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答え合わせ

 塔に帰ったベージルは、ウォルターに夕食を運んでいく。

 彼らの食事はいつもできたてのものをわざわざ本宮から、下働きの男がエッサホイサと運んでくる。そして入り口の鍵を開け、一階にある台の上に放置して帰っていくのだ。まだようやく日が暮れ始めたくらいの時間帯であるのだが、すぐに持っていかないとそのままそこで食事が冷えていってしまう。

 が、この塔は無駄に高いので、一階まで往復するのは地味に面倒だ。自分がいなかった頃のウォルターはどうしていたのだろうか……と思うのだが、自分で取りに行っていたのかもしれない。

 塔の階段の昇り降りはかなり大変なのだけれど、むしろ幽閉されている身としてはそのぐらい運動したほうがいいのかもしれない…………となると、彼の世話を引き受けている今はウォルター様の運動の機会を奪っているということだろうか。自分のせいでウォルター様の健康を損なうわけには行かない。今度、一緒に運動するように言ってみようか。

 そんなことを考えながら、食事の皿をテーブルに並べた後、ウォルターに促されるままに調査結果を報告した。


「報告は以上です」

「ありがとう、思っていたより収穫があったね」


 ウォルターから示された調査場所は四か所。そのうちの三つは特に報告するまでもない内容だったので、収穫というのはそのうちの四カ所目。例のカフェのことだろう。


「そうか、アーヴィンが経営するカフェになっていたんだね」

「以前は違ったのですか?」

「老舗の問屋が並ぶ通りだったってことは言ったっけ? その中でもとくに古参の、この国で最初に御用達の称号を得たとされる店があったんだ」


 ベージルはあまりそういった方面に明るくないので、教えられた商店の名前に聞き覚えはなかったけれど、王家御用達がすごい称号だということはぼんやりわかる。それを最初にもらえたというのはすごくすごいということなんだなぁ、とぼんやり理解した。


「区画整理も仕方ないことだし、その跡地に自分の経営するカフェを作るというのも、まあ、理解できる。…………けど、そのルールがなぁ…………」

「カップル限定、というやつですか」

「客を限定したいだけなら予約必須の紹介制とでもしておけばいい。なのにそういうルールというのは…………理解できないなぁ…………」


 恋人でもできたアーヴィンが浮かれてそんなルールのカフェにしたのかなぁ、とウォルターはぼやいた。静かな通りの高級カフェのようだし、カップル限定というのは浮かれた若いカップルくらいしか食いつかないだろう。庶民向けならばともかく…………貴族は恋愛にうつつを抜かす行いをはしたないとする風潮があるし、悪いイメージに繋がりかねない。王子の店だから表立ってそんなことを言う者もいないとは思うが。

 とにかく、第二王子が浮かれまくって計画した浮かれカフェ、ぐらいしか思いつかないくらい、不可解なルールの店だ。


「まあでもおかげで、一つ仮説は思いついたかな…………」

「仮説? なんのでしょうか?」

「もちろん一周目のアーヴィンが中央聖堂に忍び込んだ理由だよ」


 ウォルターは夕食の白いパンをちぎりながら、なんでもないことのように言った。


「恋人に会うため、だよ」

「こ、恋人に…………? なぜそれで、花祭りの日に中央聖堂に忍び込む必要が…………? そもそも、第二王子殿下にそういう人がおられるのですか?」

「ここ七年のことは知らないけど、アーヴィンにちゃんとした婚約者はいなかったはずだ。――――ニコラがいずれその座に就くと思われてはいるだろうけど。でも未だ婚約者の座についていないのなら、何か問題があるんだろうね。とにかく実質的な王太子の身分でもあるし、王太子妃になるかもしれない人を迂闊に決めることはできないから…………身分が低いとかの理由で公にできない秘密の恋人がいる可能性は十分ある」

「なるほど」

「それに花祭りは恋人たちにとって特別な日だ。さすがに知ってるよね?」


 本来は女神の降臨を祝う儀式をする日らしいが、ベージルが生まれるよりずっと前から、花祭りといえば恋人たちの祭典とそう決まっている。

 運命の伴侶と出会うため、もしくは現在の恋人と出会えたことを女神に感謝するため、という名目で男女がイチャイチャイチャイチャしまくる日なのだ。


「だから、秘密の恋人に会いに行こうとしていた…………?」

「そう。そして、わざわざアーヴィン自身が忍び込んでいた理由もこれで説明がつくね。恋人に会いに行くのは、自分で行かないと意味がない」


 盗みに入るのに人を使わなかった理由が謎だったが、確かにこれで理屈は通る。そもそも他人に任せられる用事ではなかったのだ。

 しかし、となると新たな疑問がある。


「それは分かりました。しかし、第二王子殿下は中央聖堂に忍び込んでいました。恋人に会うだけならば、わざわざそんなところを選ぶ必要はなかったはずです。なぜでしょうか?」

「もちろん、中央聖堂だった意味はある。僕が思いついた理由はふたつ」


 ウォルターは手にしていたカトラリーを机に置き、左手の人差し指と中指を立ててこちらに見せた。そのうちの中指を戻し、人差し指一本にした状態で話を続ける。


「ひとつ目は、中央聖堂で寝泊まりをしている人のうちの誰かが、アーヴィンの恋人だったから」

「…………なるほど」


 言われてみれば、とても分かりやすくあり得そうな話だった。

 チェルシーの話では、花祭り中の中央聖堂からは人が出払い固く施錠されるという。それは忍び込むのが難攻不落という情報だったけれど、裏を返してみれば忍び込みさえできればどこよりも安全に密会できる場所になる。

 恋人の部屋に遊びに行く、という発想ならばすぐに浮かんだことだろう。なにせ、第二王子とその人は、浮かれに浮かれた恋人同士だったのだから。

 ウォルターは左手の立てた指の本数を二本へと変える。


「ふたつ目は、花祭り中に例のおかしなルールのカフェに人が大勢出入りしていたから。いや、出入りすることが予想されたから、かな」

「…………?」


 こちらの方はベージルにもよくわからない。確かに平時には客の少なかったあのカフェも、花祭りという浮かれた期間であれば繁盛しそうな気もする。だが、それとこれと何が関係あるのだろうか?


「ベージル、君に王都の施設を四カ所調べさせただろう」

「はい。国立公園、国営美術館、公爵家の別荘、例のカフェのことですね」

「そう。そこに加えて、王宮と中央聖堂。その六ケ所はね、地下道で繋がっているんだ」


 ウォルターは左手を降ろし、スプーンを持ちスープをすくった。

 何でもないことのように言うので一瞬聞き逃しそうになってしまったが、いやいやとベージルは思いなおす。王宮から秘密の地下道。それっておとぎ話とかでよくあるやつ――――


「王族が非常時に使用する、抜け道というやつなのでは…………?」

「そうだよ。今まで使ったことは一度もないけどね」

「それは自分が知っても良いものなのですか?」

「原則、この地下道は王族にしか知らされることはない。僕はまあ、王位継承権があるからってことで特例で教えられていたけど、他はどうかな。ひょっとしたら罪に問われるなんてことも…………」

「?!」

「はは、うそうそ。建前はそういうことになってはいるけど、さすがに王族しか知らないで地下道の維持管理なんてできるわけないだろう? 王族以外にも知っているひとはそれなりにいるよ。美術館の館長とかさ。…………それに、罪に問われるにしても君よりふさわしい人たちがいるからね」


 楽しそうに笑っていたウォルターだったが、最後の言葉と共に笑みは貼り付けたものへと変わっていった。ベージルは彼が重いため息を吐いたことに気づいたけれど、何も言わずに彼の次の言葉を待つ。


「アーヴィンはおそらく、その地下道を使って恋人と会っていた。王宮の地下道から、例のカフェへ、そして中央聖堂へ移動して…………」

「ああ、そうか、あれは恋人と会うためのカフェだったのですね」

「そうだね。ちょうど区画整理があって地下道の上に自分の店を作ることになったから、恋人との密会場所にしようとしたんだろ。ちょっとその意識が強すぎて、変なルールの案を出したりしたんだろーね。ま、むしろ客は少ない方が都合が良いから採用されたんだろうけど」


 ウォルターはカトラリーを放り出し、背もたれに体重を預けて腕を組んだ。足を組んで、少しだけ天井を見上げて――――それは食事中の公爵令息がするにはあまりに行儀の悪い行いだったけれど、この場にはウォルターとベージルしかいないのでそれを注意する者もいない。ウォルターは堂々と胸を張って、まとめようか、と言った。


「一周目で起こった『花祭り中央聖堂窃盗事件』の犯人は第二王子のアーヴィンで、それにより教会とアーヴィンの関係が悪化。安泰の王太子だったはずが即位できない可能性が出てきてしまう。そんなアーヴィンが打った手が、自分の他に継承権を持つ唯一の相手である僕の処刑。今、僕らはそんな未来を変えるために行動している。ここまでが前提だ、いいね?」

「はい」

「そして、調査を進めた結果、ひとつの仮説が生まれたわけだ。アーヴィンは中央聖堂に盗みに入ったのではなく、秘密の恋人と密会するために忍び込んでいたのではないか、というね。さて、僕らが次に取らなければならない行動が分かるかい?」

「…………第二王子殿下が中央聖堂を密会場所に選ばないようにさせること、でしょうか?」

「最終的にはそれも考えた方が良いかもしれないけどね。それより先にすることがある」


 ビシ、と人差し指でベージルの胸元を指差して、強い口調で彼は言った。


「仮説が正しいか検証すること、だよ」


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