未曾有の大災害 4
「お前たちも未曾有の大災害くらいは知っているでしょう」
未曾有の大災害――――つい先程聞いたばかりの話題に、ベージルはチェルシーの顔をうかがった。彼女は少し驚いた様子を見せてはいたものの、動揺するような風でもなくニコラの言葉に耳を傾けている。
「あれを引き起こした原因の一つが、ウォルター様なのですよ」
「?! ウォルター様が…………?!」
「ウォルター様と、大罪人の元王子と偽聖女は学園で同じ学年に通う仲でした。幼少期より元王子の素行不良は知られたものでしたから、ウォルター様はそのお目付け役になるようにと、陛下から勅命が下っていたそうです」
たしか、ウォルター様は現在二十五歳だったはずだ。大災害のあった年が今から七年前なので、当時は十八歳。卒業の日に起こった悲劇のはずだから、確かに年齢の辻褄は合う。
「しかし、学園の卒業パーティーの日、悲劇は起こってしまった。よりにもよって学園内で。それにより、ウォルター様は学園内での監督不行き届きの罪で、大罪人たちと同様に罪を問われ、幽閉されているのです」
「………………」
「………………」
「…………えっ、あの、それだけですか?」
心底驚いたという声でチェルシーが訊ねた。
ニコラは案の定、顔を真っ赤にしてチェルシーを怒鳴りつける。
「そ、そこのお前! それだけとはなんですか!!」
「いえ、その、てっきり元王子と一緒になって偽聖女に騙されてチヤホヤしてたとか、聖女の処刑に手を貸したとか、そういう話になるものかと思っていたので…………。はあ、監督不行き届き、ですか?」
「そうです! 陛下から直々にお声がかかっていたと言うのに、偽聖女の企みを見抜けず、あまつさえ学園内での問題行動を許したのです! しかも卒業パーティー当日に現場にいないという失態も犯していました! こんな怠慢の所業を、それだけと、お前はそう言ったのですか!」
チェルシーは呆れた顔を隠さない。ニコラの頭に血が上っているお陰で指摘されてはいないけれど、気づかれれば更に強く怒鳴られることは間違いないだろう。
部屋の隅では上司の突然のキレ芸に恐れをなした店員が固まってプルプル震えていた。よく教育された店員だったが、こういった店で働いているくらいなのだし貴族ではない者ばかりなのだろう。ニコラの性格からして、普段から居丈高な態度をとっていただろうし、そんな上司がキレ散らかしている現状はさぞ恐ろしいに違いない。
つまり、この店でニコラの次に地位の高い人間はベージルだということだ。いくらなんでも、平民で年下の女の子であるチェルシーの後ろに隠れたままなのは情けなさすぎる。ベージルは一歩踏み出して、ニコラの前に出た。
「たしかにウォルター様に責任は何も無いとは言えないのかもしれませんが…………あの方のみの罪を問うようなものでもないでしょう」
ベージルは、そこでようやく自分が怒っていることに気がついた。
そうだ。ニコラの話は、可笑しな内容だった。だってどう考えてもウォルターの罪が重いなどとは思えない。
なぜ、同じ歳の王子の面倒をウォルターが見なければいけないのか。お目付け役というのは、その責任が全て伸し掛かる立場なんかじゃないはずだ。
理不尽――――これは、道理に合わない話だ。
「そもそも、教師は何をしていたのですか?」
「っ!」
「元第一王子と後の偽聖女の蛮行、それから彼らと聖女様の不和は卒業の日よりずっと前からよく知られたものだったと噂では聞いています。当然教師も知ったことだったのでは。彼らは何をしていたのですか? あの悲劇の日も、彼らは何もしなかったのでは」
何せ、彼らが己の身を徒してでも止めていれば、そもそも大災害なんて起こらなかったはずなのだから。
ベージルは更に言い募る。彼は、自分が間違っているということを曲げられない、融通のきかない男だった。
「それはっ…………相手は王子なのです、たかだか教師が物申せるはずが………………」
「陛下への報告も、ですか? 当時は陛下もご健勝であらせられたそうですし、教育にも熱心で王子たちにはたいそう厳しい方だったとか。そんな方が、教師からの報告を真摯に受け止めないとは思えません。彼らの行いを事前に報告していれば…………」
女神は人に二物を与えない、例えば陛下みたいに。
権力をあまりにも恐れない命知らずたちのよく使うジョークの一節だ。
二物を与えない。陛下は聡明で良き為政者であったが、後継者だけが不安の種だった。陛下が自らの子どもたちへの教育に腐心していたことは、民草の間ですら知られた話だ。それでも二人の王子は二人ともあの有り様、後継者の育成にはものの見事に失敗している、教育の才能はからっきしだったらしい、と。そういった文脈の揶揄の言葉である。
そのぐらい有名な話なのだ。陛下が子供たちの教育に熱心だったことなんて。
「それ、は…………」
「それに、聖女を連行したという騎士たちの処遇も気になります。元第一王子の言いなりになって本物の聖女を殺した実行犯です、幽閉よりよほど重い処罰が下っているでしょうし、当然生きてはいないのでしょうが…………」
「………………」
ついに黙ったニコラを、チェルシーは冷めた目でこの様子ではまだ生きているなと見やる。元第一王子の腰巾着になれるくらいだったのだろうし、きっと高貴な家の力で処刑を免れたのだろう。
彼らに元第一王子と偽聖女の処罰を任せなかった教会の判断は正しかった、とチェルシーは唇を噛む。
「それに、卒業パーティーの会場です。その場にいた全員が見ている場で、それでも誰も何もしなかったのでしょう。その点ではウォルター様と同じ…………いや、その場におらず何が起こっているか知りようがなかったウォルター様よりよほど罪は重いと、私は考えます」
「………………」
「…………ニコラ様も。ウォルター様と同い年だったと記憶しておりますが」
――――――卒業パーティーに参加しておられなかったのですか?
その言葉をベージルが言い放った後の、ニコラの表情は分からなかった。
俯いて震えていたかと思えば、苛立ちを抑えられないといった様子で近くの植木鉢をひっくり返し、店の奥へと消えていってしまった。
取り残されたベージルとチェルシーは、その植木鉢の片付けを手伝おうとしたのだけれど――――
「大丈夫です、私どもがやりますから」
「ですが――――」
「本当に、本当に大丈夫です。仕事ですから。ただ、その………………もう二度と来ないでください…………」
と、店員に泣かれてしまった。
ベージルは小さくなりながらもう来ないと約束し、二人で追い出されるように店を後にした。




