れてますな。嫌なことでもあったんですか?」
「嫌もなにも」
と、異星人は、熱燗を盃に注ぎながら、
「おい、おやじ、こんにゃくと、がんもどきくれよ。.................、俺の飛行艇が不時着してよ、エンジンでもやられたらしいんだよ、困ったものさ」
「でも、何で地球に?」
と、若い男が、げそを食べながら尋ねた。
「そいつは言えねえな。極秘任務なもので。でもよ、任務を済ませたら、急いで帰らないとな。でも自分の円盤が動かねえようじゃ話にならねえ」
異星人が、コップ酒を注文した。主人は、酒を注ぎながら、
「で、その空飛ぶ円盤って、どこに置いてあるんだい?」
「ここから、つい近くの森の中だよ。隠してあるから大丈夫だろう。しかし、どうしたものか?」
「さっき、エンジンをやられたって言ってたよな?確か」
と、作業服の男が尋ねた。
「ああ、それが何か?」
「もし、お前さえ良ければ、円盤を見せてくれないか?俺、自動車の修理工でね、エンジンには詳しいぜ」
「そいつは助かる。ぜひ、頼むよ」
暗い森の中。巨大な円盤は、斜めに地面に突き刺さるようにあった。円盤の内部から、男の声が響いた。
「こいつは、クランクシャフトが、かなりやられてるな。これじゃあ、動かないよ。ちょっと待ってくれ」
しばらくの間、機械音が鳴り響いていた。それから、衣服を油まみれにした男が、ふらふらになって出てきた。
「で、どうなんだい?直ったのか?」
「ああ、エンジンは、自動車と原理は変わらないよ。何とか動くだろう。やってみてくれ」
さっそく、灰色の異星人は、円盤に乗り込んだ。しばらくすると、かん高い轟音があたりの森に鳴り響いて、やがて円盤は、ゆっくりと浮上した。それから、七色の光を発したかと思う間に、夜空高く舞い上がり、そのまま星空の彼方へと消えていった。
「おや?」
男が、円盤のあった地面を見下ろすと、一枚の紙切れが落ちている。何だろうと、彼はそれを拾い上げて、読み、それをポケットにしまうと、そのまま森を去った。
「そいつは良かったですねえ、無事に帰ることが出来て」
と、おでん屋の主人は上機嫌だ。
「俺も役に立って気分いいよ。あいつ、今頃、宇宙を飛び回ってるだろうな」
と、男がビールを飲み干して言った。
「お礼、言ってたでしょう?何せ、命の恩人なんだから」
「うん、こんなもの、置いていったようだ」
男は、ポケットから、例の紙切れを取り出して、主人に見せた。
主人は、それを読んだ。そこには、綺麗な日本語でこう書かれていた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。これで、無事に故郷の惑星へ帰ることが出来ます。今だから、告白しますが、私が地球へ来た極秘任務とは、惑星連邦政府の命令による地球爆破です。しかし、お返しといってはなんですが、円盤の修理の代償として、地球爆破は、中止しました。こんなにいい人たちのいる惑星ですから。帰ったら、無事に地球は爆破したと報告しておきます。どうも、ありがとうございました」
「恐れ入ったもんだ。地球爆破とはねえ。でもこれで、あんたもわしらを救ったヒーローだ。さあ、俺のおごりだよ。一杯、飲んでくれ」
「へへっ、遠慮なく頂くよ」
夜は更けていく。夜空には、満点の星が輝いていた.................。




