第4話 名前をくれる人
「先輩、もうマッチングアプリ登録しました?」
昼休みの給湯室。お湯がコポコポとサーバーから落ちる音が、誰もいない室内に乾いた音を響かせていた。
翔は紙コップにコーヒーを注ぎながら、その言葉に振り返った。
「……は?」
「外人限定のやつですよ。最近始まった、“人道保護型婚活マッチングプラットフォーム”。国の認可も降りてるやつです」
振り返った翔の眉がわずかに寄る。だが、内心ではわずかな焦りが静かに波紋を広げていた。
「まさか、お前……登録したのか?」
「勿論しましたよ!もう余裕ないですし。残ってる枠も少ないって聞いたんで」
今泉は制服の襟元を軽く指で摘んだ。何かを隠すような、あるいは見せたいような、曖昧な仕草だった。
翔は息を吐き、紙コップを持った手を少しだけ強く握る。
「……登録したからって、選ばれるわけじゃないだろ」
「でも選ばれなきゃ終わりっすから。ていうか……もう俺たち、人間じゃなくなるんすよ…」
冗談めかした声だったが、今泉の笑みにはどこか乾いたものが混じっていた。目だけが、空っぽのように沈んでいる。
翔は返す言葉を探せず、コーヒーをひと口すする。苦味が喉に張りついて、うまく飲み込めなかった。
(……俺も、早くしないとな…)
今泉の言葉が脳裏に残る。
「婚活で人間に戻れるなんて、皮肉ですよね」
翔はそのとき、はじめて静かに頷いた。
言葉ではなく、現実がそうだと告げていた。