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始まり 3

 塔の周囲を囲むように植えられた林は光を通さないほど鬱蒼としているけれど、この塔はそんな木々よりも背が高かった。

 螺旋階段を上っていくと、その半分を超えて少し経った辺りでようやく朝日が差し込んでくる。螺旋階段の窓から差し込む朝日の眩しさに、ベージルは目を細めた。片腕に水の入った桶をぶら下げ、両手には一人分の朝食の並んだ盆を傾けないように持って、昇りづらい階段に慎重に足をかけていく。

 最上階の扉の前で、手が塞がっていたためにノックではなく入りますと一声かけて、扉を開けた。

 中にいたウォルターは、ベッドの端に腰掛けて眠たそうにフラフラと上体を揺らしていた。


「おはようございます、ウォルター様。身支度用の水とお食事をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」

「まだ着替えておられないんですか? 昨日のうちに服は運んでいますよね」

「着替えがないんじゃなくて、着替えてないだけだよ。誰に会うでもないし、別にいいでしょう?」

「ダメです。洗濯ものは午前中のうちに持っていかなければならないので。自分は飲み水を持ってきますから、その間に着替えておいてくださいね」

「はいはい、分かったよ、着替ときます~」


 寝ぼけ眼で、昨日ベージルが運んできた綺麗な服を手に取って着替えようとしたとき、ふとウォルターは頭を抱えた。


「うわ…………馴染みすぎ…………?」


 まだここに来て一週間ほどだというのに、馴染みすぎでは…………?

 朝は王宮から運ばれてくる食事と井戸から汲んできた水を持ってきて、ウォルターを起こしてからもう一度下に戻って、今度は飲み水を汲んでくる。そして戻ってきたら部屋の中で控えて給仕をしてくれて、食べ終わったら食器を片付けて階段を下りていく。その後、ベージルが自分の部屋で朝食を摂って…………完全に朝のルーティンが出来上がっている。たった一週間なのに!

 午後の暇な時間には自主的に鍛錬をしたり、林の中に入ったりしているようだった。ベージルは二階の位置にある部屋を自室にしているようで、この間ちらっと覗いてみたのだけど、殺風景だった部屋には布団やカーテンが用意されていたし、どこから持ってきたのか家具も増えていた気がする。部屋を少しずつ快適にしていってるのだ…………恐ろしい!

 着替えて間もなく戻って来たベージルが持ってきたパンを咀嚼しながら、これはまずい気がすると、ウォルターは焦りを覚えた。


「ベージル、君さ、よく林の中に入ってるみたいだけど、そこで何やってるの?」

「ああ、木を切ってます」

「そう、木を…………切ってる?! 木を?!」

「はい、伐採しています。ここの林は少し木々の間が狭すぎて、多少間引いておかないと林がダメになる可能性がありますので」

「だから切ってるの?! 勝手に?! 王宮の木を?!」

「まずかったでしょうか…………?」

「そ、そりゃそうだろう? ここは王宮の敷地内で、林の木ももちろん王の持ち物なんだから。勝手に切ったりしたら怒られるよ」


 怒られるどころか、首が飛ぶ(物理)可能性すらあるのだが。

 木々の間が狭すぎることこそがこの林の鬱蒼さを出しているのだし、この近くに行きたくないという人の心理を生み出しているのだ。

 無意識で忌避される林の真ん中にある罪人の塔。木の密集はあまり良くないと思う人はもちろんいただろうが、誰も手を出さずにいたのは、つまりはそういうことである。なのに、木漏れ日がそよぐ心地のいい林になんてされた日には、いろんな人の癇に障るだろうことは、想像に難くなかった。


「そうでしたか。庭師に相談したところ、責任者も分からないから好きにしていいとのことだったので、自分の判断で伐採しておりました」


 それはたぶん、好きにしていいじゃなくて…………「自分は関係ない」「勝手にしてくれ」と言っていたのではないか。たぶん。

 話が通じてなさすぎる。この男、やばすぎない?


「とにかく、それはバレたらまずいからもうやめて。あの林はあれでいいんだ」

「そうでしたか…………申し訳ありません」

「うん、もうしないでね。ほんっとに、絶対しないでね」

「はい、分かりました。ところで、すでに伐採した木は木材に加工中だったのですが、これもまずいでしょうか?」


 この男、やばすぎ。

 馴染んでるなんてものじゃない。壊されてる。日常が。

 この塔の今までの生活が、完全にベージルの色に染まろうとしていたのだ!


 ウォルターは頭を抱えながら、人に見つからないようにね、と声を絞り出した。

 どうせすぐに辞めるだろうからと好きにさせていたが、これはそうも言ってられないぞと考えを改める。この男はきちんと手綱を握っていないと何をするか分からないのだ。どうやら辞める様子もないし、放し飼いし続けるのはリスクが高すぎた。


「分かった、分かったよベージル。僕の負けだ」

「? 何か勝負をしてました?」

「そうだよ、僕が勝手にね。さて、ベージル、君にはお使いを頼みたいんだ。いいかな?」

「しかし、護衛の仕事は…………」

「だから、護衛なんてなくても大丈夫なんだって。そもそも今までだって、君は林の中に行ったりして傍を離れてたりしたじゃないか」

「それはそうですね」

「よし、じゃあ頼んだよ」


 ウォルターはベージルに二つ頼みごとをした。

 図書室に本を返しに行って、新しい暇つぶし用の本を借りてくること。もう一つは、街に降りて最近はやりのお菓子を買ってくること、だ。

 本は普通に暇なので新しいものが読みたかっただけ。買い物の方は、菓子が食べたいというよりも街まで行かせれば時間もかかるし変なことをする時間もなくなるだろうという考えからだった。

 これでよし、と満足げにちぎったパンを口に放り込んだけれど、同時にウォルターは少し不安にもなったのだ。ひょっとして、毎日こんな風に用事を申し付けなきゃいけなくなるのかな、と。


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