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聖魔法

「……とまあ、こういうことだ。『魔法素』の概念自体は非常に専門性が高いから北部軍でも騎士団でも昔から教えられる人間が少ないのはあるな。そして先に言っておくが、確かに結界を扱えるものは確かに魔法の習熟度は高いものの、必ずしも魔法の理解度という点においては比例しないということだ。」

「……由々しき事態ではあるんだな」

「理解してくれたか」

 カリマは小さく頷いた。

 だが、簡単に説明こそできたが、魔法素の理解は非常に難しい。魔法素が魔法になるまでの時間はとてつもなく短い。だが、それが魔法素を理解したものには隙になりうる。理解した者同士ともなれば、魔法素段階での読みあいがえげつないことになる。

「……それとタツオ、あの時お前はとんでもない高速移動を見せたよな。あれは何だったんだ」

「ああ、あれは火魔法のちょっとした応用だ」

「火魔法にも高速移動のすべがあるんだな、成程。推進力を使う、みたいなものか?」

「そんなところだ」


 それにしても、盗賊がこんな奥地に立ち入れるほどに北部の中間区域の環境は荒れている理由が見えない。魔法による干渉があったのは先へ進めば進むほどよくわかるが、あまりにも魔獣の死骸やその形跡が少ない、まるでそもそもここに魔獣はそれほどいなかったかのようだ。そしてさらに不可解なのが、あの奇形のキメラの群れだ。弱小魔獣が組み合わさったような姿とあまりにも不安定な合成のせ意だと思われる脆弱性、気味が悪すぎる。


「タツオ」

「ん?」

「ここら辺、なんだか妙だぞ」

 カリマの言葉に辺りを見回す。木々に魔法陣が仕掛けられているようだ。

「……罠か」

「それはわかるが……この魔法の属性は……?」

「魔法陣を使っているんだからそりゃ……」


 ……おかしい。魔法陣を使う魔法属性は闇魔法か土魔法のはずだ。この魔法陣に刻まれている記号、祝詞は明らかに……


「……聖魔法」

「聖魔法……?」


 聖魔法というと世界でも適性の人間は限られている。というのも、非常に内容が特殊で効果も限定的なものが多いうえに魔力の消費量もとてつもない。建国王は史上最強の聖魔法の使い手にして最大の研究者だったとされている。

 内容が特殊と言うのは、魔法の根源たる神域と魔力の根源たる魂に関わる魔法だということだ。例えば建国王の聖魔法に関して記述があるものは、触れた相手の魂の活動を数秒間停止させるものだったらしい。

 その恐ろしさは魂と魔力の関係性にある。

 魔力は魂の代謝によって生まれるエネルギーであり、定期的に消費しなければ魔力過多により肉体が持たない。だが、この世界において魔力を生成できなくなると、肉体は急激に衰弱するという。そのため、数秒間魂が動きを止められるということは衰弱死の可能性すらあったというわけだ。そして建国王はその魔法を何らかの形でポータブルな状態にして強大な抑止力をアピールし、戦争をコントロールしていた伝承もある。

 この森に仕掛けられた魔法陣がどういった効果があるかまではわからない。

 聖魔法として伝承のあるものはほとんどが建国王やその時期前後の聖職者、聖人と呼ばれる者たちによるものがほとんどだ。神域に関係する内容のものももちろん記載はある。

 例えば、言うなれば魔力プラントと言えるような、魔力を半永久的に生み出す、ミニチュア版の中間区域を作り出す魔法などだ。それは神域の再現をする聖魔法と言って過言ではないだろう。

 聖魔法は特徴的な祝詞、そして記号のある魔術具を要することは知っていたが、両方を魔法陣に組み込んでも効果があるとは思っていなかった。そして一つ明らかなのは、この森の木一本触れることは許されないということだ。


「うかつに触れようとするなよ、カリマ」

「あ、ああ」

「死ぬぞ」


 脅しではない俺のトーンにカリマは露骨に顔を青ざめさせた。

 しかし、急に自分の疑問に一つの正解案が出てくるというのも恐ろしい話だ。おそらくだが、なんらかの聖魔法によってキメラの誕生やら魔獣の消失が起こっているのだろう。そして、この魔法陣のかすれ具合を考えると最近書き直したものもあるが、ずいぶん昔に書かれたものもある。数年、いや数十年かもしれない。それだけの長い年月をかけてこの環境を変えてきたのだろう。

 いったい誰が、何のためにしたのか。


 ……いくら考えても分からない。情報が少なすぎる。

 よく探知すればこの魔法陣は帯のように横に広く描かれており、ここから先に行った魔獣たちによってあのキメラが誕生した可能性もある。根を踏むことすら危うそうで俺はずっとひやひやしていた。

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