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花祭りの中央聖堂 3

 和やかに二人で教会までの道を帰っていく。カフェにいたときとは打って変わって、二人の会話は弾み笑い声の絶えない帰り道となった。

 しかし、そんなに遠い距離でもない。完全に日が落ちきる前に教会についてしまう。チェルシーは夕食を外で食べるときは事前に言っておかなければならないそうだし、ベージルもウォルターの夕食を運ぶ仕事があった。あまり遅くなるわけにはいかないのだ。

 教会の裏から出入りしなければいけないそうで、二人はそちらへ向かっていく。すると、その出入り口のドアが開き、中から女性が顔を出した。


「…………リサ? どうしたの?」

「あ、チェルシー! いつもより遅いから、シスターたちが心配しちゃってるよ。裏を見てこいとか言われちゃった」

「そうなの? ごめん、夕食の時間には間に合うと思ったんだけど」

「まだ、それは全然まだ。チェルシーだって子供じゃないのに、シスターたちは心配しすぎなんだよ。裏を見に行ったところで、この辺から見えてる辺りに居るならそれこそ心配無いでしょうに」

「そっか、普段と違ったら心配もするよね、手間を掛けさせちゃってごめん。シスターたちは私の子供の頃を知ってるから、まだその頃のイメージのままなんだよ、許してあげて」


 顔を見せるなりプリプリと膨れながらチェルシーと話していたその女性は、そこでようやく隣にいたベージルに気づいたらしい。

 きょとんとこちらを見つめてじっくり、上から下まで眺めたあと、はっと我に返ったような表情になり、彼女は踵を返した。

 あっという間に建物の中へ舞い戻り、バタンと扉を閉められてしまった。

 締め出された。

 いや違うか、逃げられた? のか?

 あまりに一瞬の出来事だったため、ベージルはただぽかんと呆気にとられていた。


「あ…………すみません、ベージルさん」

「いや…………大丈夫だ。彼女は?」

「あの子はリサです。シスター見習いの方で、同室でよく話す相手なんですが…………」

「彼女と君は仲がいいのか。少し年が離れてるように見えたが…………」

「えっと、今は二十代の半ばくらいだったかな。たしかにリサの方がちょっとお姉さんですが、あの通り飾らない性格ですから。ただ…………ちょっと教会関係者以外の人が苦手なようで、教会の外にも滅多に出ないんです。過去にいろいろあったみたいで…………。さっきの態度、失礼でしたよね。すみません、悪気はないと思うんですけど…………」

「いや、本当に構わない。知らない人間が自分の寝泊まりする建物の入り口に立っていたら怖がられるのも当然だろう」

「そんなことありません、私を送ってくれただけなんですから、変質者とは全然違いますよ」


 それをベージルなりの冗談と受け取ったチェルシーはひとしきり笑い合った後、扉に手をかけて「では、」と声をかけた。


「送っていただきありがとうございました」

「いいや、気にしないでくれ。おやすみ」

「はい、そちらも良い夢を」


 そっと閉められた扉をしばし見つめてから、ベージルは辺りをぐるりと見回した。

 日も落ちてきたため周囲はかなり暗いけれど、それでもやはり見晴らしがいい。人が近づいたらすぐに分かるだろう。

 それにチェルシーが言っていた通り手に届く範囲に窓は無く、背の高いベージルがジャンプしても指先すら届かない位置に頑丈そうな枠のついた窓があるだけ。あそこから出入りするにしても何かしらの道具が必須なのは間違いない。

 ベージルは王都の花祭りに参加したことはないけれど、地方の者が花祭りに参加する際に観光ついでに物見をしにくるとは聞いたことがある。それでなくとも大広場に面しているし、いくら裏と言えど人気が無くなることは無いだろう。

 やはり彼女の言う通り、花祭りの日に忍び込むのは難しいのか。

 しかし一周目では確かに、「第二王子が中央聖堂に忍び込んで捕らえられた」と聞いた。当日、捕物に参加して第二王子の顔も見たと言う同僚が言っていたのだから間違いない。

 忍び込むところを、ではない。忍び込んで、だ。

 プロの泥棒ですら裸足で逃げ出す建物に、第二王子がどうやって入ったのか。

 ベージルには見当もつかなかった。




「報告は以上になります」

「いや、あのさぁ」


 夕食どき。テーブルの傍らに立ったベージルは、見様見真似で給仕のまねごとをしてくれている。だがその日は、いつもは黙っているはずの彼が報告を話し始めたのだった。

 ウォルターはとりあえずそれを黙って聞いて、まだほんのり暖かいスープをごくりと飲んだ後、肩を落として深くふかーくため息を吐いた。


「なんでそんなことを僕に報告するのかな。君の話を信じる気はないって言ったよね?」

「はい。ですが、職務を離れていた間のことは報告する義務があるのではないかと思いました」

「うーん…………」


 ウォルターは「そんなのいらない」と言おうかと思ったのだけど、ベージルがかつてしでかしたこと(※林の木を勝手に伐採事件)を思い出してすんでで飲み込んだ。報告してもらった方が安心かもしれない、と考えを変える。


「まあいいか。そうだね、報告は必要かもしれないね…………」

「はい。彼女の話を聞く限り、花祭り中の聖堂へ侵入するのは不可能に近いようなのですが…………どうやって入ったのか…………」

「…………まあ、それは王子ならなんとでもなる。それよりも、動機の方はどうなの?」

「第二王子殿下が忍び込んだ動機ですか? 彼女には思い当たるふしはないと。重要な儀式で使うような祭具の類は、中央聖堂では使わず保管もしていないようで…………美術品的な価値のあるものはあるだろうと言っていたのですが、第二王子殿下が犯人とするととてもそれが目的とは思えません」

「そうだね。王宮に住んでるのにそんなものを羨ましがるとは到底思えないな」

「では、なぜなのでしょうか…………?」

「………………盗みに入ったわけじゃない、のかも」

「どういうことでしょうか? 自分は確かにそう聞いたのですが…………」

「でも噂話なんでしょ? まあ忍び込んだのは本当かもね、そこまで話が広まってたんだったら。でも、忍び込んだ本当の理由を話すことができなくて、盗みに入ったってことにしたのかもってことさ」

「本当の理由…………ですか?」

「まあ、うん。その場合、盗みの方がまだマシに思える理由、ってことになるけど…………」

「第二王子が盗みに入ったというのもかなり悪い理由に思えますが、それより酷いとはいったい…………?」

「そんなのないよね~って言いたいところではあるんだけど…………」


 ウォルターは難しそうに腕を組んで考え込む。アーヴィンかぁ…………という苦々しい感情で。あいつはなぁ。うーん。


「アーヴィンはさぁ、僕たちの一個下で、まあ公爵家の嫡男としてそれなりに交流もあった方だと思うんだけど…………。でもね、ほら、兄がアレだったじゃん?」

「兄…………というと、第一王子、のことですか」

「君も、()()()()()()()くらいは知っているでしょ?」


 未曾有の大災害とは、この世界の常識だ。今から七年前に起きた、前代未聞、まさに未曾有のとある大事件の総称である。災害と言ってはいるが、実際にはかつての第一王子の手による人災だ。その第一王子は、すでにその責任を取り、罪人として亡くなっているそうだが。

 彼の愚かさは、教育の一貫で全国民に教えられるほどに知られた話。当然、ベージルも一般常識程度に知っている。


「はい、それはまあ…………」

「アルバート…………ああ、元第一王子のことね。あいつはさぁ…………僕が初めて会ったときには、すでに我儘で横暴で、偉そうな態度でね。弟のアーヴィンは、そんな兄によくいじめられてたんだよ」


 ベージルの知る第二王子というのは、どちらかといえば我儘で横暴な人だ。まさにその噂の兄とよく似た人物像だ。なんせ、仕事を堂々とサボってそれを注意した新人騎士を左遷させる男だ。

 そんな彼といじめられていた過去は、あまりベージルの中で結びつかなかった。頭を傾げる。


「第二王子殿下がですか?」

「そう。まあ、兄にいじめられた後に周りに八つ当たりとかしたりもしてたし、よく似た兄弟ではあるんだけどねぇ~。でも、鬱屈した幼少期だったのは本当だよ」

「そうだったのですか。やはり、そう聞いても意外です」

「ベージルは最近のアーヴィンしか知らないからねぇ。伝え聞いてる今の様子は、コンプレックスの塊だった兄がいなくなった反動が大きいんだと思うんだ。だから、まあ…………今のアーヴィンは…………生まれて初めての状態にテンションがおかしくなってる…………んだと思う。だから、あいつが想像もつかないようなことをしでかしても意外性はないかな」


 アーヴィンとは第二王子のことである。公爵家の出で王子とも親戚で既知の仲らしいウォルターの言うことならば信用できるとベージルは思った。


「となると、次はどこを調べたらいいのか…………第二王子殿下に教会に忍び込む用事はあるかと聞きに行ければ早いのですが」

「ちょっと待って、何も早くないでしょ、そんなの。今度こそクビになるだけだからやめときな」

「そうですか…………では…………手詰まりです」

「そう、意外と諦めが早くて良かっ…………」

「当日まで第二王子殿下の周囲を見張り続けるしかないですね」

「その『見張り続ける』って、文字通り時間の許す限り、アーヴィンをストーカーするって意味だったりする?」

「はい、その通りです」

「何回僕にやめなさいって言わせれば気が済むの?? この短時間で二回目だよ。やめなさい」

「ですが………………」

「ああもう、分かった。降参、僕の降参だよ」


 ベージルは本気で何の話か分からなかった。ウォルターを降参させるようなやりとりなんて無かったはずだけれど、と真剣に記憶を掘り起こすが、思い当たるふしはない。


「降参とは…………?」

「君の言っていた、未来から戻って来たって話をとりあえず信じて協力してあげるってこと。まあよく考えたら、僕がここで気ままに幽閉され続けるためにも、アーヴィンの悪い噂話なんて回避できるに越したことはないからね」

「協力いただけるのですか?!」

「まあ、とりあえずね」


 君を野放しにしておくとヤバそうだし。という言葉をウォルターはぼそりと呟いたのだが、驚いているベージルの耳には届いていなかった。


「じゃ、今日頼んでた王都の地図は持ってきてくれた?」

「はい、ここに」


 さすがに二度目のおつかいはちゃんとこなせたベージルである。今回はニコラにも出会わなかった。


「よし、じゃあ今から僕が指すところを覚えて、そこに今は何が建ってるのか調べてきてくれる?」


 ベージルは頭を傾げた。そのウォルターが指した場所がなんなのか、それを調べることになんの意味があるのか、全く見当もつかなかったので。


「詳しい説明は今はしない。国家機密に関わるからね。とりあえず何も聞かずに調べてくるんだ、いいね?」

「はい、承知いたしました」


 ベージルの深く考えないところは基本的に欠点として現れてるけど、こうして指示する側になると結構楽だな……。と、ウォルターは思った。

 普通はもう少し警戒して何か聞いてきたりすると思うのだけど、即受け入れるのかぁ。無条件で命令を受け入れるほどの信頼関係があると、そう自惚れることはさすがにできない。なのでウォルターは、普通にベージルが考えなしなだけだと思った。そしてそれは確かに当たっているのだった。


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