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結界

 結界内は焚火の暖かさが満ちていた。道中見かけた草食獣をそこで焼きながら、俺はこの匂いに自分の修業時代を思い出した。

 俺の師匠は聖堂騎士団の団長も務めたことのある人だった。厳格で、冗談ひとつ言わないし通じないような、絵に描いたような堅物。俺が教えを乞うた時で彼は70代だったが、剣技はいまだ王国でも三本の指に入るほどで、「サーペント」の異名をとる奇怪な軌道、そしていつ剣に魔法が乗ったかわからないほど精密な魔法剣術を特徴とした剣技、さらに体内の魔力操作も呼吸同然によどみなく行える。彼は剣聖と呼ばれていた。

 そして、俺に教えるときの口癖は「そんなんで生きていけると思うな、ぼんくら」だったのも覚えている。エイオース平野のど真ん中で数日にわたり、ひたすら特訓を組んで、腹が減ったら逃げ回る草食獣を自力で捕まえて焼いて食う、そんな日々もあった。

 そんなことを思い出す匂いだ……。


「おい!タツオ!!」

 なんだよ、人が感傷に浸っているのに。

「焦げるぞ!」

「表面だけだ、表面の焦げを削げば中はしっかり焼けていて旨いんだよ」

 そうたしなめると、俺は一匹そこからとると、ナイフで焦げを削いでいく。すると、しっかり焼けた肉が姿をのぞかせている。

 塩を大雑把に振りかけて俺がかじりつくと、マネをしてカリマも食べ始めた。

 懐かしい味だ、クセが極端に少なく、脂の旨味より肉自体の旨味の強いこの味。

 カリマも抵抗なく食べている。

「細かい骨が多いから気を付けろよと言おうと思っていたがわかっているんだな」

「ああ、野営訓練で草食獣自体は食べるからな。ここまで野性的な喰い方はしたことがないけど」

「焼かんのか」

「ああ、煮る」

 どうやら長期戦に際して強固な野営を築いたうえでの話になるらしい。俺はゲリラ戦向けの訓練をされていたんだなと今になってようやく理解できた気がする。


 結界内は寝心地がよかった。自宅のベッドにかなうものはないが、それでもこんなに心地のいい野営があるのなら結界術の資格を取っておくんだったと思うほどだった。

 寝る直前、結界術についてカリマからどこまで知っているのか聞かれ、知りうる部分を答えたら、いつでも資格を取れるくらいの知識だとほめられた。実技が問題だろうに。


 翌朝、結界の周囲には案の定例の変異スライムが十数匹の群れを成していた。

「ひどい目覚ましだな」

 俺がそうつぶやくと、カリマも起きたようでその光景を見るなりため息をついた。

 こちらの生態が何となく見えてきた気がする。引きずっている粘液すら本体なのでは、という予感はしていたが、もしかすると近隣のスライムたちは意思や感覚などを共有しているかもしれない。でなくては結界に対して攻撃し続ける攻撃性を見せることはないだろう。ましてや最初の遭遇の時にはこんな攻撃性を見せていなかったのだから。決めつけるにはサンプルが少ないかもしれないが、そう考えておいたほうがこれからの長い旅では多少役に立つ思考だとは思う。

「どう切り抜ける?結界を解除すればすぐにでも攻撃を仕掛けてくるぞ」

 カリマは結界に流している魔法の出力を上げようとしたが、俺はそれを止めた。無駄な魔力を使えばそれだけリスクもあるし、そもそもこっちに近づかせないための風魔法を流しているにすぎないのだから、距離をとったところでこのスライムは飛び道具を使うのだから意味がないのだ。

「無体を働くほかないか……」

「何か策があるのか、タツオ」

 俺は結界術の基礎理論なら理解しているし、何だったら『結界礎だけ作れない』のだ。

「今からお前の風魔法に火魔法を重ねる」

「……ウン?……待て待て、タツオ。結界に流す魔法は……」

「結界礎の魔力の主と合致していなければならない、これは結界礎の魔力の主とは違うものの魔力や魔法が注がれると反発反応を起こし、何らかの被害が及ぶ可能性があるから、だろ?」

「そうだ、無理に決まっている」

「だが、実際に反発反応が起こった記録はない」

「……?!」

「できたためしのないことだから危険だとしておいたんだろう、実際理論上は何にも問題はない」

「なぜそう言い切れる」

 カリマの言葉に俺はにやりと笑った。

「魔法同士の衝突で災害が起こったことはあるか?」

「……ないな」

「むしろ合体魔法なんて概念もあるくらいだ、結界に限ってそれがないとは言えん。しいて言えば、結界の資格のなかに検討されたことがないってだけだ」

 ふむ、とカリマはため息をついた。

「資格規定に反するかどうかはさておき、技術的にできるのか、タツオ」

「俺もわからん、五分五分だな」

「やらないよりはましか、やってくれ」

「……念のため、出力は調整してくれよ」

 カリマの風魔法を媒体に火魔法のなかでも広範囲への影響のあるもの……やはり基礎基本か。

「盛炎」

 詠唱とともにカリマの風魔法の上を炎がみるみる広がり、周囲のスライムへと引火していく。引火したスライムは風魔法の助けなのか、やけにハイスピードで消し炭と言えるまでに燃え切ってしまった。

 おかしい。

 俺はここまで火力は上げていないはずだ、どういうことだろう。昨日もそうだった、このスライムが極端に火に弱いのか……?

 横で見ているカリマは成功したことにも驚いているようだが、やはりこの火力に驚いているようだった。当たり前だ、出している本人ですらよくわからん火力だからな。

 『盛炎』の詠唱のみで出る火魔法は本来低火力ながら広範囲に影響することができて相手との距離を保ち、射撃系の魔法を駆使した中長距離戦に持ち込むためのものだ。そこからさらに詠唱を加えていくことでその性格を変えることは可能な、いわば火魔法の基礎基本、いろはの「ろ」程度の魔法に過ぎない。

「タツオ……すごいじゃないか……!」

「あ……ああ、うん……?」

 俺の対応にカリマは首を傾げた。

「どうしたんだ、タツオ」

「いや、魔法に対しての火力がおかしい気がしてな。気のせいかな、こんなもんだったかな」

「私の風魔法で威力が増幅された可能性もあるだろう、私も結界に他人の魔法が重ね掛けされるのは初めてのことだから……何とも言えないが」

 カリマには悪いが理論上それはあり得ない。確かに反発反応はないものの、二つの異なる属性の魔法がぶつかって増幅するということがあれば、魔法大戦があるたびに世界は何度も滅びてしまう。

 結界上云々に関わらず、魔法は異なる属性のものがぶつかると、その魔法を出したものの魔力の消費の仕方や魔法の格によって、弱いものは打ち消されていく。比較対象が同等なら拮抗しあい、魔力勝負となることのほうが多い。同じ属性同士の場合はよりそれは熾烈になる。

 つまり、今回の結界はカリマの魔法と同等のものにして結界において完全な調和を目指す必要があると考えていた。実際同規模のものに調整できていたはずだったが、結果的にやや俺の魔法が上回り、さらに火力が増大する謎の現象が起こったというわけだ。

 いかんせん結界術に関する知識は研究が進んでいない点もある。もしかすると、何らかの魔法現象が存在する可能性も考えられるが、確実なことはわからない。ただ、今小さな危機をかなり少ない魔力で乗り切れたことは僥倖と言えるだろう。

「何か偶然の一致ということもあるかもしれないな。よし、行こう、カリマ」

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