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第11話 運動場での争い

塀に囲まれた運動場は、沈黙とざわめきの境目のような空気に満ちていた。

 誰もが所在なく歩き回り、砂利を足で踏みしめる音だけが乾いたリズムを刻んでいた。


 翔は壁際に立ち、空を見上げていた。

 高すぎる塀と有刺鉄線の向こうに、ほんのわずかな青が覗いている。

 自由の青ではなく、ただの“届かない空”。


 そのとき――。


「おい、それ返せ!」


 叫び声が響いた。

 振り向くと、二人の男が小さな木箱の前で揉み合っていた。

 片方が何かを掴み取り、もう片方が必死に奪い返そうとしている。


 よく見れば、それは残飯に混じっていた鶏の骨だった。

 肉片はほとんど残っていない。

 だが、飢えた身体にはそれでも“価値”だった。


「離せ! それは俺のだ!」

「昨日はお前が多く食っただろ!」


 押し合い、掴み合い、やがて拳が飛んだ。

 人間同士の殴り合い。

 しかし、どこか獣の喧嘩のように見えた。


 周囲の者たちは止めようともしない。

 ただ黙って見つめ、ある者は涎を垂らすように骨へと視線を送っている。


 翔もまた、動けなかった。

 心臓が嫌に速く脈打ち、喉の奥が乾く。

(……俺だって、腹が減ってる。あの骨が欲しい)


 自分の中で、そんな言葉が浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 次の瞬間――。

 係員が塀の影から現れた。

 手にはホース。


「おとなしくしろ!」


 冷水が勢いよく噴き出し、争う二人を叩きつける。

 泥混じりの水飛沫が周囲にも降りかかり、翔の顔もびしょ濡れになった。


 二人は地面に倒れ込み、咳き込みながら泥にまみれる。

 骨は泥の中に沈み、誰も拾おうとはしなかった。


 係員は淡々とホースを巻き取り、また扉の向こうへと消えていった。


 残されたのは、濡れた砂利の匂いと、冷たく沈黙した人々。


 やがて、どこからともなく――。

 誰かが、獣のように低く、喉を鳴らす声を漏らした。


(あぁ……人間が、壊れていく)


 翔は震える手で自分の首のタグを押さえた。

 それだけが、まだ“人間の証”であるかのように。

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