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異形

「タ……タツオ……」


 少し怯えたような、震えたカリマの声。俺はその視線の先を見た。

 数百メートルくらいだろうか、先に異形の魔獣が見えた。

 カリマの顔がほんのり青ざめているのを見て、“声を出すな、息を殺せ”という指示をジェスチャーで伝えた。確かにグロテスクでショッキングな見た目だ。

 モスグリーンの粘液を纏ったぶよぶよした体、そこから突き出しているのはこの中間区域の入り口で命を落とした者たちの白骨死体が数体。ナメクジのようにぬらりぬらりと移動する様は実に気持ちが悪い。聞けば様々な動物や中には人間の声も模倣したような音も混じった複雑な鳴き声を発していた。

何とも見るに堪えない姿に俺はカリマの目を覆うように手を添えて、その魔獣の行方を慎重に見守った。死骸を食らっているのか、狩りをするのか、全く見当もつかないその生物が過ぎ去るまで待った。

数時間、奴は辺りを徘徊してからどこか別の方角へと去っていった。


「行ったか……?」

 まだカリマの声は震えていて、緊張からか、少し体にも震えが走っていた。

「ああ、多分な。まだわからんから慎重に進むぞ」

「あ、あれは何だったんだ」

「さあな、俺も分からない」

 奴の移動の後にはあの粘液がねっとりとついていた。指ですくってにおいを確認すると、カリマは明らかに引いている表情をした。確かに吐き気を催すような死臭はしたが、この異様な粘度に俺は気付いた。

「まさか……スライムか……?」

 その言葉にカリマはありえないありえない、と言わんばかりに首を横にぶんぶん振った。

「いや、俺もあり得ないとは思うんだが……」

 そんな話をしていると、カリマの顔色が変わった。

「危ない!!」

 脊髄反射かと言わんばかりの抜刀が真横でなされると、キィン!と何かを弾く音がした。

 ……骨だ。しかもモスグリーンの粘液がついている。

 詳しく分析する間もなく、マシンガンかのように砕かれたような細かい骨の欠片が先ほどの魔獣の去った方向から飛んできたものだから、俺も魔力消費の一番少ない火魔法を何とか応用して盾を作りながらカリマの前衛として守りに入った。

「これは……!」

 カリマの言葉に俺も呼応した。

「ああ、さっきのアイツが繰り出しているものだろう、さすがに討伐すべきだな」

 カリマが風魔法で作った追い風に乗りながら、脚に魔力を流して強化しながら急激に距離を詰めると、奴は怯んだように攻撃を緩めた。

 その隙を俺もカリマも見逃さず、火の盾を解除すると、カリマの一太刀がその後ろからヤツを襲う。我ながらまだこういう動きができることに安心はしたが、斬られた魔獣は耳を覆いたくなるような悲鳴に似た断末魔の鳴き声を上げた。

その瞬間、体が収縮するのに気付いた。まずい、この緊張を一気に発散させて体内の骨片を炸裂させようとしている。俺はとっさに中規模の火魔法で急激に奴の肉体を直に焼くことにした。そしてそれをすぐに察したカリマがそこに見事な剣捌きで細切れにしていく。

カリマが納刀したときには肉塊は燃えきって、小さなサイコロ状の炭が大量に転がるだけだった。

「いやはや、すごいもんだな」

 剣捌きに感激していると、彼女はそれどころではない、という顔をしていきなり質問攻めが始まった。

「あの火魔法は何だ」「この魔獣はやはり中間区域のなせる進化の結果なのか」「最後の火魔法は何なんだ」

 あまりの熱量に落ち着け、としか言えなかった。

 「まず、火魔法だが、俺は基礎的なものしか基本的には使わない。問題は火力をどう調整するかだ、それだけのことだ。加護のあるお前なら簡単にできることだと思うぞ。あと、あの魔獣だが、多分スライムで間違いないが、知性や魔力量が桁違いだ。……もしかすると、あれがあるべき姿なのかもしれんが」

 俺の一言一言にふんふん、と興奮した犬のように前のめりで話を聞いている。この数週間の中で一番尊敬のこもった眼で見られている気がして、悪い気はしなかった。

 しかし参った。こんな環境だ、どうやって寝床を確保したらいいものか。

「結界術くらい取得しておくべきだったな」

 そうつぶやくと、カリマがにまぁ、と得意げな笑顔を向けた。

「あれだけ高精度な魔法を使えるのに結界術は知らないんだな」

「騎士団では必修化されてるってことか」

「ご名答」

 そう、騎士団に所属するのはメリットも多い。一般人が結界術を取得するのは難しい。それは素養が~、とか、才能が~、とかも必要ではあるものの、そことは違う話もあってのことだ。

 基本的に世界的に結界術を保持するには資格が要る。その資格さえあればどの国に行っても結界術を使うことは可能だが、なぜそこまで厳重な管理がなされるかと言うと、結界術が使えるということは魔法もそれだけ習熟度が高い証拠だからだ。

魔法は魔法陣や呪文などの非自己の媒体に魔力を駆使して使うが、結界術は自らの魔力そのものを媒体なしに遮蔽物として扱う結界礎と呼ばれる、魔法とは異なるアプローチの基礎技術がなければならない。その結界礎へ魔法を流し込むことで結界はより強固なものになる。

ただ、ここがポイントだが、流し込む魔法が外に対して働くか、内に対して働くかで大きくその性格も難易度も変わってくる。外向きのほうが難易度も低く、防御に働くため、使われやすい。内向きの方は外から破られるリスクや維持の魔力消費が大きいためあまり使われない。

 そして、そういった結界を構築できるということは犯罪やテロへの転用、戦争における大量破壊・大量殺戮なども理論上は可能となり、人道的に管理が必要だという数千年にわたるこの資格システムの構築がなされたのだ。世界の秩序という奴だろう、実際結界犯罪は有史上、片手で数えるほどしか起きていない。資格に定められた罰則を破れば死罪か終身禁固刑の二択だからだ。

 話を戻して、騎士団のメリットというのが、この資格取得に必要な試験の一部免除にある。だが、免除される試験は一部と言っても“ほとんど”と言ってもいいレベルだとも聞く。


 少し歩いてから拠点を構えるのにちょうどよさげな、やや小高い丘のようになったところを見つけると、そこに結界を張ることにした。

 カリマはすっと手を地面にかざしただけで山小屋ほどの広さの魔力の幕のようなものを地上、地中に立方体状に展開した。そして、そこに詠唱をすると確かに風魔法が発動していて、周囲の苔や土がぶわりと辺りに吹き飛ぶようだった。

「これで一日はしっかり過ごせるだろう」

 カリマは特段疲れた様子を見せるでもなく、安心したような笑顔を向けた。

 結界内は広く、焚火をするにしても、寝床を作るにしてもぎゅうぎゅう詰めにもならないほどだ。これを構築するときも維持するときも魔力の消費量は馬鹿にならないだろう……。


 やはりこの子は違う。才覚がありすぎるほどある。

 さっきの骨飛ばしスライムとの戦いでもそうだ。俺の魔法を即座に自分の知識体系と当てはめて、迅速に攻撃ルートを計算して完璧な連携をこなしてみせた。俺が指示しなくても、だ。

 ただ、問題があるとすれば剣に魔法を載せるとき、魔力の出力に関して肉体強化の分を緩めてしまう癖があるのかもしれない。そしてその瞬間が読まれやすいことだ。攻撃力は確かに高いが、その分瞬間的な防御力の低下がみられる。ほとんどの場合がだからどうした状態だが、速度を重視する雷魔法や、加えて攻撃力も高い光魔法と対峙したときには致命的にもなりうる……。本人の癖であれば矯正するのは非常に困難を極めるだろう。

 俺もそれは注意された。直すのに二年以上かかったが、二年で治せるなら上々と当時の俺の魔法の師匠に言われた記憶もある。


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