花祭りの中央聖堂 2
「花祭り中の施錠は、本当に完全にされるんです。出入口はもちろん、窓から普段は開け放たれてる門まで何もかも、全部」
花祭りは、女神が街に降り立つといわれている行事だ。女神は花を介してこの世界に介入すると言われているため、この日は町中が花で埋め尽くされる。そして歓迎の宴という形で、街にはたくさん出店が出て、皆で歌や踊りを披露するのだ。それは夜になってからも続く。大人から子供まで、一日中バカ騒ぎをする祭りが、『花祭り』であった。現在はそれに加え、恋人たちの祭典としての意味合いもあるけれど、これは蛇足である。
で、だ。
この日に限っては女神は街に降り立っているので、礼拝堂を開けておく必要が無い。聖職者たちはみな王宮の儀式に参加するし、しない者たちもみな街に繰り出してしまう、なんせ祭りなので。
とにかくそういうわけなので、花祭りの日は聖堂はどこもかしこも施錠してしまう、らしい。決まった時間までに外に出ておかないと、花祭りの日に聖堂の中から出られなくなってしまうほどなのだとか。
「しかし、合鍵を作ったりなどをして、こっそり鍵を開けることくらいできるのでは?」
「それが、難しいんですよ。聖堂って基本的に施錠しないので、鍵が一つしかないんです。しかもその鍵も、複数人の司教様たちが管理していて…………詳しくは知りませんが、なくなったらすぐに分かるんだとか」
「では、あらかじめ中に潜んでおいて、施錠後に中から開けて出るとか…………いや、内鍵じゃないのか?」
「内鍵でないのはそうなんですが、そもそも鍵穴が外側にしかなくて。中から鍵の開け閉めはできない作りになってるんです」
「では、閉め忘れていたとか、意図的に鍵をかけない扉を作っておくということは?」
「それも考えづらいです。聖堂の鍵をかけるのは花祭りで行う儀式のひとつみたいに扱われてまして、関係者総出で手順に沿って鍵を閉めた窓や扉を何回も確認するんですよ。それで見逃すということはあり得ないでしょうね」
「なるほどな。窓のガラスを割っての強行突破は…………」
「窓ガラスがあるのは二階以上だけですし、フレームも六分割されてるタイプで体が通らないと思うので、ガラスを割るだけでは…………。あ、でも窓枠ごと外せばいけますね」
「しかし、自分で言っておいてなんだが、聖堂は見晴らしが良いんだよな。高い木も無いから二階以上に上がるのも何か道具が必要だし、窓枠を外すとなると、人目に触れずに侵入は難しいか」
「そうですね。教会関係者が出払うとは言いますが、周辺をパトロールしてる聖騎士の方々はむしろいつもより増えているくらいですし」
二人であらゆる可能性を考えるが、どうやっても侵入は無理という結論にしかならない。
少なくともベージルの一周目の記憶では、第二王子が聖堂の奥で取り押さえられたという話は事実のはずだった。しかし、どうやっても、聖堂の奥までたどり着くことは難しい。
というか侵入する方法はもちろんだけれど、そもそも誰がどうやって取り押さえたんだということも、ベージルは気になった。
見回りでもしていた聖騎士が不審者を取り押さえたんだろうと一周目のベージルは何も不思議に思っていなかったが、こうして改めてチェルシーの話を聞くと明らかに不自然な話だった。花祭り中の聖堂の中と外は、完全に切り離された空間になっていたはず。であれば、第二王子を捕縛した人物は、どうして聖堂の中にいたのだ? 花祭りが終わるまで、外に出られないというのに。
「その話はいったん置いておこう。もう一つ聞きたいことがある」
「はい、もちろんどうぞ」
「聖堂の中に、何か侵入されるような理由はあるだろうか? 例えば、高価なものがあるだとか、誰かにとって不利益になる秘密が隠されているだとか」
「う、うーん…………私はあくまで医院の手伝いでしかないので、そういう秘密とかはあまり…………。高価なものについては、まあ美術的に価値のあるものはそれなりに置いてるでしょうけど…………重要な儀式とかも中央聖堂では行わないので、それに関するものは何もないはずですし…………」
「ああ。それはそうか」
一周目の印象が強いので、チェルシーが教会の上層部にいるイメージが先行したけれど、そう言われればその通りだった。あれは戦況が一気に悪くなった後だから起こった、いわば奇跡的な出来事で、今のチェルシーはせいぜい教会関係者の知り合いが多いくらいなのだろう。
「これに関してはこちらで考えても仕方ないか」
「そうですね…………あの、そもそもその聖堂に侵入するという噂は、誰からどんなふうに聞いたんでしょう? そこから推測できることもあると思うのですが」
誰からも何も、ベージルの記憶が情報源である。まあ、一周目のときに噂で聞いた事件なので、噂が情報源というのも別に間違ってはないのだけど。
「すまない、事情があってな。情報源については言えないんだ」
「ああ、そうなんですか…………それなら、大司教様に聞くのも難しいでしょうか…………。聖堂に侵入するという話ですし、大司教様だったら力になってくれると思ったんですが…………」
「ああ、まだ確実な話ではないし大事にはしたくない。君の胸の中にとどめておいてもらえるか」
分かりました、とチェルシーは頷いた。
それなりに時間も経ってしまっていたため、その後は話もそこそこにカフェから出る流れとなってしまった。そもそも今日はかなり無理を言って来てもらったのだ。チェルシーは今日も仕事だったようなのだが、ベージルがどうしても早いうちに会いたいと言ったために、職場に少し早めに上がらせてもらえるよう頼んでくれたようでこうして会うことができている。
外は少し薄暗く、まだ人も出歩いている時間ではあるが、念のためにチェルシーを送っていくことにした。運命の伴侶である女性を家まで送っていくことくらい騎士なら当然のことだ、とチェルシーを説き伏せて。ベージルは騎士として落ちこぼれなのでちょっとあれだけど、たぶんそう。
チェルシーの隣を歩きながら、ベージルはちょっとだけ、この無言を居心地悪く思う。そんな風に感じた心当たりはあった。
「今日は…………その、すまなかった」
「ええっと…………? その、何がですか?」
「仕事の話ばかりしてしまったことだ。せっかくあなたに無理を言って会ってもらったのに、お互いの話をあまりできなかったと思って」
「ああ。いえいえ、いいんです。教会の中のことって、案外分からないものですよね。そこに詳しそうな人が現れたら聞きたくなるのも分かりますから」
仕事で必要だったから、ひいてはウォルターの処刑に関わる事件の調査だから。そんな理由があって、つい聖堂の防犯について質問攻めにしてしまったけれど。
運命の伴侶というものは、古くから演劇や小説で使われてきたなじみ深い題材だ。
ベージルも当然慣れ親しんできたもので、幼い頃に読み聞かせられた絵本にもよく登場していた。
「…………いや、楽しみにしていたんだ。俺が」
一周目では終ぞ出会うことのなかった運命の伴侶と出会って。その後はいろいろなことを思い出したりして、深く考えることはなかったけれど。
それでも本来、運命の伴侶と出会うというのは一族総出で祝うようなことだ。そのぐらい稀有で、めでたいこと。年頃の少女ほど恋焦がれたりはしていないけれど、それでも、ベージルだって浮かれる気持ちのひとつやふたつあって当然なのだ。
「なのに仕事の話で終始してしまって、残念だと…………俺が、思ったんだ」
「ベージルさん…………」
チェルシーは驚いたような顔をして、ベージルを見上げた。そして、照れを隠すために厳めしい顔をして前を睨んでいる彼をじっくりと眺めて破顔する。
「ふふ…………そうだったんですね。てっきり、私ばっかり浮かれていたのかと思ってました」
そんなことはない。ただ少し、ベージルは一つのことしか考えられない性質だっただけで。
「また、二人で会いましょう。今度はお仕事が関係ない話をして」
「ああ、そうだな。…………花祭りも、一緒に行ってくれるか」
チェルシーは声を上げて笑いながら、楽しみですと言った。