義妹視点
蛇足かな……と思いつつ、追加
カトリーナ・コート(16)
ドミニク・スナイダー(18)
昔から、お姉様はわたしの崇拝すべき女王様でした。
お姉様を形容する言葉はたくさんありますし、人々は妖精などと呼称しますが、わたしにとっては高嶺の花の女王様です。
そしてわたしは、さしずめ女王様を輝かせることに喜びを見出す侍女というところでしょうか。
凡庸なわたしたちとはまるで違う高尚な思想をお持ちになられたお姉様こそが、この世界中心と言っても過言ではありません。
わたしなどではとても手の届かないような遥か高みに君臨する、女王様。
それがわたし、カトリーナ・コートにとっての半分血の繋がった、敬愛すべきお姉様なのです。
物心ついたときから、わたしのそばにはいつもお姉様がいらっしゃいました。
お姉様は乳母の仕事を取り上げては、せっせと赤子のわたしのお世話をしてくれていたそうです。
その頃の記憶にないことが悔やまれてなりませんが、お姉様はその時点ですでに、わたしたち凡人とは違う次元の感性をお持ちになられていたのだと思います。
お姉様はいつも、誰も予測できない行動を取っては、お父様たちのことを驚かせていました。
何度お父様がやめなさいと言っても厨房に出入りして食事をこさえ、何度お母様がやめてくださいとお願いしても箒を放棄しませんでしたね。うふふ。
我が家はそれほど裕福というわけでもなかったので、お姉様の行動に助かっている節も確かにあり、いつしかお父様たちは小言をやめてお姉様の好きにさせるようになりました。
それは決してお姉様を理解してのことではなかったのでしょう。
ですがわたしは――わたしだけは、きちんと理解しておりましたよ。
ええ。お姉様に愛される方法を、幼ながらに見つけていたのです。
……いいえ、幼かったからこそ、気づけたのかもしれませんね。
お姉様は、愛らしく無邪気でちょっとわがままな妹、というものをお望みでした。
ですので幼いわたしは、徹底的にそういう振る舞いを心掛けたものです。
だってわたしは、お姉様のことが大好きでしたから。
努力の甲斐があったのでしょう。幼い頃、お姉様の目に映るのはいつもわたしでいっぱいでした。
普通の子よりも察しのよかったわたしは、お姉様の望んでいることなら、なんでもわかります。
「お姉様ぁ! わたし、これがほしいです!」
そう言ってあまえながら、時折、お姉様のものを強請り、
「お姉様ぁ、わたしはピンクのドレスがいいです! お姉様は緑でいいでしょう……?」
そう言ってお姉様の嫌いな色のドレスを押しつけ、
「お姉様ぁ、カトリーナと遊んでくれないと嫌です!」
そう言ってお姉様が友人関係を築けないように邪魔をしたりしました。
両親は毎回わたしの言動を窘めてきたけれど……ふたりとも、お姉様のことをこれっぽっちもわかっていらっしゃらない!
わたしが強請ることで、お姉様の中でその物に対しての価値が生まれるというのに。
お嫌いな緑色を纏うことでこそ、お姉様の美しさが際立つと言うのに。
お姉様を対等に扱うような人たちとの無益な友人関係など、望んではいないというのに。
お父様もお母様も、全然わかってらっしゃらないわ!
それでもお父様たちは、なにもせずとも永遠にお姉様の視界に入る権利を得ている、安泰な立場です。
お姉様にとって、とても価値ある肩書を持っていましたから。
『妻を亡くしてすぐに後妻を娶った父親』と、『継母』という、確固たる肩書きが。
そしてわたしにも、『義妹』という素晴らしい肩書きがありました。
この付加価値のおかげで、わたしたち家族は永遠にお姉様の心に刻まれ続けるのです。
そしてこの世にお姉様のことをお姉様とお呼びできるのは、このわたしだけ。
それがどれだけわたしの心を満たしたか。
きっとほかの人にはわからないのでしょうね。……うふふ。
そんな風に家族だけで完結していたわたしたちですが、ある日突然、新しい肩書きを得た方が現れました。
そうです。お姉様の婚約者です。
ドミニク・スナイダーという、お姉様と同じ年齢の伯爵家の三男でした。
我が家に婿養子に入り、お姉様と一緒にこのコート家を継いでいく、誰もが羨む果報者です。
清潔感があり、背も高く、お顔立ちも悪くはありません。お姉様の隣に並び立つには少し物足りなさも感じましたが、それはきっと誰であってもそうでしょう。
少なくともわたしは好感を抱きました。
そして顔合わせの日、普通ならば舞い上がっていてもおかしくない状況でしたが、彼はお姉様に見惚れるでもなく、ちょっとだけ怪訝そうに眉を顰めたのです。
まあ! なんてお姉様の扱い方を心得ている方でしょう!
最初はそう思いました。
しかしお姉様と話をするにつれ、どんどん彼の顔は曇っていきます。
どうしたのでしょう? そんなわたしの疑問は、お姉様の婚約が決まった後日、彼と彼の友人との会話で判明しました。
その時点でお姉様はドミニク様から露骨に避けられ、とても生き生きとしておられたのですが……。
「なんであそこまで婚約者を突き放すんだ? あんなに美人なのに。周りがどれだけ羨んでいるか」
「…………無理なんだ」
「なんだって?」
「彼女は……ステファニーは、なんかすごく……気味が悪いんだ」
「は?」
「なにがどうとかは、うまく説明できない……でも、たぶん、生理的に無理で」
それを聞いたご友人はとても困った顔をしていました。当然の反応でしょう。態度を窘めるつもりか、もしくは揶揄うつもりで軽く切り出したら、重めの話が返って来たのですから。
友人の方は頭を捻って捻って捻って、どうにかそれっぽい理由を捻り出しました。
「それは……髪の色とか?」
それしか出て来なかったのは、仕方ありません。だってお姉様に貶すべき箇所などありませんから。
「髪…………ああ、そうか。髪の色のせい、かもしれない」
ドミニク様は、はっと天啓でも受けたような顔をしましたが、わたしはそのような簡単な問題ではないのだと思いました。
彼がお姉様に感じているのは、きっと畏怖のような感情でしょう。
あまりに自分と違い過ぎる存在を前にすると、誰しも恐れを抱くものです。
けれど、彼はそう思うことでお姉様に対する漠然とした嫌悪感に理由をつけたようでした。
わたしもあえて訂正はしません。そもそも盗み聞きでしたから、なにか言える立場ではないのです。
それに、お姉様が最高に輝く姿を見られるのなら、そのような小さな勘違いなどどうでもいいと思ってしまったのです。
「せめて妹の方だったら……」
ドミニク様のそのつぶやきは、残念ながらすでにその場を離れていたわたしの耳には届きませんでした。
聞こえなくてよかったのだと思います。
だってそのとき、わたしはまだ子供でしたから。
どうせ意味などわからなかったはずです。
ドミニク様はお姉様と会う度に、その髪色についてあげつらうようなことを言って遠ざけました。
そのときのお姉様と言ったら……それはもう、神々しすぎてわたしは涙を流しそうになるほどです!
ドミニク様はお姉様の理想的な婚約者でした。
周囲からはそう見られていないのが悲しかったですが、結婚するのは当人たちなので、ふたりが幸せならば周りが口を挟むことではありません。
ですが、幸せだったのはお姉様だけで、ドミニク様はそうではありませんでした。
彼はきっと、酷いことを言うことでお姉様から婚約の解消を口にしてほしかったのだと思います。しかしそれは土台無理な話でした。どれだけ傷つくようなことを言われても、お姉様は鋼の精神で耐えてしまわれますから。
むしろ栄養価のある餌を与え続けているようなものです。自らの行いでより一層お姉様が光り輝くだけだと、彼もお気づきになったのでしょうか。学院も卒業間近にもなれば、彼は諦めることを覚えてしまわれました。
ある意味、大人になったということでしょうか。
どう足掻いてもこの結婚はなくなりません。それならばこれから妻となる女性に対して、態度を改めないと、とドミニク様はそう思われたそうです。
発想がいかにも凡人のそれでした。愚策も愚策。わたしが気づいたときには、もう、なにもかもが手遅れでした。
とうとう彼は、言ってはならない言葉を告げてしまったのです。
あのお姉様相手に。
きみのことを愛するよ、などと。
そんな悍ましい言葉を、公衆の面前で!
それはあまりにもあっけない幕引きでした。
そしてとても恐ろしい光景でもありました。
これまでお姉様の瞳の中にあった確かな光が、すぅっ、と消えていくのをまざまざと見せつけられ、わたしは震えて足元から頽れそうになったものです。
わたしは絶対、お姉様に好意だけは伝えたりしません。
あんな風に路肩の石でも見る目をされたら、この先、生きて行ける自信などありません。
完膚なきまでに振られてしまったドミニク様は、ショックを受けつつも、どこかほっとした様子でした。
婚約解消の話をしに我が家へと訪れましたが、運悪く両親は不在でした。帰るまで待つと言った彼にあてがわれた客間へと、わたしは急ぎ向かいます。
「ドミニク様! なぜあのような、心にもないことを……!」
憤慨するわたしに、彼は肩の荷が降りたというような苦笑して見せるので、途端に勢いを削がれてしまいました。
「これでよかったんだよ。僕らは決定的に合わない。無理なんだ。……お互いに」
それは……わかっておりますけれども。
もはやお姉様がドミニク様を見ることはないでしょう。お姉様の琴線に触れるような、よほどのことが起こさない限りは。
「……ですが」
「それにね、僕が本当に愛しているのは……きみなんだ」
「え?」
「きみのことが好きだったんだ。ずっと。明るくて笑顔のかわいい、きみのことが」
わたしはぱちくりと目を瞬きます。
あら……まあ。びっくりです。
人って、驚き過ぎると本当に言葉が出て来ないものなのですね。
ドミニク様はわたしのことをそんな風に思ってくださっていたのですか。まったく知りませんでした。
おっしゃる通り、わたしはお姉様の引き立て役として、無邪気な仔犬のように周囲に無駄に笑顔を振り撒いてはおりましたが……。
笑顔の女性が好みということでしたら、それは……お姉様では、難しかったでしょうね。
お姉様の真価は泣くのを耐えるいじらしい姿なのですから。
わたしはこのような告白をされたことがないので、どうしてもそわそわしてしまいます。
さっきまで普通に見れていた彼の瞳をうまく見つめることができずに、目線をうろうろさせてしまいます。
彼は切なそうな、見ていて少し痛々しい微笑みを浮かべました。
「もうこうしてきみとも会えないと思うと寂しくはあるが……きっとこれでよかったんだろう。ステファニーに僕はふさわしくなかった。それだけのことだよ」
ああ……この方は。
あまりにも……。
あまりにも感性が普通過ぎたのです!
こればかりは持って生まれたものなのでどうにもなりません。
普通の人だからこそ、気高く美しいお姉様ではなく、わたしのようなどこにでもいそうな娘を好きだなんておっしゃるのね。
ソファに浅くかけて項垂れる彼が、わたしはなんだかとてもかわいそうに思えてきました。
お姉様との婚約が白紙になれば、彼が我が家を継ぐこともありません。三男なのでご実家を継ぐこともありません。
すべてをなくしてしまったのです。
彼が決断してのことではありますが、わたしに非がないとはどうしても思えませんでした。
気まずい沈黙が降りる中、わたしは必死で考え、そしては、あるひとつの結論に達しました。
見つけてしまったのです。この現状を打破する、一筋の光を。
わたしという存在を永遠にお姉様の心の奥深くへと刻みつけつつ、このかわいそうな方を救うとても素晴らしい方法を!
あまりに素敵な案過ぎて、自然と顔が紅潮していきます。
わたしは親身になって慰めるふりをしながら、彼の隣へと腰を下ろしました。肩が振れる距離に彼ははじめこそ戸惑っていましたが、その瞳が揺れておりましたし、頬は薄く色づいておりました。
……なんだかとても、どきどきいたしますね。
わたしは精一杯、彼を誘惑することにいたしました。
励ます要領で彼の手に握ってみたり、慰める要領で彼の膝に手を置いてみたり。
彼の体はとても熱くなっていて、わたしもだんだん熱ってきたので、さりげなくワンピースの一番上のボタンを外しました。大胆にスカートの裾を持ち上げてもよかったのですが、さすがにはしたないでしょうし、それでは情緒がありません。
わたしの企みは成功したのでしょうか。彼の目線はそこに釘づけとなっております。
お姉様ほど美しい形ではありませんが、わたしもそれなりにお胸はあります。
谷間を見せつけつつ、上目遣いで伝えました。
「わたしも、なのです」
「え?」
「わたしもドミニク様のことが……好き、なのです」
ああ、とても、胸が張り裂けそうなほどどきどきいたします!
雰囲気に酔っている部分ももちろんあります。……それでも。
これまではお姉様の婚約者としてしか見ておりませんでしたが、わたしのことを好きだというのなら話は別です。
わたしは凡庸な人間ですから、好意を伝えられたら、それは普通に嬉しいことなのです。それこそ、舞い上がってしまうくらいには。
「本当、に……?」
「お姉様とお別れになるのなら、わたしと……」
言い終える前にわたしの体は宙へと浮きました。お姫様抱っこです!
実は小さな頃からの憧れでした。
わたしはそのままおとなしく運ばれ、寝台へと降ろされます。彼は横たわるわたしに覆い被さると、最後の確認を取りました。
「本当に、いいの……?」
「ええ。お願い、来て……」
彼の首に腕を回して、わたしたちは拙いながらも激しいキスを交わしました。
その先はもう……うふふ。お察しの通りです。
わたしの企みは急拵えでしたのに、とてもうまくことが運びました。
帰宅したお父様とお母様に現場を見られてしまったのは誤算でしたが……まあ、ドアを少し開けておりましたからね。だってあの時点では、未婚の男女でしたから。声が廊下まで漏れ出してしまうのは仕方ありません。
ドミニク様が思ったより情熱的だったからかもしれませんね。わたしはその晩、子供を宿しましたから。
だけどおかげで話はうまく纏まりそうです。
お姉様自身が儚げな表情でわたしたちのことを応援する言葉をくださったのですから、お父様たちに言えることはなにもありません。
元々我が家を継いでいくのはどちらの娘でもよかったのでしょう。
それにこの頃には、薄々気がついてもいたのかもしれません。
お姉様が、わたしたち凡人の物差しで測れるような、凡庸な思考の持ち主ではないということを。
そしてお姉様を最高に輝かせてくれる相手は、平凡なドミニク様ではない、ということを。
そうしてわたしは、婚約者を寝取り、子爵家の家督も奪い、お姉様の心に一生分の消えない傷をつけ、晴れてドミニク様と結婚しました。
わたしはきっとこの先も、永遠に、お姉様にとって『婚約者を寝取った義妹』としてそれはそれは深く愛され続けることでしょう。
そのことがたまらなく嬉しいのです。
ですが普通の感性を持つドミニク様は色々と複雑な心境のようです。
「本当によかったのか? 学院を退学するなんて……」
そればかりは仕方のないことでしょう。子供ができては勉強どころではありませんから。
休学という手もありましたが、お姉様のいらっしゃらない学院に通う意味を見出せないのです。
それにわたしはあまり勉強は好きではないので、少しも未練はありません。
ソファに深く腰掛けているわたしを背後から抱きしめながら、彼は、まだあまり膨らんではいないお腹へとそっと手を添えました。
「だけどきみを、こんな風に妊娠させてしまったのは、僕の責任だから……」
あら。なにを謙遜しているのですか?
あなたはこれまでで一番いい仕事をしてくれたではありませんか。
あのタイミングでわたしを孕ませられるなんて、意図してできることではありません。
お姉様に切なげに見つめられたわたしが、どれほど恍惚としていたか!
ですがこの人にはわからないのだから、仕方ありませんね。
わたしはふんわりと微笑みながらお腹の手に手を重ねます。ドミニク様が好きとおっしゃってくれたので、わたしはいつも笑顔を心掛けております。
「責任というのならふたりの責任ですよ」
「だけど、あんな酷い噂まで……」
「酷い噂?」
「きみが姉の婚約者を寝取ったという、口さがない噂だよ。すでにステファニーとの関係は破綻していたし、きみが好きだと言ってくれて、舞い上がってしまった僕が感情を抑え切れなかっただけだったのに……」
いいえ。違います。その噂は紛れもない事実なのです。わたしが確固たる意志を持って誘惑したのですから、当然です。
繊細な男心というのは、本当に難しいものなのですね。
だけど彼の憂いを晴らす方法はとても簡単です。
わたしは振り返って、彼の頬にひとつキスをしました。
「わたしは幸せですよ。わたしを愛してくれる人と結婚できたのですから。うふふ」
だってわたしは、お姉様とは違うのです。
愛し愛される普通の幸せを幸せと感じられる、凡人なのですから。
さて、わたしたちが幸せな夫婦生活を営みながら、それをお姉様に見せつけ幸せのお裾分けをしていた頃、お父様は毎日頭を抱えておりました。
わたしがドミニク様を奪ってしまったので、新しくお姉様の婚約者を探さなくてはならなくなったからです。
あてがなくて頭を悩ませているわけではありません。
求婚者がとても多いのです!
そのほとんどが評判のよろしい方で、さすがお姉様と思う反面、わたしの心中は複雑です。
どう考えてもこの釣り書きの束の中にお姉様の心を掴む男性がいるとは思えなかったからです。
そしてわたしの不安は的中しました。
お姉様の乗り気のなさったら……。
死にかけの魚だってもっと生気のこもった目をしていることでしょう。
順番に顔合わせをしていく度に、お姉様の顔からどんどん表情が失われていくのです。
これほど虚無状態のお姉様をわたしは見ていられず、夫を引き連れ幸せアピールしては、その心をどうにか現実へと引き戻しました。ええ、何度もです!
夫はとても気まずそうでしたが、そこはお姉様のために我慢なさいと叱咤しました。まったく理解できていなかったのでしょうが、わたしのすることにはなんでも従うよき夫です。
そして何度目かの……いえ、十何度目かの顔合わせで、お姉様はある男性に興味を持ったようでした。
わたしは喜び勇んで駆けつけると、お姉様は美しい所作でカーペットに足を流して座り、ベッドに顔を伏せっていらっしゃいました。それだけで歓喜の声をあげてしまいそうなほどでしたが、話をお聞きして、わたしはさらに大興奮です。
なんて素晴らしいの!
お相手の方は、なんと! 『きみを愛することはない』と言ったのだそうです!
大事なことなのでもう一度言います。
きみを愛することはない、ですって!
お姉様は切なそうに長いまつ毛を伏せます。……ああ、とても、いい兆候です。完全にお相手に惹かれております。心奪われております。
きみを愛することはない、だなんて、なんてピンポイントでお姉様の心を鷲掴みにする台詞なのでしょう!
今度こそ、お姉様にとっての理想の男性に出会えたのなら、それ以上の喜びはありません。
わたしはお父様に、今日会った方とお姉様が絶対に結婚できるようにと、ひたすらお願いをし続けました。
それが功を奏したのかはわかりませんが、件の男性が無事、お姉様の婚約者に内定いたしました。
お姉様の新しい婚約者は、アドニス・フェザー伯爵というそうです。
結婚式当日にはじめてお目にかかりましたが、社交界では有名な美男子だそうで、お姉様と並んでも見劣りのしない優れた容姿の方でした。
ですが大切なのはなによりも中身です。
悪い噂のあるわたしに対しても非の打ちどころのない紳士的な対応をしていただけたので、少し不安もありました。
ですがそれもすぐに杞憂に終わります。
アドニスお義兄様はお姉様のベールをめくり、誓いのキスで……そう! 触れるギリギリでキスしなかったのです!
さすがお姉様の選んだ相手だわ!
なんてきちんとツボを心得ていらっしゃる方なの!
しかもあれは、意図してやってらっしゃるわ。わたしにはわかります。
ですがそれを周囲に悟らせないという神業は、もはや玄人の領域ではないでしょうか。
わたしはお姉様を最高に輝かせるためなら悪にでもなりますが、お義兄様はクズになる道を選ばれたようです。素晴らしいわ。
傷ついた表情をしたお姉様を映す瞳が、一瞬仄暗く輝いたのがわかりました。ええ、わたしには、わかります。
ああ、本当になんて素晴らしい方なのでしょうか!!
あの調子ですと、初夜に一波乱ありそうだわ!
頃合いを見てお姉様からお話をお聞きしなくては。
うきうきするわたしは、隣にいる夫がお姉様の花嫁姿を見て安堵で涙ぐんでいるのに気づき、少し気持ちを落ち着かせました。
そうですね。あなたはそういう人ですね。
お姉様の望む婚約者にはなり切れず、自分だけが幸せになってしまったことへの後ろめたさを抱えていたせいか、誰よりもお姉様が幸せな結婚をすることを願っていたのはこの人です。
お姉様の望む幸せというものをまるで理解できてはいませんが、もうお姉様の婚約者ではないので理解する必要もありません。
その役目はお義兄様へと移りました。
お姉様は今日、ステファニー・コートから、ステファニー・フェザーとなられたのです。
名実ともにお義兄様の所有になられるのです。
これでもう……わたしの出番も、ないでしょう。
ですが心配する必要はありません。
きっとお義兄様なら、わたし以上にお姉様を光り輝く女王様にしてくれることでしょうから。
わたしの侍女としての役目も今日をもって終了です。
ほんのり寂しい気持ちにもなりましたが、わたしもそろそろ、自分の家族に目を向けなくてはいけませんね。
だってわたしはすでに妻で、もうすぐ母親になるのですから。
だからわたしは最後の餞にと、お姉様に見せつけるように愛する夫の腕へと腕を絡めると、幸せいっぱいの笑みを浮かべました。
ご結婚おめでとうございます、お姉様!
わたしの心の声が届いたのでしょうか。お姉様は最高に美しい儚げな表情で、ちらりとこちらを見たような気がいたしました。
*カトリーナ・コート
崇拝する姉の望む『義妹』を演じ切った献身的な妹(無意識)
現在は夫の望む笑顔のかわいらしい妻を演じ中(無意識)
*ドミニク・スナイダー
ステファニーに得体の知れない漠然とした拒絶反応が出ていた元婚約者(普通の人)
リオンくん視点を書いていたはずなのに。なぜだ。