第5話 もう時間がない!
今泉と別れた後、翔は自席に戻った。
机の上にある端末を開いても、指はキーボードに触れなかった。
代わりに、スマホを取り出す。
画面の中に、あのアプリのアイコンが鎮座していた。
《HUMATCH:人道保護型婚活マッチング・プラットフォーム》
政府公認、外資提携、急増する“非人間籍”の日本人に向けた唯一の“脱出ルート”。
翔は震える指で、アイコンをタップした。
ログイン画面が立ち上がる。
最低限の情報を登録し、検索条件に「女性・EU圏・渡航可能」を入力する。
すぐに、数人の候補が画面に表示された。
──オリヴィア・31歳・ドイツ在住
──ミア・28歳・オランダ・言語:英語・日本語(初級)
──アマンダ・33歳・イギリス・職業:教師
翔は迷いながらも、ミアという女性にメッセージを送った。
> 「こんにちは。プロフィールを見て、あなたの人柄に惹かれました。私は日本に住んでいますが、現在とても厳しい状況にあります。もしよければ、お話できませんか?」
数分後、返信が来た。
> 「Hello Sho. Thank you for your message! :)
I would love to talk. Can we chat here for some days first before we plan a call?」
(数日……?)
焦りが胸を刺した。
“ここ”にはもう、数日なんて残っていない。
そのとき、スマホの通知がまた一つ届いた。
> 【通知】あなたの個別移行日程が近づいています。
MIGRATION PENDING → MIGRATION CONFIRMED に変更される可能性があります。
詳細は政府ポータルをご確認ください。
翔はその場に崩れ落ちそうになった。
ミアの文面には何の悪意もない。むしろ誠実ですらある。
でも、制度は待ってくれない。
一通のメッセージを重ねていく時間すら、もう彼には残されていなかった。
──今泉も言ってた。「選ばれなきゃ終わりです」と。
翔は震える指で再びスマホを取り出し、次の相手にもメッセージを送った。
次こそ、すぐ会ってくれるかもしれない。
でも──相手の返事を待つ数時間のうちに、「人間としての期限」が切れるかもしれない。
彼はタグを握りしめた。
それだけが、いまの自分の“身分証明”だった。
> 【Yajima Sho|♂|JP-Class:A.2|MIGRATION PENDING】
仮に結婚が間に合っても、“これは愛だった”なんて思える暇はない。
これはただの、脱出ゲームだ。
誰が先に、誰より早く“人間”の席に滑り込めるか──それだけだった。