未曾有の大災害 3
「そろそろいい時間ですし、お暇しましょうか」
ぱっとわざとらしいほど明るい声でチェルシーはそう言った。言葉の出なかったベージルは彼女の少し強引な誘導に乗ることにし、そうだなとひとつ頷き帰る準備を始めた。
会計も済ませ、二人が店から出ようとしたところで、出入り口の近くにいる女性と目が合ってしまう。
「あなたは…………!」
「ニコラ、様」
ベージルは嫌な人に会っちゃったな…………という感情を隠す気もなく顔に出した。もともとニコラに対しては「気の強そうな上司」くらいのイメージしかなかったが、図書室で絡まれてからこちら、完全に「苦手な人」になってしまっているベージルである。
「あなた、どうしてこちらに?」
「ええと、少し…………用事が」
ちらり、とニコラはチェルシーのことを見た。男女が二人でこの店に来ることの理由なんて一つしかない。なんせここはカップル専用カフェなのである。仕事をサボって女とデートをしていたと思われているのだ。
ベージルもそう気づいたけれど、弁明するには状況が悪すぎる。一応ウォルターの命令でこの店を調べにきたのだけど、その詳細を話すことはできない。
ニコラは二人を鼻で笑って言った。
「…………用事? その『用事』とやらは、仕事中にしなければならないことなのですか? 命令違反だけでなく、職務規定違反。クビにする理由を作っていただいたことは感謝しますよ。それにしても、こんな者が近衛の任についていたなんて…………」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
呆れたふりをしながらも楽しさがにじみ出ている顔でつらつらとベージルを責め立てる言葉を述べていたニコラの前に、チェルシーが立ちはだかった。
「クビだなんて、そんな! ベージルさんは仕事でここに来たのに!」
「仕事で…………? どんなふうに丸め込まれて付き合わされたのかはしりませんが、私はそんな命令をした記憶はありません。それに、そもそもあなたは誰ですか? 私に意見できる身分には見えませんが?」
「私は…………」
身分の話はマズい。チェルシーはすでに働いている女性で将来は教会の中枢を担う人材ではあるが、現在は孤児院出身の平民であることは間違いない。ニコラのことは詳しく知らないが、王子の側近をやるくらいなのだし高位貴族の出ではあるのだろう。チェルシーの分が悪いのは間違いない。
ベージルは前に出てチェルシーをニコラの視線から庇った。
「彼女は自分の運命の伴侶です。この店は男女でなければ中に入れないということだったので、協力してもらっただけです」
「へえ、そうですか。この店に、何の用が?」
「それは………………」
「はっきり言いなさい。もうこちらは分かっているのですよ、あなたがウォルター・ウォルフォードの元に寝返ったことは! 彼の命令でここの調査をしに来たのでしょう!」
ニコラは急に激昂してそう言った。
ベージルは彼女の急な変わりように驚いたけれど、余計なことは言わずに静かに彼女の続きの言葉を待った。ウォルターの命令、というのは間違ってはいないけれど、まさか気づかれるとは思ってなかったし、そもそもニコラが何を言っているのかベージルにはよくわからなかったので。
寝返るも何もベージルを左遷してウォルター付きにしたのは第二王子だし、実際に細かい指示をしたのは目の前の彼女だ。名実ともにウォルターを主と仰ぐ近衛騎士になったところで、それを咎められる謂れはない。ない、はずなのだ。本来は。
ニコラたちにとってウォルター付きの近衛騎士というのは、事実上のクビ宣言だった。それ以外の意味などありはしない。だから本来ならベージルは実際に辞令が下る前に退職願を提出するべきであった、とニコラは考えている。もはや退職願を出せという命令のつもりですらあった。それを無視してウォルターの近衛騎士として仕えている現状は、左遷されたことを恨んで当てつけで第二王子の政敵であるウォルターの味方に付いたと思われているのだ。
もちろん、ベージルにそこまでの考えなどない。新しい主だと言われたのでウォルターを主と仰いでいる、それだけだ。第二王子より好ましい主だとはさすがに思ったりもするけれど、当てつけのつもりなんてさらさらなかった。そもそもウォルターの立場の詳細も知らないのだ。第二王子と敵対している自覚すら、無かった。
「まだ諦めてなかったのですね、あの男は…………! 貴方のような追い出された騎士を抱き込んでどんな企みをしているのか知りませんが、アーヴィン様の立場を脅かすつもりであれば、こちらも考えがありますよ!」
「その、諦めてなかったとは…………何のことでしょう?」
「白々しい! ここがアーヴィン様のものだと知っていて、調査のためにお前をよこしたのでしょう? それ以外に何の理由があるんです!」
この店が第二王子のもの。おそらくはオーナーとかだと思うのだけれど、ベージルは自分の知らなかった事実に驚きを露わにした。
ウォルターが調べるようにと指示した場所が、第二王子の持ち物の店だった。おそらくこれは偶然ではない。花祭りの窃盗事件に間違いなく関係している、とベージルは確信した。
「そもそも、お前もお前です! あのウォルターが、何をしたのか知らないのですか?!」
ニコラが思考の淵に沈むベージルを引き戻すような大きな声で責め立てた。
思えばベージルは、ウォルターのことを何も知らない。公爵家の出だが、過去に大きな失敗をしてしまいその責任を取って塔に幽閉されているのだと、初めに彼自身から語られたそのぐらいしか知らなかった。どんな失敗なのか、その大枠すら知らない。
「いえ、詳しくは、何も。自分は田舎ものでして」
「…………いいでしょう、教えてあげます。彼が何をしたのか」




