輝く部屋
あとは、神の器を回収すればいいだけ。正直ヘラルド一人で事足りるんじゃないかと思う緩い仕事だ。
カリマが神の器の入った瓶をしげしげと眺めていた。
「このきらきらした結晶が神の器の一部……なのか?」
ヘラルドは少しうなっていた。
「そうなんだが……妙だな、ここにあるべき量にしてはやや少ない気がする」
ヘラルド曰く、この結晶体の外側に薄い皮膜のある組織だったはずだが、その皮膜がないように思える、とのことだった。
そんなことを話しながらカリマがふぅん、と相槌をうって瓶に触れると、俺の視界の隅で何かが動いた。
あのヘラルドが人形から引きはがしたぶよぶよの塊だ。
何かまがまがしい空気感を感じた俺は火の粉をそいつめがけてふりまこうとしたが、その瞬間にそれは液状に変化して、綺麗に人形たちが動いていた同心円状の軌道に染み込んでいく。毛細管現象と言う奴だろうか、あっという間に軌道に満たされたそれは輝きを持っていく。
……紋章だ。光魔法、それも古代魔法。魔導書で見た記憶がある。内容は流石に覚えていない、それが致命的な欠陥にならなければいいんだが……。
紋章を模した光が、俺が穴をあけた天井へと垂直に向いていく。
跪いたような姿勢の人形たちの腕や足がかちゃかちゃと音を立てている。
ヘラルドがカリマに瓶をもたせて、天井の穴から出るように急かしたその瞬間、ごぅん、と鈍い轟音とともにヘラルドの胴にレーザーのように細い光線が、瓶のあった土台から伸びていた。
「しまっ」
ヘラルドが言い終わる前に人形の一体が同心円状の軌道から外れて土台を中心に回転し、ヘラルドの体に衝突していとも簡単に部屋の壁へと弾き飛ばした。俺はヘラルドが弾き飛ばされてからようやくこの状況を理解できた。その弾き飛ばす軌道は音よりも先にヘラルドを壁へと弾き飛ばしていたからだ。
「ヘラルド!」
思わず俺が叫ぶと、『無事だ!早く逃げるか何か対策を打て!』と怒号が土埃の奥から聞こえた。
どうやらヘラルドを弾き飛ばした人形はただぶつかっただけのようではあるが、無傷でヘラルドがいた場に立っていた。
どう逃げたものか。あの光線にあたった瞬間に20体のどれが来るかもわからない。何しろ、全てに魔法素自体はもう備わっている。悠長に考える暇はない、土台はすでに次弾を準備している。紋章は再びゆっくりと輝くを増している。次の弾が来るのはまた天井に光の柱が出来上がった瞬間だろう。
もう思い付きだけで行動するしかない。
俺は再び全力で魔力による身体強化をかけると、カリマを持ち上げて、天井めがけて放り投げた。
「タ、タツオ?!」
「ヘラルドが死ぬのはそうそうあり得ない、とりあえずお前はさっき隠れた射出口に入ってろ!!」
「で、でも……」
「それくらいしかない、急げ」
カリマがためらいながらも走り去っていった。
「さて、どうするか……」
まだ魔法の充填には時間がかかるらしい。
爆弾人形の時は捨て身であることと軌道を確定させるまでの時間を相手に示すことで爆発的な火力を得て、それを数の暴力で行えたのかもしれないが、今回は丁寧に紋章に魔力を充填し、魔法を100%以上の力で出そうというのがわかる。むしろこれが本来のこの魔法のあり方なのだろう。
「土台さえ壊せばオレがどうにかできそうだ」
よろよろと傷だらけのヘラルドが俺の横に来た。ジョゼの魔術具と本人の回復力だけでは回復が追い付かないようだ。
「うぉ、大丈夫なのか」
「心配せずとも簡単には死なん。死ぬほど痛いには痛いけどな」
いつものように笑う余裕すらないようだ。
「……土台さえ壊せばと言っていたな、どういう理由だ」
「あの土台はどうやら聖魔法、光魔法を拒否する細工がなされている。さしずめ、自分の魔法の反射を受けたり、オレみたいなやつとの対峙を考えてのことだろう。まったく、忌々しいほど器用な奴だ。土台を壊せば、中には神の器の皮膜に包まれたガウスの魂があるはずだ。あの20体の人形に分けていた魂をオレが剥がしてしまったがゆえに土台の中の残りかすと融合して、ガウスの魂としてそれなりに完全に近い状態に修復されているものと思われる。人形自体はもはやただの魔法を忠実に行う魔術具の一部だ、よって俺の攻撃は効かない。だからこそ、土台の中身さえむき出しにしてしまえば、オレの魔法であの野郎の魂を引きはがして、光魔法を停止させる手立てになる。引きはがした魂は死霊のえさにでもしておけばいい」
「なるほど、しかしそろそろ次の攻撃が来るな。引付役、頼むぞ」
俺はヘラルドの説明を聞いてからレーザーが出てくる瞬間にヘラルドを盾にした。
「あっ、おい!」
ヘラルドがそう叫んだ瞬間に軌道が描かれた。
俺がヘラルドのため息を聞いたときには、すでにヘラルドは真横に吹き飛んでいた。
さて、土台をどう壊したものか。




