第2話 脱出希望者
--
「最近、やけに移民が増えたなって思ってたんだよ。外国人の比率、異常だろ」
スマートニュースアプリのコメント欄に、そんな書き込みが溢れていた。
確かに翔も感じていた。スーパーの店員も、隣の住人も、出社するビルの清掃スタッフも、みんな片言の日本語を話していた。いや、もはや“日本語を話しているだけマシ”という状態だった。
ただ、その違和感はすぐに“納得”へと変わる。
> ― 国際人類分類委員会による人種見直し発表を受け、
日本国内では急速に外国人移住者が増加した理由が明らかに――
キャスターの声が、感情を抑えた口調で続ける。
「……つまり、先進諸国の間では、すでに『日本人が人間ではなくなる』という情報が、かなり前から共有されていたというわけですね?」
> 「はい。国際的には“淘汰対象としての民族”という扱いが水面下で進行していたと見られています」
― 社会学者・古川和義
画面が切り替わる。
海外ニュースでは「ヒト種の再構成」という言葉が、当たり前のように飛び交っていた。
---
翔はカフェチェーンに入った。
席の8割は、外国人だった。
彼は自分が“違う生き物”になったような疎外感を覚えた。
それでもカウンターのディスプレイに目をやる。
> 【重要告知】
日本国籍の方は、「猶予期間中の移行ガイドライン」に従い、生活支援の申請を行ってください。
また、外国籍への転籍希望者は、専用ポータルより国際申請を行えます。
スマホを取り出す。
“国籍変更申請”のフォームには、すでにアクセスが殺到していた。
その横では、隣のテーブルに座った日本人らしき女が、英語で金髪の男に何か懸命に訴えていた。
「Please marry me... just temporary. I need... to survive. Please.」
男は笑っている。
けれど、女は泣いていた。
---
夜、会社でいつも一緒に昼食を食べていた新川が、急に「休職申請」を出してきた。
「どうしたんだ、新川。30日間あるとはいえ、急すぎるだろ」
「私……結婚するの」
「は?」
「彼、イギリス人。ビザあるし、EUパスポート。手続き間に合えば、私、“人間”になれるかもしれないの」
翔は返す言葉が見つからなかった。
「翔さんも、早く何とかした方がいい。男の人の方が……残される確率、高いから」
そう言って彼女は会社のエレベータに乗って消えた。
まるで、別の階層に行ってしまったように。
---
帰宅後、翔はPCを開いた。
「外国籍取得申請」「国際結婚斡旋サービス」――検索履歴が並ぶ。
いくつもの申請ページを開いて、指が止まる。
> 【あなたが“日本人であること”に誇りを感じますか?】
□ はい □ いいえ
もう、「はい」と答えるだけで、落とされる気がして、指が動かない。
> 【あなたは“生き延びるために愛を偽れますか?”】
――答えられなかった。