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急変した事態 1

 その後、ベージルがしたことはほとんどなかった。ウォルターに呼ばれて、指示されるがままにニコラの後ろをついて回るだけ。

 ニコラはまず王宮に帰り、近衛騎士たちに伝言を残した。なぜかニコラの後ろに静かに控えるベージルに胡乱げな視線をよこしながら、中央聖堂へ密かに馬車と人員を残すよう指示をされて素直に頷く近衛騎士たち。先行するニコラに付いているのがすでに配置転換されたはずのベージルだったことに、元同僚たちはさぞかし首をひねっただろう。

 そして、すでに日の入りの時間も近くなってきた頃、ニコラとベージルは中央聖堂にたどり着いた。あたりは静かで、誰もいない。しかし、聖堂内では夜勤担当の司祭がいたようで、ただならぬ様子で中に滑り込んできたニコラとベージルに声を掛ける。ニコラが身分を明かしたところ、何も言わずとも司祭は奥の応接室へと彼らを案内し、大司教を呼んでくると慌てて部屋を出ていった。

 ベージルとニコラは激しい言い合いをしたいうのに、ほんの半日後にはこうして二人で中央聖堂に来るとは想像もしなかった、とベージルは思う。ニコラは決してベージルに何かを言うことはなかったけれど、こうして彼が後ろに控えていることを当たり前のように受け入れていた。ベージルの知る少し前のニコラだったらこうして大人しく受け入れてくれることなどあり得なかっただろうと思う。旧知の仲のようだし、何か二人だけにしか分からない話し合いをしたのだろう。

 そして、それからあまり待たずして、応接室に大司教が現れる。こんな時間に前触れもなしに訪れた第二王子の側近に、なにかよっぽどな事があったのだと、顔を硬くして挨拶も無く本題を促されたのだ。


 ニコラは語った。

 曰く、稀代の大悪女メリッサが生きてこの中央聖堂の見習いとして匿われている疑いがある。第二王子殿下はそれに気づいて密かに調査をしていたが、間違いなくメリッサだという証拠を掴んだため、捕縛する決断を下された。あなたは神妙にこちらの協力をするように。とのことだ。


 すべての事情を知っているベージルとしてはよく顔色一つ変えずにそんな大嘘を吐けるなと思うが、これこそがウォルターがニコラに協力を頼んだ理由のひとつなのだろう。

 もちろん大司教にとっても寝耳に水の話で、信じられないと突っぱねたり王族の横暴による教会への不正な介入だとごねたりしていたが、ニコラはそれらをすべていなして、こちらの要求を迅速に呑ませる。その手腕にベージルは舌を巻いた。やはりこの人は王子の側近を任せられている人なのだ、と改めて思い知った。

 大司教はすべてを納得したわけではないものの、事情聴取には教会側の者も同席することを条件に、『リサ』の身柄を確保することは了承してくれた。

 さて本人のところに行くぞと、ニコラが立ち上がりベージルが歩き出そうとして――――――


 刹那。


 どこかから響き渡った悲鳴、にわかに騒がしくなる聖堂内。


「大司教様! 大変です! リ、リサさんが…………!」



 そして、事態は急変する。






 最初は、王宮だった。

 虫の知らせだったのだろうか。第二王子アーヴィンは、まだ空も明るくならない時間に、ふと目を覚ました。

 そして、自分の寝室の前が騒がしいことに気づく。

 夜明けも近い時間で突如与えられた主の側近ニコラからの不可解な命令は、近衛騎士たちを浮足立たせていたのだ。そしてそんな騎士たちを見て、アーヴィンは起きだして事情を聞く。

 彼らはまさかニコラが主の意思に反することをしているだなんて想像もしていないから、素直に命令されたことをそのまま教えてしまったのだ。


 中央聖堂に馬車と人員を用意して送るように指示されたと。


 アーヴィンは横暴な兄を持った弟だった。今はもう兄はいないし、父も従兄弟もすでに表舞台には出てこない。彼はまさに羽を伸ばすという言葉にふさわしいくらい伸び伸びと過ごせているこの世の春だけれど、幼い頃の癖はそうそう抜けはしない。

 彼は、横暴な兄に怯える臆病な子供だった。

 今でもそうだ。

 彼の婚約者筆頭とされていて、かつ唯一の側近として働いているニコラのことも、彼は信じ切ってはいなかった。

 だって彼女は元々はウォルターの婚約者として振舞っていたし…………兄とも仲が悪かったし…………。今は自分の側近としてよく働いてくれているのは分かっているけれど、でも、彼女が自分に好意的だなんてとても信じられないのだ。だから婚約者にという話も嫌がったし、どこかで有力貴族の妻の座にでも収まって反乱されたら嫌だから、側近にして結婚させないようにもした。

 側近という名の婚約者候補だと周りが思っていることは知っている。もちろん結婚する気はないけど、ニコラを結婚させないためには、多少不愉快だがちょうどいい隠れ蓑だと思っていた。ニコラを王妃にする気が無いことは本人にも言っているので、さすがのアーヴィンもニコラから好かれているとは思っていない。

 だから。

 こんな夜にひっそりと中央聖堂に行って、しかも人と馬車を用意して――――すぐにピンときた。

 ニコラが裏切ったのだと。

 アーヴィンは寝巻のまま部屋から飛び出た。城のとある部屋にある入り口を使って、地下道を駆ける。

 自分の想い人、メリッサの危機に居てもたってもいられなかった。

 すでに通いなれた地下道をなるべく早く走っていく。


 アーヴィンにとって、メリッサは『兄の女』だった。

 学生時代からその認識で、初めのうちは育ちの悪そうな身分の低い女にいれあげる兄を、趣味が悪いと嘲笑っていたものだ。しかし兄はすぐに暴力をふるう横暴な人間だったため、メリッサを紹介された時も、兄の機嫌を損ねないためにまるで姫君を扱うように微笑みかけた。それで、何かを勘違いしたのだろう、メリッサは自分に対しても近い距離で話しかけてくるようになったのだ。

 ――――――アーヴィン様は、アルバート様より優しくて素敵です。

 そう言われたとき、分かってるじゃないか、と思ったのだ。よく見れば顔も可愛いし、体つきも男をそそるものを持っている。たしかに貧乏人くさい下品な所作には辟易したが、お高く留まって触らせてもくれない女どもよりよほどましじゃないか。メリッサは兄に気に入られて()()()()()()()()()だけのようだし、兄が飽きたら自分が可愛がっても良いと思った。兄はアーヴィンの考えを察したのかメリッサと二人きりで会うのを嫌がるようになったけれど、それすら、兄の執心する女の心を奪えたと思えて、最高の気分だった。

 再会したのは、ほんの数年前だ。

 とっくに死んだと思っていた愛しい人に出会えて、まさにこの世の春だと感激したのだ。


 アーヴィンは普段はメリッサが下りてくるのを待っている教会の出入り口の下まで辿り着き、飛びつくようにそこを登っていく。

 メリッサの部屋を、アーヴィンは知っていた。去年の花祭りで、人の出払った教会に招かれ二人で愛し合った経験が生きているのだ!

 人の居ない廊下を駆ける。

 メリッサの元まで、一心不乱に。

 そして辿り着いた部屋に飛びつくように駆け込み、メリッサの眠っているベッドへと近づいた。

 彼女の部屋は二人部屋だ。彼女の眠るベッドの向かい側に同じようなベッドがあるため、同室のもう一人を起こさないように慎重に、メリッサに声をかけて起こす。


「メリッサ! 起きてくれ、大変なんだ!」

「ん~…………? なぁに、眠いんだけど…………? …………え?! アーヴィン!?」

「しー! 今すぐ来てくれ、ニコラに裏切られたかもしれない!」

「はぁ?! なに、いきなり!」

「ニコラが騎士と馬車をここに持ってこさせようとしていた! 君のことを捕らえて、罪人として連行する気なんだ! ここは危険だ、はやく逃げよう!」

「に、逃げるって、どこに…………!?」


 分からない。王宮はダメだ、ニコラに見つからないわけがない。カフェもダメだ。自分の手を回せるところは、すべてニコラに見つかってしまう…………どこへ逃げてもだめかもしれない。

 でも、諦めるなんてできない!

 メリッサは、この子は! 俺が守るんだ!



 ――――――ところが、彼らが逃避行へ駆けだすことは叶わなかった。

 それはそうだ。自分が寝ている部屋で話し声が聞こえたら、起きだすのは当然のことだ。

 同室の彼女は目を覚まし、そして部屋の中にいた見知らぬ男性――――第二王子の姿に驚いて、悲鳴を上げた。

 その声は建物中に響き渡り、多くの人がやってこようとしている。

 刹那、絶対に見つかるわけにいかないアーヴィンは、すぐさま駆け出して姿を消した。


 そして、『リサ』は。


 咄嗟に、ごまかそうとした。友人の誤解を解こうとした。それが、逃げる最後のチャンスを逃すことになりながら。

 しかし、体をこわばらせる同室の女の目を見て、そんなことは無駄なのだと悟る。


(チェルシーって、私のことをそんな目で見ることができるんだ)


「何があったんだ!」


 はっと一つしかない出入口を見やる。

 そこには聖騎士が一人、身構えてこちらを警戒していた。さきほどの悲鳴を聞いて、近くで夜勤をしていた聖騎士が駆け付けたのだろう。彼の後ろには、何人ものシスターや司祭たちがいてこちらの様子を伺っていることが分かる。

 しかしすでに、悲鳴の原因はここにはない。ただ事情を知っているらしい『リサ』を、いくつもの目が射抜いていた。

 彼女はアーヴィンの言葉を思い出す。

――――――君のことを捕らえて、罪人として連行する気なんだ!

 彼らは『リサ』の本当の名前を知っているのか…………咄嗟に頭を巡らせるが、もう、そんなことは無意味なのだと考えるのをやめた。

 疑われた時点で終わりだ。

 逃げるしかない。なんとかして、ここから、なんでもいいから、とにかくなんとか、逃げ出さないと――――――


 そして。

 『リサ』――――メリッサは。


 机の上に放置されていたレターナイフを右手に握った。

 ベッドの上で警戒するようにこちらを見ていた同室の女――――チェルシーを人質にして、言った。



「そ、そこをどいて!! どかないと、こいつを殺すわよ!!



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