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 気まずい沈黙だ。もとはと言えば自分のせいだが、やはりこういうのは気まずい。

 こんな三つ回りくらい違う相手の売り言葉に買い言葉になってしまう辺り、自分の精神年齢の幼さを感じてしまう。だが、そうもいっていられない現実がある。

 この口論の直前から誰かが尾けてくるのを感じていた。かなり上手に魔力を抑え、形跡もこの土地の持つ莫大な魔力に紛らせているうえに、そもそもこの土地の魔力に耐えられているのを見るに北部軍でよく訓練された者か、熟練の野盗か、そこらへんだろう。

 ただし、詰めの甘い点がある。明らかに伝わる慣れからの慢心だ。

 魔力を抑えるのも、『技術』だ。手慣れてくると、手癖が必ず露呈する。

「この程度でもバレやしない」という成功体験は一流の狩人をかけっこをするガキ以下の存在に退化させると老師は言っていた。まさしくその通りだ、今のこの相手は地面に残る魔力を回収して形跡や痕跡を消しているが、その作業でもれる微々たる魔力に気を止めていないようだ。

 しかし、気にかかることがある。南部に比べて実にこっちは魔獣が少ない。そしてこの環境に慣れた人間が集団でいる。何か環境の変化か伝承に誤謬があったかしなければ説明がつかない気がする。いや、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。


「……尾行されているようだ」

 俺は沈黙を破った。いつ襲い掛かってくるかもわからない相手にぎすぎすしたまま立ち向かうのはいくら騎士団の副団長と俺と言っても厳しいところがある。

「……さっきみたいに焼き払って視界を確保するか?」

 カリマの提案に俺は頷きかけたが、リスクがデカすぎる。

「いや、だめだ。相手に手の内をひけらかせばすぐに対策を打たれる」

 いかに相手に先制攻撃させるかがカギになってくるだろう。

「一つ作戦がある」


「よう、爺さん」

 カリマと喧嘩別れをしたフリ作戦。実に幼稚だが、こうも手癖のひどい連中なら引っかかるだろうと思ってはいたが、四人引っかかった。どうやら風体を見るに野盗。

 カリマには数百メートル先の木の上で最悪の事態に備えて援護できるように潜伏させた。

「何だ、がきんちょ」

「ほっほほ~!威勢のいい爺さんだぜ。気に入った、金目のものをよこせ。そうすれば無傷で帰してやる」

「ほう?断ればどうなる」

「ずたずたに引き裂いて魔獣のえさにしてから、連れていた若い女も見つけ出して娼館にでも売り飛ばしてやるさ」

 そんな与太話を聞いていると、野盗のひとりが遮るように口を開いた。

「しっかし、爺さん、見ない顔だな。ロッツェ生まれとは思えねえ、大陸か?どこ出身だ」

「異世界だ」

 俺の答えに野盗たちは高笑いしていたが、俺が真剣な顔つきでいると、徐々にその顔は悪党らしい笑顔になった。

「てめえの年頃で召喚された経緯があるっつったらよう、俺が知ってんのはただ一人しかいねえ」

 一人が俺に凄みながら言えば、周りも賛同する。

「ああ、俺もだ」

「そうだな、俺もアイツしか思い浮かばねえ」

 じれったい。

「くどいな、『てめえは鬼塚龍王で間違いねえな』『はい、そうです』で済む話だろうが、クソガキ」

 俺の挑発に四人は一気に顔を赤くして怒り始めた。やはり短絡的な奴らだ、扱いやすい。

 すると、刻印の入った剣を抜き始めた。全員光魔法か、光魔法の媒体は魔術具に刻んだり、使用者当人の刺青をしたりなどの刻印だ。魔術具への刻印はかなり気軽に使える利点がある反面、とてつもない欠陥もある。問題はこいつらがその欠陥を克服しているかどうか。こればかりは手合わせしないことにはわからない。しかし、さしずめ四人で光速の切り付けを行うといったところだろう、きっと軌道もパターンを決めて既定のものをプログラムした刻印となっているとみるのが自然だ。

「爺さん、アンタ本物の鬼塚龍王なんだな?」

「ああ」

「てめえの首を地下組織に持っていけば俺たちは一生遊んで暮らせる金が手に入るんだ」

「ほう?」

「四対一だ、確実にてめえは死んだも同然だぜ。おとなしくくたばりやがれ!」

「殺される覚悟があっての発言だろうな、それは」

 俺の言葉に全員がほぼ同じタイミングで生唾を飲んだ。そして刀を構える。そして刀に魔法が充填されているのが見えた。


 ……ああ、とんだ素人だ。


「『劫火』、『凝集』せよ。■■、『凝集』せよ」


 野盗の刀が軌道を描く前に、俺のすべての指に『劫火』が集中する。そして、俺が身をよじりながら刀に触れるとその刀は原型を一気にとどめなくなるほどに溶け出す。わずかこの間2秒足らずで四本の刀を溶かしきると、俺は野盗のひとりの顔面をその手でつかもうとした瞬間に、俺と野盗は強い風により引きはがされた。

 ……カリマか。


 盗賊たちは自分たちの刀だった黒の中に赤が煌めく熱い鉄の塊を呆然と見つめていたが、俺が視線を向けると、悲鳴を上げて三人が逃げ出した。俺が殺そうとした一人は腰が抜けてしまったようで、軽いやけどを負った顔をくしゃりとしわくちゃにして半べそをかきながら「許してくれ、た、たす、助けてくれ」と命乞いしていたものだから、野良猫を追い払うように足でどんどんと地面を蹴ると、しりもちをついた姿勢のまま逃げていった。

 すぐにカリマは俺のそばに駆け寄った。

「……すまない、やはり私はどんな悪人であっても殺すことは容認できない」

「いい。お前はそれでいい」

 俺はそう返すことしかできなかった。


 再び俺たちの歩みは始まった。やはり魔獣の少ない北部中間区域。木漏れ日もそれなりにあって陰湿な雰囲気のあった南部とは全く異なる。

「なあ、タツオ」

「何だ」

「さっきの盗賊たちは光魔法を使っていたようだが、その動きとほぼ同時に動けていたな。どうしてだ」

「何だ、そんなことか。まず魔法がいかに発生するかはわかるよな」

「何となくはな。魔力は媒体を通して魔法となる、さすがに基礎的なところは理解している」

「端折りすぎだな」

「というと?」

 カリマが小首をかしげたので俺は説明してやることにした。


 魔力が媒体を通じて魔法になるというよりは、媒体を通じた瞬間は魔法と言うよりは「魔法素」と呼ばれる状態になっている。結界礎やら魔法素やら、似たような用語だらけで困るというのはさておき、つまりそれ自体には一切の魔法的効力はない。だが、それが対象に働きかけられた瞬間に魔法として効力をなす。

 ここからわかる通りに魔法における火力や手数は媒体の力や当人の魔力量など、当人の努力でどうにかなる範囲と言うのが非常に狭い、才能やら、時には運やらの不確定要素に振り回されることが多い。

 しかし、「魔法素」を作るまでの過程や対象に働きかけるまでの時間といった魔法を繰り出す速度というのは実は努力で何とかなる範囲が大きい。光魔法で言えば刺青の刻印を利用することで、媒体と自分の距離をゼロにして「魔法素」を作る時間を限りなく少なくすることも努力の範囲だろう。

 さっきの野盗たちはあまりにも「魔法素」を作るための時間が長すぎた。光魔法の強みを生かすためには「魔法素」への理解は必須だ。現に光魔法の使い手として俺が現代最強だと確信しているジョゼは顔以外のほとんどすべての箇所に媒体の刻印となる刺青を入れている。そう考えると老師の無媒体魔法はより不気味なものに思えてくる。


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