1話 通達
登場人物
● 矢島 翔
年齢:30代前半
職業:一般企業の会社員(日本人)
特徴:真面目で口数は少ないが、他人への共感を内に秘めるタイプ
立場:「動物移行」政策の対象者。“人間”としての資格を徐々に剥奪されつつある
象徴:「静かな抵抗者」。社会の変化に呑まれながらも、無意識のうちに人間性を守ろうともがいている
現状:婚姻を通じて国外脱出を目指すが、制度のスピードと時間制限に追いつけず、焦燥の中にある
● 新川
年齢:翔の同僚
職業:同じ職場で働く会社員
特徴:要領がよく、早めに動いていた
立場:外国籍のパートナーとの婚姻を成功させ、“人間”としての資格を維持した数少ない例
象徴:「逃げ切った者」。社会のルールの中で生存戦略を成功させたが、もはや戻ってこない
現状:既に国外へ脱出済み。社内では半ば伝説のように語られている
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● 今泉
年齢:20代後半~30歳程度
職業:翔の後輩社員
特徴:軽口を叩くが、根は臆病で繊細。現実を受け入れつつも、内心では怯えている
立場:翔と同じく「動物移行」対象。すでに婚活アプリに登録して打開策を探している
象徴:「現実的な敗者」。生存のためにはプライドを捨てることも厭わないが、心の奥に諦めが見え隠れする
現状:アプリに希望を託しているが、それが本当に「救い」なのか分からなくなっている
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● ミア(仮名)
年齢:28歳
国籍:オランダ
特徴:マッチングアプリで翔とマッチした外国人女性。日本語は初級レベル
立場:婚活アプリに登録する側の“人道保護国”の住人。善意を持っているが、そのテンポは「人間扱いされない者」にとっては致命的に遅い
象徴:「希望かもしれない存在」。翔の人間性に残る最後の“繋がり”
現状:翔とのやり取りに好意的だが、「少しずつ知っていこう」と返してしまう。制度の猶予を知らない
テレビが、突然、赤い速報のテロップに切り替わった。
【速報】
国際人類分類委員会、「人類定義の再構築」を発表
日本人に対し、“準人類”判定開始
スタジオの日本人キャスターが顔を引きつらせながら、必死にニュースを読み上げる。
「速報です。ただいま、国際機関が“日本人は人類と完全には一致しない”という見解を示しました。対象者には、今後段階的に“ホモ・アニマリス”への分類が適用され……」
ザワ……ザワザワ……!
社内の空気が一変した。
オフィスのあちこちから外国語の会話が飛び交う。
中国語、ドイツ語、英語、スペイン語。
どの言語にも、驚きと興奮、そして、どこか抑えきれない「苦笑い」が混じっていた。
翔のスマホが震えた。
社内ポータルからの通達だった。
【社内重要連絡】
日本国籍の社員各位
本日付で、人類分類が仮に「動物種」とされた旨、国際法の基準に則り、通知いたします。
通達日から30日間は、生活・就労の“移行準備期間”として認められています。
詳細は別紙「動物種への生活移行手続きマニュアル」をご参照ください。
彼の視界が、じわじわとにじんでいく。
周囲の同僚は、彼を見ようとしなかった。
誰もが“触れてはいけないもの”を見てしまったように、目を逸らした。
家に帰ると、部屋のスマートテレビが自動で起動した。
「こんにちは、矢島翔さん。あなたの分類は“ホモ・アニマリス・ジャポニカ(準人類)”です。
今後の生活に向けたガイドラインを自動再生します」
画面には、「ケージ型住居の設計例」「人間との非接触区間の定義」「水・餌の支給条件」などが並ぶ。
ベッドに倒れこみながら、翔は呆然と天井を見つめた。
彼の目に、窓の外に浮かぶ高層ビルが映った。
その最上階に灯る灯り――かつて自分がいた、役員フロア。
そこには、もう彼の居場所はなかった。
「まさか……本当に俺たちが、人間の“下”に位置されるなんて……」
声は、獣のように、かすれ、か細かった。




