未曾有の大災害 2
「まずは、自己紹介から始めませんか? 前より少しだけ詳しく、お互いのことを知りたいというか…………」
「そうだな」
「ベージルさんのことから聞いてもいいですか? 前に田舎で育ったと言っていましたけど、どんな子供だったんですか?」
「どんな…………そうだな。実家は一応小さな領地を持っていて…………そのほとんどが山だった。家があったのはその山の麓で、すぐ裏には険しい傾斜の森が広がっていた。俺には兄が五人いて…………」
「えっ! ご、五人ですか? 兄だけ?」
「そうだ、男だけの六人兄弟で、俺はその末っ子だ」
「す、すごい…………」
「両親や使用人は大変そうだったが、俺としては毎日誰かしらの兄と遊んでもらえて楽しかったな。俺たちにとって裏山は遊び場で、毎日走り回っているような子供だった。たまに叔父が山に遊びに連れてってくれて野宿ができたから、その時だけは兄たちも全員で山に登ったんだ」
野宿できた…………?
チェルシーには野宿という言葉と嬉しいイベントが結びつかなかったが、きっとキャンプみたいなものだろうと解釈した。
「叔父は騎士団に務めていて、叔父が団長、俺たちが団員として動いていた」
『ごっこ遊び』かな、とチェルシーは解釈した。
「その叔父の紹介で俺も騎士団に入って、実際に訓練に参加したときは、叔父との野宿よりずっと楽で拍子抜けしてしまったけどな」
いやなんかちょっと違うな、とチェルシーは思った。
「本当は普通に騎士団に所属するはずだったんだが、なぜか近衛騎士に抜擢されて…………」
「あ、そういえばリサも言っていました。近衛騎士は高位貴族の次男とかがなるようなものなんだって」
「確かにそういう人物もいたな。そうでない者もいたが…………大体は幼い頃から従騎士になって騎士を志していた者ばかりだったからな。学園にも通っていなかったのは俺だけだった」
「あれ、そうだったんですね! 貴族の方は皆、王立学園に通うものなのかと思っていました」
「兄たちは通っていたんだが、俺は六番目だったしな。小さい頃から騎士になると言っていたし、勉強はほとんど叔父から教わっただけだ」
「ああ、そうですよね、六人もいるとご両親は大変ですよね」
「とは言っても、第二王子殿下に苦言を言ってしまったせいで、すぐに左遷されてしまいましたが。今はウォルター様という方の近衛をしています」
「ウォルター様…………。たしか、以前は王太子になると言われていた方でしたっけ?」
「………………」
「?」
ベージルは押し黙った。きょとん、とチェルシーを見ていて、チェルシーの方もきょとんとなって彼の方を見返す。
王太子? 王家と血が近く、継承権があるのは知っていたが。直系の王子がいるのに、公爵家の長男が王太子とは、これいかに?
「…………そうなのか?」
「え?! ち、違うんですか?! 直系の王子殿下たちを押しのけ、立太子されるのは確実と言われていた優秀な公爵家の方がいらっしゃったと、噂で聞きましたが…………」
そ、そうだったのか…………。
ベージルが知っているウォルターの情報は、実はそんなに多くない。一周目にウォルターの処刑があった際に聞きかじった噂話程度がすべてだった。その時は、王位継承権第一位は第二王子で、その次がウォルターなのだと聞いた、のだけれど。
よく考えてみれば、それはウォルターが幽閉されて七年以上経った後の噂話。長く表舞台から消えていたのだから、王太子になる話なんて無かったことになっていたもおかしくない。つまりウォルター様は、七年前に幽閉される前まではそれほどまでに優秀な方だった、ということだろうか。
「あ、私も王都に来てから知ったことですから! 田舎だと王都の事情なんて耳に入ってこないですよね!」
「す、すまない…………」
「それに私も、最後にウォルター様の名前を聞いたのがいったいいつだったか…………最近はあまりお名前を拝見しませんからね」
「…………もう、七年も幽閉されているようだから、そのせいだろうな」
「………………七年? それは、その、つまりその頃にウォルター様に何かがあったということでしょうか」
「ウォルター様に何があったのかは、教えてもらっていないから何があったのかは分からない。…………ただ、その頃は色々な事があったからな…………」
「………………」
チェルシーは、少し俯いて物憂げな表情を浮かべる。七年前、この言葉が引き金になったことはベージルにとっても理解できるものだった。
「ベージルさん、今度は私の話を聞いてもらっていいですか?」
「…………ああ、聞かせてくれ」
「私は…………沿岸部の出身なんです」
やはりそうか、とベージルは思った。前に会ったとき、七年前から王都に住んでいると聞いたときから、そうではないかと思っていた。
「小さな港町で、漁師の父親と料理の上手い母親の間に生まれ、3つ下の弟と一緒に育ちました。街の近くには裏山があって、そこを登っていくと崖の上から海が見えて…………。私はそこがお気に入りでした。その日も、そこでお昼寝をしていたんです」
気持ちを落ち着けるように深く呼吸をして、言った。
「ベージルさんも知っていますよね。七年前の未曾有の大災害――――魔族の、大規模な侵攻作戦のことです」
「ああ、もちろん、一般常識程度でそんなに詳しくはないが…………」
未曾有の大災害、とは。
聖戦のことを覚えているだろうか? 人類と魔族の戦争、創世の時代から続く長い長い争いのことだ。そして、聖女のことも。彼女がいることで、人類の住む大陸を覆う守りの奇跡を女神から賜ることができるのだ。
しかし、現在、人類の聖女は不在だ。
その原因は、七年前に遡る。
「国中の名家の子供が集う学園に、当時の聖女、クラリッサ様も通われていたそうです。そして、クラリッサ様の婚約者であった第一王子も、同じ学年に生徒として通っていました。事件が起こったのは、彼らの卒業当日。式の後に行われる卒業パーティで…………第一王子が信じがたい愚行に走った。
親しくしていた身分の低い女と共謀し、クラリッサ様を罠にはめたんです。クラリッサ様は偽物で自分が本物の聖女だと、第一王子と親しくしていた女は嘘を吐いていたとか。そして、クラリッサ様を騎士に捕らえさせて王宮へ無理やり連行し………………その途中で、事故に見せかけ聖女を殺した」
そして、大陸の守護は一夜にして消え失せた。
守護というものは目に見えるものではなく、実際に魔族が近づこうとしなければ気づけないものだ。第一王子の手により聖女の遺体ごと隠されていたので、初めは行方不明だ思われて守護が消えたことへの対処が遅れた。
魔族の行動も早かった。
一週間も経たないうちに魔族の大陸を発ち、海を越えて人類の大陸へ上陸してきた。大軍を連れて。
これが魔族の大規模侵攻である。
沿岸部は魔族に急襲され、甚大な被害を出した。いくつもの街が消えた。
今までの聖女だって普通の人間だった。何度も寿命や病気で死んで、新しい聖女が産まれてきた。
しかし、今までは二年もあれば新しく聖女は産まれるはずだったが、七年経っても未だ産まれることはない。
女神の怒りだとか。呪いだとか。
いろいろ言われているけれど――――答えは誰にもわからない。ただ、我ら人類は、魔族の猛攻に耐え続ける以外の道はない。それだけが事実だ。
「私の街は、真っ先に攻撃された街の一つでした。私は運よく逃れることができましたが、他の皆は…………もちろん家族も…………。その後は王都まで逃げてきて、教会の孤児院のお世話になって…………」
その後のことは、前に言ったかもしれませんね。今は医院で働かせてもらっています。とチェルシーは苦く笑いながら言った。
元第一王子と偽聖女の二人は、王宮への不信感から教会が身柄を預かることになり、そしてなんの準備も許されないまま魔族との戦闘の最前線に放り出されて死んだ、と報道された。女神の教えでは人類同士の争いを禁じており人が人を殺すことは禁忌とされているため、処刑はできない。教会ができるうちで最も残酷な処罰だったのだろう。
たった二人の身勝手な行動が巻き起こしたこの一連の事件を、人々は未曾有の大災害とそう呼んだ。沿岸部と言えば最も被害の大きかった場所として知られ、そこの出身と言えば魔族の襲撃から逃げてきた人だというのが共通認識であった。
「私は、ひょっとしたらまだ怒ってるのかもしれません。ままならない現実に…………道理に合わない物事に…………」
チェルシーはほの暗い目を机に落としながら、言葉を零した。




