第24話 ペット初日
翌朝、翔はまだ夜明け前の暗さが残るなか、肩を軽く揺さぶられて目を覚ました。
「起きる時間だよ」
時計を見れば、午前五時を少し回ったところだった。
布団のぬくもりを名残惜しく思う間もなく、首輪をつけられたまま台所へと連れて行かれる。
テーブルの上には一枚の紙が置かれていた。
夫婦が用意したものらしい。
「今日からは、これに従って行動してもらうわね」
妻が言うと、翔の前に紙を滑らせた。
そこには細かい文字で、時間ごとの指示が並んでいた。
――5:30 庭の掃除
――6:00 朝食準備の補助
――7:00 洗濯物を干す
――8:00 新聞を取りに行く
――8:15 夫の靴を磨く
――9:00 買い物の荷物持ち
……
まるで会社の業務日報のように、細部に至るまで書き込まれている。
ただの「手伝い」ではない。
翔の一日そのものを、すべて管理しようとする意図がはっきり見て取れた。
「何か質問は?」
夫が穏やかに尋ねる。
翔は唇を開きかけたが、声は出なかった。
質問など許される雰囲気ではない。
「……わかりました」
ようやくそれだけを絞り出す。
夫婦は満足げに頷いた。
「そう、それでいいの。素直に従えば、食べ物も布団もちゃんとあるんだから」
翔は紙を握りしめ、視線を落とした。
指示書の隅には小さく「違反時は罰あり」と赤い文字が書かれていた。
首元では、赤く点滅する首輪が微かに熱を帯びている。
それが「罰」をどういう形で与えるのか、想像するだけで背筋が冷たくなる。
(……俺は、ただのペットじゃない。けど、抗うこともできない)
その葛藤を押し殺しながら、翔は時計を確認し、最初の指示に従うため、無言で庭へ向かった。




