器用
「な、何だ」
「実はな……」
恐ろしい緊張感。背筋が伸びるようだ……と思っていると再びヘラルドは笑顔を見せた。
「飯を作ってくれないか、もうかれこれここの飯を2,30年は食っているがどうにも不味い」
「……は?」
「お前は腕利きの農家だったと聞いたんだよ。農家の飯はうまいというのが相場だろ?」
「そんなことは初めて聞いたが、まあ、いいだろう。それなら食糧庫と厨房を案内してくれ、ここはどうにも広すぎてたまらん」
ヘラルドの案内でしばらく歩くと、狭い岸壁の廊下の奥に下へと続く長い階段があり、下りきるとそこには天井も見上げるほど高いホールのようだった。
「ここが食堂兼集会場だ」
ヘラルドが紹介した広い空間には多くの屈強そうなのが男女関わらず酒やら肉やらを食らって談笑していたり、ボードゲームやら腕相撲をしていた。しかし、見れば食っている肉も干した肉をそのまま食らいついている。
奥にはやたらと広い厨房があるが電灯はなく、使われた頻度すら少ないように思える。
「ここでまともな飯がつくられたのはいつが最後なんだ」
俺の問いにヘラルドは軽くうなった。
「あー……16,7年といったところか?」
「料理人はどうした」
「食料調達の時にしょっぴかれたり、獣のえさになったり、だな」
「そういうことか」
そのホールを抜けていると、筋骨隆々な男女がやたらとヘラルドを敬うようにあいさつをしつつ、俺には不審者を見るような目で睨みつけていた。
ホールの階段と反対に位置する長い廊下を行くと、重厚な鉄扉が現れた。
「ここが食糧庫だ、試算では20年は持つ量が貯蔵されている。犠牲の甲斐あってといったところだな」
そこを開くとひんやりとした空気が流れてくる。
食堂よりもはるかに広い空間は、実にこの空間が地上にあるのか地下にあるのか分からなくなるほどだ。そして、そこには人造池で魚が泳いでいて、豪華な家庭菜園のようなところで野菜が生り、肉もまた別に結界を作って生から干したものまでたくさん保管されていた。
しかし、池も長らく手入れされていなかったためかやや濁っていて、野菜も先祖返りしたような実の付き方だった。
「管理者はいないんだな」
「オレの技術でここいらの魔術具や結界維持装置に対して中間区域の魔力が使えるようにはしているんだが、それ以外はもはやこれらのやりたい放題ってところだな」
「出発は明後日とはいえ、今日明日くらいはうまい飯を食わせてやる、全員にでもいけるが、人では貸してほしい。そうだな……4人いればいいか」
俺の言葉にヘラルドは目を輝かせて、飛び切り器用な奴らを連れてくると意気込んでいた。数千年生きても料理ができない奴はできないらしい。
その間に俺は自分のできる範囲の生活魔法を駆使して、池の浄化や、農園の土壌改良、保管されている肉の状態の確認を行った。肉の保管に関してはすさまじい魔法が施されている。生肉は昨日捌いたばかりかのような鮮度で、干し肉はとんでもない年月熟成させたかのような状態にもかかわらず全く腐敗した様子もない。何の属性の応用をすればこうなるのか……。
とりあえずあの大男たちを満足させるだけの量を作らねば。干し肉はすぐに食べられるからかいつでも在庫が少なそうだが、一方で生肉は在庫超過が長らく続いているようだった。適当に役でもすればいいと思うのだが、それも億劫なのだろう。気持ちが分からなくはないが。
調味料の方を見れば見覚えのあるものがいくつかあった。
「こいつは……俺がつくったマンドラゴラの乾燥粉末か」
国内のマンドラゴラ農家は俺を含めてもそう多くはない。そして、俺がつくっているものは乾燥に最も向いている品種だ。自慢じゃないが、俺が品種改良したものだ。つまり、国内に出回っている乾燥マンドラゴラの半分以上は俺がつくったものと言ってもいい。やはり自分の作ったものをよそで見ると誇らしくなる。しかし、好き嫌い分かれる香りだったりもするから、お前は今日はまだ倉庫だ……。
農園から野菜をいくつかめぼしいものを収穫してから、大体あればうまいスパイスと調味料をいくつか見繕って、厨房に運び入れた。巨漢たちは「新しいシェフか?」「なんか見たことある気はするけど分かんねえ」などざわついていた。
肉の種類を見るに、これは……北部で主に飼育されている肉牛だな。北部の牛の飼料を育てる農家は非常に特殊で、彼らの中でしか使われていない独自の魔法で安定した飼料の供給と、肉質を保つ努力がなされている。脂と赤身のバランスが良く、甘みや旨味が濃く、それでいて胃もたれを起こさない。その品質から高級品として他国にも輸出されるほどのものだ。干し肉もきっとこれだろう。実に高級志向な反体制派だ。
これで量のあるものを……よし、ローストビーフにして、トリミングで出た端切れやスジはスープにするか。なんて考えていると、ヘラルドが一人の少し小柄な男を連れてきた。
「使えるかはわからんが、助手として使ってやってくれ。……ああ、名前だが、アンソニーだ」
「ああ、助かる」
早速俺は来たアンソニーにスープ用のスパイスを調合させることにした。
ロッツェ王国で料理を作るときに気を付けなくてはいけないことは、味が薄いと捨てるくらいに濃い味が好きな連中が多数派だということ。ローストビーフもしっかり塩味を付けたうえで、さらに濃い味のソースも別添えで用意しておけば、じゃぶじゃぶぶっかけて食べるやつらが多い。
牛肉にはしっかり塩とスパイスを塗り込んで薪オーブンに突っ込んでおく。火力は魔法で制御すれば楽で済む。
牛すじや骨は処理をなしてからじっくり煮込む。根菜、スパイスも臭い消しや旨味の追加の為に入れておけば厨房はたちまちいい香りに包まれた。無口だったアンソニーも「旨そうな匂いだ」と小さくつぶやいていた。
肉の焼ける香りとスープの香りが厨房から食堂、その奥の居住区や作戦会議室などのある長い廊下へと抜けていく。男たちのざわめきが近づくのが聞こえてくると、俺はアンソニーに追加の肉を持ってくるように言った。きっと足りなくなる。
ここからは肉を切っては焼いて、焼いたものを切ってはまた次の肉を焼いて、端切れを煮込んでを続けた。聞くところによるとこのアジトには三桁の人数が居留しているらしい。そう聞くと実にすさまじい勢力なのがわかる。
出来上がった肉料理を卓に並べてやると、ぞろぞろと小皿を持った男たちが自ら配膳していき、アンソニーが用意した大量のパンとともにかっ食らっていた。
俺もつまみ食い程度に食べたが、実にうまい肉だ。噛むほどに肉汁と旨味がいつまでもあふれ出してくるようで、塩気の強い味が好きな国民性にも合う濃い味の肉だ。
「いやはや、予想外の盛況ぶりだな」
目を丸くしてヘラルドがその様子を見に来た。
「ああ、俺も驚いたよ」
一枚肉をつまむと、ヘラルドはふむ、と感嘆のため息をついた。
「魔法だけでなく、農業に料理までできるとはな。数千年生きていてもどうしてもオレは料理が不得手なんだ。……ふむ、お世辞でなくうまいぞ、これは」
ヘラルドはもう一枚、もう一枚と肉を食べ、スープをすすり、ずいぶんと堪能している。それだけうまい飯に久しく当たっていなかったのだろうか?




