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始まり 4

 ベージルはウォルターのお使いをこなすため、図書室に来ていた。

 王宮の中心部に位置するそこは、貴族や王宮で働いている者であればいつでも本を借りることができる。そのため娯楽用の本が数多く並んでいるが、同時に資料室も兼ねているため、幅広い書物が揃っているのだ。広く大きい図書室は静かだけれど、いつも様々な目的を持ったたくさんの人が訪れる。

 第二王子の側近、ニコラもその一人だ。仕事で必要な資料を探しに来ていたのだけれど、彼女は図書室に居たベージルを見るなり、ぐっと眉間に皺を寄せる。不可解、という感情を隠す気もないままに、ベージルに話しかけた。


「あなた、この間配置転換した近衛騎士よね。ここで何を?」

「主の命令をこなしている最中です」

「命令? あなた、どこに配属されたのか、本当に分かってる?」

「? ウォルター様の護衛騎士として配属されましたが…………」

「あなた…………それがどういう意味でされた異動なのか、分からないの?」


 ベージル自身は分かっていなかったけれど、きちんとウォルターから教えられているので、今ではちゃんと分かっている。


「自主退職を促されている異動だとお聞きしました」

「その通りです。それなのに、あなた、命令をこなしていると言いました?」

「はい。意図はどうあれ、ウォルター様の護衛騎士であることに変わりはありませんから」


 しれっとベージルはいいのける。

 ニコラは一瞬ぽかんとした顔になった後、さっと顔色を赤く染めた。キッと目尻が吊り上がり、グッと口元を噛み締めて――――端的に言えば、激昂した。


「あなたは…………アーヴィン様のご意向を無視するというのですか?」


 アーヴィン様、とは第二王子殿下のことである。さすが一番の側近ともなれば名前で呼ぶことも許してもらえるのだなぁ、とベージルはぼんやり思った。


「無視する…………とは? 自分は第二王子殿下から、ウォルター様の護衛騎士になるよう任じられ、今はウォルター様の護衛騎士となっているだけです。むしろ、これは第二王子殿下のご意向通りと思いますが」

「言わなくとも察するのが良き勤め人というものです。アーヴィン様の部下であったあなたも、言外のご意思を察せて当然。そんな当たり前のことも忘れて、屁理屈を捏ねて職にしがみつくなど…………あなたは誉れある騎士の一人として、恥ずかしくないのですか!」


 さて、ところでこのベージル、口喧嘩はそれほど強いというわけではなかった。

 いたずらや喧嘩をして叱られるのを避けるために、屁理屈を捏ねて責任逃れをする技術は実家で培った。けれど、元上司との言い合いを制するのはそれだけでは難しかろう、ということはよく分かっていた。

 それに、そもそもベージルは、かつての職場に興味など無かった。

 このニコラのことも、かつての上司であったし次の王妃となるのではと言われるほどの家柄の出だったと聞いたことはあるが、今はもう配置転換によりもう命令を聞く義務もない。陛下の言であればいざ知らず、ウォルターの命令を聞くことがベージルの唯一の職務で、第二王子のこともニコラのことも、もう彼には興味などなかった。

 と、いうことで、ベージルはニコラに絡まれているこの現状を、心底面倒だなぁと思っていた。混じり気なく、心底、面倒だなぁと。態度にも顔にも、心底面倒だなぁと書いてある。幸い、と言って良いのか、頭に血が上っているニコラは気がついていないようだったが。

 ベージルは周りに助けは求められないものかとキョロキョロと見回すけれど、遠巻きに見る人は居ても助けてくれる人はいなさそうである。そもそもこちらを見ている人たちは揃って、うるさいし迷惑だなぁ早くどっか行けよ、という目でこちらを見ていた。思っているだけで誰も何も言わないのは、この第二王子の紐付きのニコラに楯突くのが怖いからであろう。

 ふむ、とベージルは頷く。助けが期待できないのであれば、あとはもう逃げるのみである。


「ああしまったそういえばウォルター様から頼まれたことがまだあったのでした街へ降りなくてはいけないのですが早くしないと日が暮れてしまう」

「は?」

「誉れある騎士として主の命令をこなせないのは許しがたい大変申し訳無いのですがこの場は失礼させて頂きますお話はまた今度でよろしいでしょうかではそれでよろしくお願いいたします」

「ちょ…………!」


 力技による逃亡であった。

 こうしてベージルは、本来の目的であった本を借りることもできず、さっさと街へと逃げていったのだった。





 さて、街に降りたベージルは、うろうろと大通りを行き来していた。

 ウォルターは流行りの菓子を買ってこいと言っていた。彼は別に買ってくるものなんて何でもよくて、こいつを街に降りさせるのが目的だっただけなのだけれど、真面目なベージルは流行りの菓子というものをきちんと買っていかなければと奮起していた。ようやく貰えた主からの命令なので。

 しかし当然ながら、ベージルに流行りの菓子など分からない。というかお菓子が売っているところがどこかすらよく分からないので、通りにあるパン屋なんかを外から覗いて(菓子じゃない気がする……)と踵を返す、これの繰り返しだった。


 そして、王都の中心にある広場から続く階段を下っていたときのことだ。


 その女性は、ベージルとは逆に階段を上っているところだった。そのまま互いに横を通り過ぎようとしていた、それだけ。

 しかし彼女の逆隣を猛烈なスピードで駆け下りる男性が通る。その男は彼女にぶつかりながら振り向くこともなく降りて行き、そしてぶつかられてバランスを崩した女性は、ゆっくりと体を後ろへと傾けていった。そして驚いた顔をして、思わずといった風に手を伸ばして、しかしそれは掴むものもなく、空を切った。

 落ちる。

 ベージルは咄嗟に、彼女の手を掴んだ。

 反対の手で手すりを掴み、手を引いて、彼女の体を引き戻す。

 間一髪、階段から落ちそうになった女性を、助けた瞬間だ。


 危ないところだったと、僅かにドクドクとなる心臓を宥めながら、ホッと息を吐いて彼女の状態を確認する。


「怪我は」

「え?」

「痛みなどはありませんか」

「え…………あ! いえ、ありません。その、助けていただいてありがとうございます」


 しばし呆然としていた彼女だったが、すぐに我に返って返事をしてくれた。ベージルは彼女がしっかりと両足で立っていることを確認する。足をくじいたり等はしていないようだ。

 あとは、と掴んだままの彼女の手を見た。咄嗟だったため、掌部分を思い切り握り込んでしまっていた。

 怪我をさせてしまったかもしれない、と繋いでいた手からゆっくりと力を抜いていく。


 そっと開いた掌から、どこからともなく、花が溢れた。


 白く、小さな花がいくつか、ひらひらと。


 その花を見た瞬間に、ベージルは固まった。

 男女が手と手を取ったとき、何も無いところから現れる花――――――それは、特別な意味を持つ花だった。


 この出会いが、やがて世界を変える運命へとなるのだけれど――――そのことを、二人はまだ知らなかった。


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