エピローグ 1
なんでこんなことになってんだろって、さすがのあたしも毎晩考える。
小さい頃から要領のいい女の子だった。初対面の大人からだって可愛いと言われてちやほやされて育った。だから、学校でもおんなじように王子様に可愛いと言われて手玉に取っていた時もそれが当然だと思ったし、周りの嫉妬はうざかったけど、かなり気分は良かった。第一王子のアルバートもスペアの弟アーヴィンもめちゃくちゃチョロかったし、二人ともあたしのことをまるでお姫様みたいに甘やかしてくれていた。あたしの人生の、絶頂だった頃。
でも、ダメになるのは一瞬だった。
別に本物の聖女を殺そうと思ってたわけじゃないのに。アルバートと結婚するのは聖女じゃないといけないって聞いたけど、政略的な話らしいから、それなら別に結婚する聖女は本物じゃなくても良いんじゃないかって思っただけ。
だって、みんなが幸せになれる方法だと思ったんだもん。
クラリッサとアルバートは仲が悪かったから、婚約破棄になったら二人とも嬉しいと思ったし。あたしは王妃になれるし。クラリッサだってさ、聖女じゃなくなったら好きなことできるわけだし、最初はまあショックかもしんないけど最終的にはあいつも悪くないって考えるでしょって、そう思ってたんだよ、ほんと。
あたしが聖女だって嘘を吐くだけで、皆が幸せになれると思った。
でも、アルバートのバカが。あいつのせいで。あたしの嘘を真に受けただけならともかく、クラリッサを殺したりなんて勝手なことするから。だから全部、おかしくなっちゃったんだ。
あたしとアルバートはまるで罪人みたいに拘束されて、ひどい扱いをされながらどこか遠くへ連れていかれて…………そう、たぶん、海の近く。変な匂いと、波の音が聞こえたから。そこで袋を被せられまるで物みたいに運ばれて、あんまりに酷い運び方をするから、あたしはそこで頭を打って気絶してしまった、んだと、思う。
目が覚めたとき、そこは、すでに中央聖堂のど真ん中だった。
どうしてそんなところに居たのかは分からない。ただやってきたシスターは、あたしが聖堂の敷地内で気を失っているところを保護したと言った。袋に入っていたわけでもなく、目立った外傷もなかったらしい。シスターたちは、あたしのことを何か事情があって家出でもしてきた良家の子女とでも思ったようで、優しくずっとここに居ればいいと言ってくれた。
あたしは、渡りに船とすぐに飛びついた。
男爵令嬢の『メリッサ』はその存在こそよく知られたものだったが、同じ学校に通っていた人でもなければ顔は知らないので、ここで引きこもっている分には素性がバレることはないし。聞いたところによると、実家もあたしたちの責任を取らされてすでに無くなっているらしくて、他に帰るところも無いし。深く事情を尋ねてこなくて都合が良かったし。
それから七年、あたしはずっと隠れ住んできた。
なんでこんなことになってんだろって、考えない夜はなかった。
かつてはお姫様になれるまでになったのに。なんでこんな犯罪者みたいな扱いされて、労働者みたいなことしなきゃなんないのって、ずっとずぅっと考えてた。あたしの人生で一番幸せだったころ、あの学生時代を思わない日はなかった。
だから、王子の仕事の一環で中央聖堂にアーヴィンがやってきたときは――――やっぱりあたしは女神に愛されていると実感した!
きっとこれは運命! あたしは幸せになれる、そんな運命にある!
再び戻ってきてくれた、あたしの本来の幸せな人生。
だっていうのに――――――やっと幸せが戻って来たって、ようやくだって、思ってたのに――――――
なのになんで――――――
あたしはこんなことになってるの?
*
「今朝、メリッサが死体で発見されました」
その日は、夜の間からずっと雨が降り続いていた薄暗い朝だった。
中央聖堂で起こった事件から数日が経ち、日常を取り戻し始めていた矢先のこと。
いつもより遅い朝食にしびれを切らしたベージルが本宮に取りに行き、そして戻って来たときの表情から、よっぽど悪い知らせを聞いてきたのだなと察してはいた。しかしそれでも、彼から告げられたのは想像もしてない内容だった。
「まさか。そんな…………なぜ…………」
「現在調査中だそうです。朝の点呼を行うためにメリッサに声をかけた騎士が返事がないことに気づき、中に入ったところ胸にナイフが刺さっている状態で死んでいるメリッサを発見したと」
「…………殺されたのか」
「状況から見て間違いないかと。胸部を深く十三回も刺されていたそうで、自殺の線はまずないでしょう。最後に生きているところを確認したのは消灯直前だそうなので、犯行はおそらく昨晩未明。誰かがナイフを持ち込み、殺害したと思われます」
「誰も気づかなかったのか? 見張りはどうしていた?」
「メリッサは離れた北宮の地下にある独房に入れられていました。見張りは二人一組で、そこの扉の前にいるよう配置されていたようです。その日も間違いなく二人で配置に付き、隙は一切なかったと言っているそうですが…………」
「くだらない。現に殺されているんだから、そんな証言になんの価値もないだろう」
「はい、その通りです。しかしどのようにして見張りに気づかれず殺したのか、その手段は未だ分かっていません」
ウォルターは悔しさに唇を噛む。メリッサはニコラたちの尋問に、特に隠し立てする様子もなく何でも話したが、そもそも何も知らなかったと言っているそうだ。メリッサが逃げ出したわけではなく、誰かの手によって中央聖堂まで連れてこられたと。それが誰なのか、ということについては何も分からないままだ。何か少しでも情報が得られないかと、更に尋問を続けている途中の…………この事件である。
メリッサの身柄はニコラ、ひいては第二王子アーヴィンの元で管理していたはずで、死なせてしまったことは彼女たちの責任を問われることになるだろう。
アーヴィンがメリッサと恋仲だったことや中央聖堂にいると知っていて黙っていたことなどはバレていないようだが、元からあまり評判の良い王子ではない。ニコラの手腕次第だが、ある程度は肩身の狭い思いをすることは免れないだろう。メリッサが死んでアーヴィンも使い物にならなくなっただろうし、ニコラは苦労するに違いない。
「…………凶器のナイフについては?」
「柄に女神の聖なる印がついていた以外には何の特徴も無いナイフだったと聞いています。神饌を用意する際に使う小刀のレプリカらしいのですが、土産品として昔から人気の大量生産品らしく、どこから用意したか特定するのは難しいとのことで…………」
「…………そうか」
ウォルターはじっと考え込むような表情をして、じっとその場に控えるベージルに対して「ごめん、少し席を外してくれないか。一人で考えたいことがあるんだ」と言った。彼は素直に頷いて、何も言い残すことなく大人しく扉を閉めて階段を下りていく音を響かせた。
ベージルが持ってきてくれた朝食に手を付けることもなく、ウォルターは窓の外を眺めながら物思いに耽った。
ついに認めざるを得ないところまできた。
ずっと考えていたウォルターの推理。
『どうして世界は滅んだのか』――――――その解について。
メリッサを生かしておいたのには、もちろん理由がある。
なぜ、彼女が生きていたのか。その原因を突き止めるためだ。
メリッサと元第一王子の二人は、教会が身柄を抑えて事実上の処刑を行った。事実上というのは、教会の教えでは人類同士の殺しが許されていないため、そのルールの穴を付いた方法をとったからだ。彼らを戦争の最前線に連れて行って、そこで『人類のために戦わせた結果、魔族に殺された』――――という体をとった。実際のところは、王宮の騎士と教会の聖騎士たちが協力して、彼らを後に袋に詰めて殺し海に沈めた、とウォルターは聞いている。教会だって綺麗ごとだけで世間が回っていけると思っているわけではない、万が一にも彼らに生きていられては困ることくらい、分かっていたのだ。
でも。
彼らは生きていた。
どこから情報が誤っていたのかは分からない。
そもそも死体を海に沈めた者なんていなかったのか。
それとも、別の男女が身代わりになっていて、赤の他人を沈めてしまっていたのか。
それは分からない。
分かるのは――――――――
――――――人類のどこかに、裏切り者がいるということだけ。
あの二人の処刑は聖女が死んですぐの頃だった。人類側の大陸に入ることができなかった魔族の奸計にしては、あまりに手が込みすぎている。人類の裏切りと考える方が自然。
そして。
そうだとするのなら、やはり怪しいのは教会の人間だと、ウォルターは考えずにいられない。
教会の手にあったメリッサが、処刑を免れていたこと。そして、中央聖堂の聖職者見習いとして匿われていたこと。どう考えたって、無関係なわけがない。
だとすれば、このタイミングでの殺人は、メリッサが余計なことを言わないようにするための口封じの可能性が高いだろう。
そもそもメリッサを生かしておいた理由が分からないけれど、しかし彼女は聖女を殺した人類の癌ともいえる存在だ。魔族の立場になってみれば――――彼女には生きていてもらった方が、都合が良いだろう。
――――――人類のどこかに、裏切り者がいる。
――――――魔族に協力している、『裏切り者』がいる。
今の状況、これはすべて女神が描いた通りの図になっているのだろうか。
ベージルとウォルターが出会ったこと、メリッサが生きていることを暴いたこと、ウォルターが裏切り者の存在を疑い始めたこと。
きっとすべてがつながっていて、意味のあること。
であれば、ベージルの運命であるチェルシーの存在も、『リサ』の元に導いてくれた以外に何か意味があるのかもしれないな。
(とにかく、第一王子のアルバートが生きている可能性も考えなくちゃいけないし、裏切り者の存在も探さなくてはいけない)
これはきっと、ウォルター以外にはできないことだ。
隠居気分で死を待つだけの身でいたけれど、どうやら女神はそんな怠惰は許してくれないらしい。
ウォルターは暗くなっていくばかりの西の空を見上げていた。
※複数投稿の1話目。




