第23話 自由の代償
翔は畳の上でしばらく天井を見つめていた。
久しぶりの布団は柔らかかった。収容所の冷たい床に比べれば夢のようだった。
けれど、首にかかった首輪の重さが、その安らぎを台無しにしていく。
コンコン、と戸を叩く音がした。
「少し話そうか」
戸を開けて入ってきたのは夫婦だった。
夫はにこやかに微笑み、妻は湯気の立つお椀を持っている。
白米に味噌汁、漬物。懐かしい匂いが翔の胃を刺激した。
「ほら、温かいうちに食べなさい」
妻が言い、机の上に置いた。
翔は反射的に箸を探したが、どこにも見当たらない。
代わりに置かれていたのは……犬用のステンレス皿だった。
「……あの、箸は……?」
夫婦は一瞬だけ顔を見合わせた。
夫がやんわりと答える。
「これからは、手で食べるか……その皿を使うんだよ。今のうちに慣れていくといい」
「……俺は、人間です」
思わず声が漏れた。
妻はにっこりと笑った。
「ええ、もちろん元人間なのよ。でもね……今の世の中の制度では、あなたは“私たちの所有”という形になるの。だから、ルールを守らないといけないのわね」
翔は唇を噛みしめた。
喉の奥がひりつく。だが空腹には勝てず、結局、素手で白米を掴んだ。
熱い米粒が指に貼りつき、口の中へと押し込まれる。
味噌汁も、皿を傾けてすすった。
夫は嬉しそうに頷いた。
「いい子だ。そうやってすぐ慣れてくれると助かる」
その言葉に、翔の胸の奥が冷たく沈んだ。
布団の柔らかさも、温かい食事も、
すべて“首輪に繋がれた餌”にすぎない。
自分が人間であることを訴えようとするほど、
夫婦の優しい笑みは「ペットとしての順応」を期待していることを突きつけてきた。
(……これが、自由の代償なのか)
その夜、翔は布団の中で身体を縮こませながら、
人間である自分と、ペットとして扱われる自分の狭間で、
どうしようもなく揺れていた。




