プロローグ
※毎週 月・水・金 の昼12時ごろに、完結まで予約投稿します。年内で完結する予定。
これは、よくある婚約破棄劇。その一幕――――――
「聖女クラリッサ! 聖女を騙った罪は重い、お前との婚約は破棄する!」
卒業パーティーの最中。第一王子アルバートは、会場のど真ん中で高らかにそう宣言した。
彼が指さす先に居るのは、聖女クラリッサ。彼女が戸惑ったように首を傾げると、色の薄い金の髪が光を弾いてなびいた。その美しさは芸術家たちがこぞって作品にしたがるほどのものだったが、今はその美しさに目を奪われる人もいない。
ただ誰もが何も言えずに、第一王子とその腕にくっついている男爵令嬢が次に何を言い出すのか、固唾を呑んで見守っている。
「聖女を騙る罪だけでも死罪に値するが、真の聖女に対する数々の非道を働いてきたその罪! 何よりも許しがたい! 震えて沙汰を待つがいい! ひっ捕らえろ!」
ぞろぞろと入り口に控えていた王宮の騎士が現れて、クラリッサを取り囲む。騒ぎの中心にいる男爵令嬢は、ひどく愉しそうに歪んだ笑顔をクラリッサに向ける。その醜悪な表情を見た者はクラリッサだけでなく、遠巻きに周りを囲む卒業生たちもしっかりと目にしていたが、ひそひそと囁き声で話す者はいても、第一王子に聞こえるように言える者はいなかった。当のクラリッサ本人すら。
クラリッサは産まれたときから聖女と呼ばれ、教会の者たちの手により蝶よ花よと育てられた、正真正銘の箱入り娘だった。たしかに幼い頃から第一王子の婚約者であることは知っていたが、第一王子の横暴さは世間と隔離された聖職者の耳にすら届くほどで、過保護な彼らのおかげで二人きりで話すことは今まで一度たりとも無かった。いずれ婚約は無しになる、というのが、彼らの口癖だったのだ。
だから、同じ学園に通っていた三年間も、ほとんど関わり合うことなく過ごしていたし。
だから、彼らの不穏な行動を察することもできなかった。
だから、そして。
クラリッサは、自らを無理やりに連れていこうとする王宮の騎士たちのその暴挙を、止めることもできなかった。そんな扱いをされることなんて初めてで、戸惑っているうちに完全に囲まれてしまったから。クラリッサは、正真正銘の、純粋培養の箱入り娘だったから。
そして、連れられて行く彼女らの姿を止める者も、現れることはなかった。
誰もが第一王子の暴走だと分かっていた。彼らにとってはいつもの暴挙でしかなくて、どうせ明日には陛下に知られ継承権をはく奪されて、王位には公爵令息ウォルターが就くことで収まって、それで大団円。そうなると、誰もが疑わなかった。
まさか、第一王子が聖女を殺すよう仕向けていただなんて、誰も想像していなかった。
嗚呼、後の人々は揃って、無責任にこう言う。『これが最後のチャンスだったのだ』と!
けれど、実際には。
周りで見ている貴族たちも何もしなかったし。
聖女本人も、現状を打破する能力も策略も持っていなかったし。
この場から救い出してくれる王子様も現れることはなかった。
これは、よくある婚約破棄劇。強い聖女も救い出してくれる王子様もいなかった、そんな世界のその後のお話――――――