未曾有の大災害 1
ウォルターがベージルに調べるようにと指示した場所は、四カ所あった。
どれも王都付近で、王宮を中心に東西南北に綺麗に散らばっていることに気づいたベージルだったけれど、決して口には出さなかった。ウォルターに「何も聞かず調べろ」と言われたのだから、気づいていないふりをして調べるだけだ。
そのうち三つは、国立公園、国営美術館、公爵家の別荘とよく知られた建物ばかりで、どれも遠目から見て異常がないことを確認するだけで良かった。問題は四つ目の場所だ。
それは繁華街の中心にほど近い通りで、かつては老舗の問屋が並んでいた、らしい。しかしここ数年で区画整理がありごっそり顔ぶれが入れ替わった。問屋はもう少し離れた場所に移動し、土地の空いたそこの通りは今では落ち着いたレストランやカフェなどが並んでいるそうだ。
ウォルターが指示したそこは、真新しい店の並ぶその通りの一角。両隣にばかでかいレストランらしき建物がならんでいるためこぢんまりとして見えるが、カフェにしては大きな建物だ。外観からして上流階級向けということがよくわかる。
とはいえ、腐ってもベージルは貴族階級出身だ。いくら田舎育ちでこういった店に出入りした経験などないとはいえ、臆することなく扉をたたくことなど容易いのだ!
「申し訳ございません。ここはカップル専用のカフェとなっておりまして、誠に恐縮ですがおひとり様はお断りしております」
「えっ入れないのか…………?」
門前払いである。ベージルは愕然としながら頭を抱えた。まさかそんなドレスコードがあるとは想像もしていなかったのである。
しかしそう言われてしまっては、ここでごねるわけにいかないことくらいは彼にも分かる。仕方なく、そのまま大人しく踵を返して一度塔に帰ることにした。事情をウォルターに相談すればきっと知恵を貸してくれるのではないかと思ったので。
「ベージルさん?」
店から出たところで、後ろから声がかけられる。
その声には聞き覚えがあった。ベージルの運命の伴侶、チェルシーが、この前とは違うよそ行きの服を着て、そこにいた。
「どうしたんですか、こんなところで」
「ああ、まあ、少しな。そっちこそ何を?」
「私は、今日は仕事がお休みなので、少し散策でもと思いまして」
「そうか。俺は少し仕事が…………まあダメだったので帰るところなんだが。…………いや、」
待てよ。
ベージルはぐるっと振り向いて、先ほど門前払いされた店を確認した。店内に戻っていた店員と窓越しに目が合い、ビクッと怯える様子が見えた。自分は怖い顔でもしていたのだろうか。
「ベージルさん?」
「チェルシー、この後、時間はあるか?」
彼女の手を引き、意気揚々と店に戻れば、少し顔を引きつらせた店員が先導し店内を歩いていく。
よく考えれば、さっき追い返した男が店の前で女性をひっかけて戻ってくればそんな顔もしたくなるかもしれない。まさか店の前でばったり恋人に会うとは思わないだろう。
というわけで、多少怪しまれながらもなんとか潜入し案内されたのは、細い廊下を少し歩いた扉の向こうだった。どうやらこの店は個室のみしかないらしい。
「ひええ…………私、個室のお店なんて始めてきました」
「カフェだったような気がしたんだが。確かに珍しいな」
「こ、これはお値段も覚悟しないといけないですよね」
「俺が無理やり誘ったのだから、金は気にしないでくれ」
「うーん…………じゃあ、遠慮なく。ごちそうになりますね」
それからほどなく適当に頼んだ飲み物とケーキが到着し、部屋の中に二人きりとなる。
チェルシーはお茶に口をつけるよりも先に、にっこり、と大げさな笑顔を作った。
「で。ベージルさん?」
「なんだ?」
「どうしてこのカフェに入りたかったんですか?」
「ど…………どうしてとは」
「ベージルさんって、こういうお店に興味があるようには思えないですよ。こんな…………カップル専用のお店、ですよね?」
「それは…………まあ…………そうだな」
ごまかした方が良いかとは思ったけれど、すぐに無理だと諦める。
何せベージルがこんなコンセプトのカフェに来る用事なんて全く思いつかないのだ。彼はちらりとテーブルの上に乗っている、店員イチオシのドリンクに視線をやった。それは二人分のボリュームがあるバカでかいグラスだった。そのふちにフルーツが飾りとして乗っていて、更にストローが二本両側に差さっている。一つの飲み物を二人で分け合う前提の飲み物で、同時に飲もうとすると顔を近づけなくてはならなくなるだろう。
そんなバカップルドリンクを飲む自分たち二人なんて想像できないし、そして飲みたがる自分自身はもっと想像できなかった。
仕方ない、とベージルは降参して天井を見上げた。
「自分の主から、このカフェを調べるようにと言われたんだ」
「このカフェを…………?」
「どうしてなのかはそもそも教えられていない。ただ、ここを調べろと」
「何を調べるかも、言われていないのですか?」
「…………今、ここに何が建っているかを調べるように、と」
「何が建っているか…………ということは、もうその命令は達成したことになるんでしょうか? 一応中に入って、少し変わったルールのある普通のカフェだというのも証明されましたし」
「そうだな。きちんとカフェとして運営されているようだし、疑わしいところも無いだろう」
まあ、普通のカフェかと言われたら普通ではないのかもしれないけど――――とベージルは例のバカップルドリンクを睨みつけた。
しかし犯罪が関わっているようにも見えないし、やはり怪しいところはないと判断して大丈夫だろう。
「てことは…………もう仕事は終わりなんですね」
「そうなるな」
「なんだ、身構えて損しちゃいました」
というと、チェルシーは自分の前に置かれたケーキを口に入れた。
「じゃあせっかくですし、前のときのデートをやり直しませんか?」
前のときのデート…………ベージルが仕事の話で台無しにしてしまった、あれだ。
あれのやり直しをさせてくれると言われてベージルは喜んだ。




