世界が滅びます 1
この世界には、「運命の伴侶」というものが存在する。
それは、「その人と結ばれれば必ず幸せになれる」と語られる、女神様から祝福された男女、魂で選ばれた運命の二人のこと、であった。
それは誰しもに定められているものではなく、皆が出会えるものではなかった。女神が気まぐれで祝福を与えると言われ、だいたい運命が現れるのは一割以下の確率、そのぐらい希少な存在だった。
運命の伴侶の手に触れたとき、その手には女神から花を握らされる、と言われている。
つまりは男女で握手をしたとき、その二人が運命だった場合はその手の中にどこからともなく花が生まれるのだ。
事故的なものではあったが、ベージルは女性の手を握り、そしてそこから無かったはずの花が現れた。
これはつまり、その通りすがりの女性が、何を隠そうベージルの「運命の伴侶」だったというわけなのだ。なのだ!
「というわけです」
「そうか、おめでとう。でもね、なんでそれを僕に報告する?」
運命の伴侶だとかはつまるところただの恋愛ごとでもあるので、プライベートな話。すぐに結婚でもするなら話は別だが、そうでもないなら別に上司に報告しなくてはいけないことでもないのだけれど、塔に帰ってきたベージルは真っ先に、ウォルターにそのことを報告したのだった。
「というか、君に頼んだお使いは?」
「…………申し訳ありません、どちらもまだ終わっていません」
「どっちも? はあ、もう、君ってやつはさあ」
ウォルターががっくりと肩を落としてそう言った。ベージルはもう一度頭を下げて謝ってから、まだ報告しなければいけないことが、と言う。
「報告? まだあるの?」
「はい、こちらが本題です」
ソファに身を預けてベージルの話をまともに聞くつもりのなかったウォルターは、仕方なしとばかりに体勢正して「で?」と先を促した。
「その女性の手を握ったときに現れた花を見たときに、女神様から祝福を戴きました」
「祝福? へえ、おとぎ話で稀にあるけど、本当にそんなことがあるんだ?」
「はい。未来の記憶を知ることのできる、予知の力を授かりました」
「…………はぁ?」
途中まで真面目に聞いていたウォルターは、未来の記憶と聞いた途端、顔をしかめた。女神は、この世界に基本的に干渉しない。聖女を通してこの大陸に守りの奇跡を授けること、運命の伴侶と出会った時に運命の花を握らせること。この世界にある奇跡と魔法は、それがすべて。
もちろん、おとぎ話などでは女神様から特別な祝福を戴く話もあるけれど――――それは全て作り話だ。祝福の力で予知を授かったなんて、出来の悪い詐欺師の妄言でしかありえない。急に胡散臭いなあと思って――――しかし、ベージルはくすりとも笑わない。いっそ怖いほど強い目でこちらを静かに見つめるだけだ。
少なくとも、ベージルは本気でそう言っている。ウォルターはそう判断して、仕方がないので最後まで聞いてあげることにした。
「はぁ、まぁ、じゃあその話が本当だっていう前提で話を聞いてあげるよ。続けて?」
「ありがとうございます。予知の類だとは思うのですが…………先に起こる出来事を悟ることができるというより、まるで一度経験した記憶かのように思い出したような感じです。近衛ではない騎士だった自分が生きて死んで、もう一度同じ生を繰り返していることを思い出したような…………」
「ふーん…………最近小説で流行ってる『二週目』みたいなことかな? 未来で一度死んで、記憶だけを持って時間が巻き戻った、みたいな」
「ああ、二週目、なるほど。確かにそのような感じです」
一周目のベージルは。
どうしたことか、今とは違い近衛騎士ではなかった。王国騎士団の普通の一般隊員だったのだ。
近衛騎士でもないから偉い人に無礼な口を聞いて左遷されることもなく、ごく普通の新人として所属する、大勢の同僚に埋もれるような一般的な隊員だった。
というか、そもそも二週目の今の自分が近衛騎士をしていることの方が不自然なのだ。近衛騎士といえば高位貴族の次男とかがなるもので、ツテもないベージルのような田舎子爵の六男の身分は悪目立ちしてしょうがなかった。それゆえ前の職場では少し浮いていたのだけれど、これはまあ別の話だ。
「ふうん、なるほどね。なんか変だと思っていたけど、君、そもそも近衛騎士になる予定がなかったのか」
だからこんなとこに飛ばされてもケロッとしていたし、木の伐採なんて奇行もしたのか。
ちなみに、どんな田舎者でも王宮の木を切るような奴は普通ではないのだけれど、由緒正しい公爵家に産まれ王都で育ったウォルターは正しい田舎者を知らなかった。
「そうです。なぜか一周目と違い、近衛騎士として配属されまして…………」
「なぜか、ね。理由は分からないけど…………これも女神の祝福なのか…………」
「そういえば、一周目では運命の伴侶と出会うことはありませんでした。これも祝福なのでしょうか」
一周目と二周目の違いという面で考えてみれば、そうなのかもしれない。
なぜか近衛騎士となり、不興を買ってウォルター付きとなり、その彼の命令で出た王都で運命の伴侶と出会った。そして女神から運命の花を手渡されたときにベージルに女神からの祝福も賜り、『一周目』の記憶を思い出した――――。ここまでの一連のことはすべて出来すぎた偶然で、女神様の紡いだ運命と呼んだ方がしっくりくるのかもしれない。
このベージルが、ウォルターの元に現れたことも運命だったのかと考えそうになって――――――ウォルターは首を振ってそんな考えを追い出した。考えても仕方のないこと、だ。
「その一周目の記憶なのですが、今から十年と経たずに――――――」
ベージルとウォルターの視線が重なる。
真面目くさった顔で、くすりともしていない顔で、ベージルは言った。
「世界が滅びます」