勅令
「よう、タツオ、久しいな。すっかりジジイじゃないか」
軽薄な笑みを浮かべてラウールが立っていた。相も変わらず筋トレを欠かしていないのか、俺とそう年も変わらんくせに無駄にデカい体だ。
「懐かしむような眼で俺を見るな。そもそもお前と馴れ馴れしくする気もないからな。早く本題を言え、丁重に断ってやるから」
そう俺が言い終えるか言い終えないかのときにラウールが跪いた。
「なっ、何だよ……」
「頼む。最初にふざけたのは俺かもしれんが、ふざけないでしっかり聞いてくれ、これは世界の体系に関わる話になる」
ラウールの軽薄な笑みは消えていた。
「あの時もお前らお偉方はそうやってけしかけたじゃないか」
「……過去は過去だ、今は今。違うか」
思わずその言葉に俺も屈んでラウールの髪を掴んでにらみつけた。周りの騎士が俺を剥がそうとするのをラウールは一声で制止した。
「頼む」
まっすぐな目つきに俺は手を放し、近くの椅子に腰かけた。すると、ラウールは口を開いた。
「ギルドと依頼者の仕組みはわかるな?」
「何となくは、な。もう四十年近く関わってないんだ、そこまで詳しくは知らん」
「なら、一から説明するしかないな。時間はあるか?」
「忙しいように見えるか?」
俺がいすに腰掛けると、その向かいに座ったラウールは近くの机の上に紙を広げて簡単な組織図などを描き始めた。
「……ギルドは依頼に関して反社会的でない限り拒否権を持たない。そして同時にレート分けと保管更新期間の管理義務があるんだ」
「ああ」
「レートは要特記事項案件を除いて五級から一級までの五段階に分かれている。それぞれに報酬の上限額と保管更新期間が決まっていて、依頼者は期間中に保管更新延長や報酬の増減の管理をすることができる」
「そこもなんとなくわかるよ」
「今回お目のところに来たのは、最初に省いた要特記事項案件、つまり簡単に言えば一級以上のものの更新があったからだ」
ラウールは図に描いた“要特記事項案件”に丸をぐるぐる描いている。
「……凄腕の野郎なんざごろごろいるだろうよ、そいつらに任せればいい」
「428年」
ラウールの言葉にまさか、と思った。
「は?」
「428年ぶりの更新だったんだよ」
「……何言って……」
「要特記事項案件はあまりに特殊すぎて、報酬上限、更新期間が無制限なんだ。そして、要特記事項案件は世界のギルドで四件。そのうちの一件がうちにある。ただ、今回、その一件を含めて三件が同時に更新された。ちなみにもう一つの案件はエルフ絡みだ」
初耳だったのか、騎士たちもざわつき始めた。
「更新された残り二件もそんな長期間ぶりのものなのか?」
「ああ、奇しくも同じ、428年ぶりだ」
「依頼者は誰だ」
俺の質問にラウールが葉巻を取り出そうとしたから、その手を制止した。
「……聞いたことがあるはずだ。“三賢人”の名は」
確かに聞いたことはある。有名な伝説だ。
この世のすべてを理解していると言われている三人の宿老。ひとりは南の地に、ひとりは西の果てに、そして、ひとりはこの国の北部にある“ヴィルアゼルの森”にいるとされている。
さらに、彼らはすでに数千年を生きているという都市伝説すらあり、数多の冒険者のうちには彼らに会い、世界の真理を得たい、あるいは最強の魔法を得たい、その他もろもろの欲望をもって躍起になっている者たちもいると聞く。
「三賢人のひとりがギルドに来た、と?」
思わず身を乗り出すように聞いた俺にラウールも真剣そのものといった表情だ。
「いや、それはわからない。何しろ受付の者いわく、“やたらいい匂いのする色男が手続きに来ただけだった”らしいからな」
「数千年も生きていれば見た目を変える魔法など簡単だろう、あるいは不老かもしれないしな。まあ、いい。依頼内容は?どうなんだ?」
俺の質問に頭を掻きむしり、ふう、とラウールはため息をついた。
「それがな、『回収、護衛』としか書かれていない」
シンプルな依頼内容、それは大概ハードなものになるというのが相場だ。
「……なおさらこんなジジイにできる内容ではないだろうが」
「しかし、功績は功績だ。依頼主からお前に白羽の矢が立っている。国王陛下もお望みだ。わかるだろう、自国のギルドに高難度の依頼が長年放置されているのは外交上にも問題がある」
「……断る」
「断れば処罰や土地の差し押さえもあるかもしれんぞ」
「脅しか、立派なもんだな」
俺の言葉を遮るようにラウールは語気を強めてきた。
「違う、これは勅令だと言っている。これはロッツェ・ギルドマスターのラウール・ボードレールからのお願いじゃない。ロッツェ国王のギヨーム14世による『お望み』、命令、勅令だ」
「……」
「頼む、手間取らせるな」
しばらくの沈黙が室内を包む。騎士たちも俺たちから視線を外さない。その視線には言い知れないほどの緊張感がこもっていた。
…………選択肢はないようだ。
「……準備期間は」
「お前に一任する」
俺は息を深くついた。
40年ぶりの覚悟。……やらねばならんのか。
「……慶んでお引き受けいたす旨を……、国王陛下に」
「承知した」
椅子に重い体を預けたままため息しか出ない俺を横目にラウールは騎士を引き連れて俺の家から出ていった。
……疲れた。気疲れだ。
施錠してから俺はしばらく眠っていた。
きっと昔のことを思い出したのもラウールたちが来る虫の知らせというやつだったのかもしれない。起きたころにはすっかり晩秋の陽は簡単に沈もうとしていて、部屋は薄暗く肌寒かった。
部屋にいくつかある燭台に火をともし、暖炉の火も起こし直した。
燭台の火はぼんやりと部屋全体を照らし、心を穏やかにしてくれる。
もう少し光量のあるガス灯に似たものはこの世界にないわけではない。だが、燃料はゴブリンやオークの死骸から出る油脂を主に使うようで、あの独特の死臭がさらに燃えるにおいはどうにも40年近く経っても慣れない。それなら結局燭台の火くらいで満足してしまうというわけだ。
晩飯の支度をば、と考えていると、また門前に誰かいるのに気付いた。
ランタンを掲げて、俺は家から門の前まで行く。
「誰だ。」