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第8話 檻の中の最初の夜

夜。

 蛍光灯が一定間隔でぶら下がるだけの空間は、真昼のように白々と照らされ、眠ることを拒むかのように無機質な光を放っていた。


 翔はコンクリートの床に直接腰を下ろしていた。周囲には同じように裸の男女がうずくまり、互いに体温を頼りに肩を寄せ合っている。

 誰も口を開かない。ただ、腹の鳴る音と、すすり泣く声が交互に響いていた。


 やがて、鉄扉がガタンと開く音がした。

 係員が数人、台車を押して入ってきた。


 台車の上には、大きなアルミのバット。中には茶色くこびりついた食べ残し――

 カレーのルーに沈んだ米の塊、歯型の残るパンの切れ端、油の浮いた汁。

 それは明らかに、どこかの食堂で出されて残っったのを混ぜあわせたような“残飯”だった。


「はい、餌の配給です」


 係員は事務的に言い、バットを檻の前に置いた。

 次の瞬間、檻の扉がわずかに開けられ、バットが床に突き出される。


「食器はありません。各自でどうぞ」


 扉はすぐ閉じられ、再び錠前がかけられる。


 沈黙が落ちる。

 誰も最初に動こうとしなかった。だが、空腹に耐えかねた若い男が、四つん這いになってバットににじり寄った。

 彼は手で飯粒をつかみ、むさぼるように口へ押し込んだ。


 その瞬間、檻の中の人々の表情が歪む。羞恥、嫌悪、憐れみ――そして同時に、自分も同じことをしなければならないという絶望。


 次々に人が群がり、残飯に手を突っ込む。指に油がまとわりつき、床にこぼれ落ちた欠片まで拾い上げられる。

 奪い合いの声、すすり泣き、咀嚼音が入り混じり、薄暗い空間を満たしていった。


 翔はしばらく動けなかった。

 だが、空腹が胃を締めつける。

 震える指を伸ばし、米の塊をつかむ。温もりはなく、ただ湿った冷たさだけが手に残った。


 それを口に入れると、塩辛く、酸っぱい味が広がった。

 吐き出したい衝動を必死に抑えながら、翔は飲み込んだ。


(……これが、“人間”をやめるってことか)


 喉にこびりつく味と一緒に、翔の心からも何かが剥がれ落ちていくのを感じた。

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