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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レベリング勇者がうざいのでリスキルする

作者: 四葉飯


 我の住まうこの世界は残酷だ。【勇者】は魔なる王を討つまで輪廻を繰り返す。時に本人の意思とは無関係に、魔王に対する執拗なまでの殺戮衝動に駆られてしまうそうだ。


「メ、メア様!?それは禁術では……!!いけません!!」


「なに、数十年だけだ。許せ――」


 いつからか人間は我のことをメアではなく、魔王としか呼ばなくなった。矮小な存在という認識、それ以上でも以下でもなく、【勇者】以外に興味も関心もない。故にただの人間風情が我に不快な心象を抱かせたことを後悔させようと思う。


(禁術……時間遡行も上手くいくとは流石は我。さて……このみすぼらしい場所のどこに奴がおるか)


 【勇者】が生まれる前に少女を探さねばならない。人間にしては強い方だったが、数十年の歳月を遡ったこの時間軸ではお得意の経験則とやらも皆無だろう。蹂躙するなら赤子の手をひねるより容易と言える。


 何度あしらってもしつこく我に挑む胆力だけは認める。トラウマ級の致命傷を幾度となく与えても、その不屈の闘志はまさに勇気ある者の姿だった。故に生物が無意識に放つオーラ、奴のそれを感知するのは最早慣れたものだ。


「おい商人、中を見せろ」


 止まったままの馬車、その荷台には中を隠すようシーツが巻かれていた。御者の制止の声など聞く気もなく、魔術によってその目隠しだけを塵のように断絶してやった。やはりここだったか。


「リズ、うぬは昔奴隷だったのだな?」


「……だ、誰ですか?」


「お、おい姉ちゃん!!なんてことしてくれてんだ!!商品に傷なんかつけてないだろ――」


「騒ぐな、不愉快だ」


 鮮血が地を赤く染めた。一部始終を見ていた幼い少女、未来の勇者がなんとも情けない顔をしているではないか。恐怖、不安、絶望、だが僅かに前向きなオーラを感じる。


「……なぜ我を恐れながら近くに寄る?許可を出した覚えはないが」


「私……奴隷になりたくなかった…っ!汚されて壊されるくらいなら……!どうせ死ぬなら!!今ここであなたに殺される方がマシ!」


「不愉快だ。人間風情が我を利用するな……行くぞ」


「え!?ちょっ!!苦し……っ」


 首根っこを掴んでやった。猫のように軽く、なんと華奢な存在だろう。これが数十年後には我の首元にまで剣を届かせるというのだから驚く他にない。転移魔術を断続的に行い、雨風の凌げる家屋を探す。


「何をちらちら見ておるのだ」


「どこに連れていかれるのかなって……えぇっと…なんて呼べばいいの?」


「……魔王でもメアでも、好きに呼ぶが良い」


「メアさん、それからリズって?」


「うぬの名に決まっておろう」


「私……名前なんてないよ…?」


「ならば今後はリズと名乗れ。我の決定だ、拒否権は無い」


「うん……メアさんって怖いけど、なんか本当は優しい人な気がする……」


 そんな言葉に目を細めた。将来貴様自身を殺した相手によくそんな見当違いな発言ができるものだ。無論、そんな事は我しか知り得ない。否、そんな世界などこれから先は知らなくて良いのだ。


 もう使われていない古びた家屋に目をつけ、中を伺うも酷い有様だった。ほんの瞬き程の年数だとしても、我が住まうには狭く汚らわしいが、静かなのは良い。何も常識がない幼いリズへと生きる術を教えていこう。


「まずは掃除だ。やれ」


「う、うん……!」


 少しの間だけだ。【勇者】が生まれた瞬間に殺す。


「メアさん!掃除できた!」


「どこがだ。やり直せ」


 もう少しだけ。


「見て見て!お花の冠〜!」


「ふむ、存外よくできておる。我にも教えてくれるか?」


 あと、ちょっとだけ。


「おかえりメア、ご飯できてるよ」


「ぬ?並ばれたか……知らぬ間に大きくなりおって」


「あはは!ずっと一緒に暮らしてるのに変なこと言わないでよ〜」


 まだ、あとほんの僅かだけ。


お母さん(・・・・)


「……!」


「ちょっと恥ずかしいね……こ、これ!プレゼント!」


 真紅の髪飾りを受け取った。そして我は今夜も罪を重ねるだろう。リズに【勇者】の刻印を刻もうとする、信託の代行者を殺し続けるために――


「ふぅ……毎日毎日飽きもせずよく来るものだ」


「ま、魔王ぉぉ!!勇者様を解放しろ!!」


「勇者?リズは勇者では無い。世界が、神が……星がそれを運命(さだめ)と謳うならば、我はその尽くを否定してみせよう」


 惨殺の限りを繰り返した。今日も、明日も、明後日も、リズが自分で物事の決断を下せるほど成長するまで続けてみせよう。この世界に我を討つためだけの【勇者】など、金輪際必要ないのだから。


「おかえり!お母さん」


「うむ……少しくたびれた。湯を張ってくれるか」


「もう入れてるよ〜」


 風呂を済ませた後は食事を取る。リズは決まって我の風呂と食事が終わってから続く。他愛のないこの日常が愛おしい。禁術の限界も近く、我はこの夢心地の狭間を手放したくないのだとようやく自覚した。


(だが時は来る……)


「お母さんお風呂熱すぎでしょ……」


「リズ、近う寄れ」


「?」


 もう膝の上に乗せてはやらぬが、後ろから髪を乾かしてやろう。魔王である我の寵愛を一身に受ける贅沢を味わうが良い。炎と風の魔術の併合だ。淑女として必要な習慣だが、リズに魔術はもう必要もないか。


「……昔よくやってくれてたよね」


「言うほど過去のことでもないだろう?人間にとっては長いかもしれぬがな」


「……どうして今日に限ってまたしてくれたの?」


「過ぎたことを聞くでない。ただの気まぐれだ」


「嘘。最近のお母さん様子が変だもん」


「……今も昔もカンの鋭さは変わらぬか。全て話そう」


 これは全て我の我儘だ。禁術を発動前、【勇者】リズは刻印の衝動によって我へと牙を剥いた。そんなことはかつての時間軸では日常茶飯事であり、来る日も来る日も、リズの意識が断絶するまで痛ぶるほかに選択肢がなかったと言える。


 それほどに【勇者】の刻印の効力は凄まじい。だが我とて万能ではない。経験を重ねるうちにリズは我をも超える強さを有し始めたのだ。つまりはあの日にリズの事を殺していなければ、未来では我を超える化け物に成長し続けていた。


「うぬが我に言ったのだ。これ以上我の仲間を、魔物を、我を殺したくないから殺せと……」


「……多分今の私でも同じことを言ってると思う。それに私を殺しても次の勇者がまた生まれるんでしょ?」


「そうだ。だから勇者と魔王の因果へと終止符を打ちに来たのだ。リズよ、これを持て」


 手渡した短刀には様々な想いが込めてある。【勇者】の存在が『魔王』を討つために輪廻を繰り返すならば、その元凶を断ち切ればいい。魔なる王など消えてしまえばいい。勇者なんて産まれる前に、我が死ねば良いのだ。


「外してくれるなよ」


「やだよ……っ!なんでそんな簡単に諦めるの!?お母さんだって死にたくないから……だから……っ」


「今のうぬには関係の無い事だが、我がかつてのリズに言われた不快さが理解出来たか?どの道禁忌を犯した我は天界の天使(ハエ)共に殺される。時間と相手の違いしかないのだ」


 勇者が産まれる前に我が死ぬ事で因果の崩壊が実現するかどうかなど不明だ。だが良い。リズの悲しき顔も、泣き腫らした顔も、虚しい最後の笑顔も、もう見たくない。泣きながら戦ううぬを我はもう見とうない。


「……刺せ」


「いや!!私にはお母さんを殺せない!!私を置いていかないで……っ!」


「それも我がうぬに言ったセリフだ!!我を置いて先に逝くなと……っ!」


「絶対に殺さない!!」


「……そうか。どうせ殺されるならば、リズの手によって逝きたかったが――」


 肌がピリつく程の圧力と共に四方へと光の紋様が見えた。八人の天使(ハエ)とその手に煌めく執行剣。わざと急所を外すように四方から体を貫かれ、気味の悪い無機質な瞳と視線がぶつかった。


「禁則事項第七項、俗世の生物は理に触れるべからず。魔王メア、汝に対して我々は執行を強制する」


「前置きが長い……早く殺――」


 眼前の天使が突如として倒れた。我は開けゆく視界の先に映り込む愚者に驚愕の表情を浮かべる他ない。リズが短剣で天使の首を跳ね飛ばしたのだ。その表情はかつて見た事のない怒りを貼り付けて。


「お母さんに……!触るな!!」


「ならぬ……!リズ!!」


「問題発生。増援を要求す。魔王、ならびに人間一人、執行開――」


「――うぬが死ね」


 魔術による風は時に刃にも、()にもなり得る。板状の風を高速、高圧で射出すれば高所から床に叩きつけられた時のように粉砕するのだ。一刻も早くハエの駆除をせねばならない。もうひとつのタイムリミットが近付いているのだ。今は一秒でも良い、時間が欲しい。


「リズ……!!一度しか言わぬからよく聞け!!」


「っ……」


 三人目、四人目の天使を塵のように切り刻み、その対価として我の左腕が宙を舞った。


「うぬは勇者にはなるな!!」


 五人目、六人目、反撃に放たれた光の魔術が我の右目を貫く。最後は派手に爆ぜさせよう。


「お母さん!!避けてよ……!死んじゃうからぁ!!」


「……うぬは勇者でなくて良い……ただの……リズで…………良いの……だっ!」


 轟音を撒き散らした炎塊が家屋と残るハエを消し飛ばした。一部魔術を鏡のように反転されたせいか、三半規管に影響が出たやもしれぬがその程度だ。いや、最後にリズの声が聞こえずらいのは許せぬか。


「お母さん……!」


「……禁術の…………時間切れだ………………我は元の時間軸に…………転送される…………大きい声が……出せぬな……リズ、近う……寄れ……」


「……っ」


 グズグズに泣き散らかしおってみっともない。だが不思議と悪い気分ではない。あぁ、ダメやもしれぬ。声が、出せぬ。


「……ぁ…………」


「なに……?なんて!?お母さん……!もう一度……」


「あい……して……――」


 一気に視界が真横へと伸び始め、我は時の奔流へと飲み込まれてしまった。ちゃんと伝えられただろうか。ちゃんと我は声を出せていたのだろうか。かつて多くの人間共を屠ってきたからこそ、自分の体の限界も分かってしまうものだな。


「……ぅ」


 帰還した城の内部は散々だった。元より仲間などもう側近の一人を除いて誰もおらぬが、その姿も見えない。それどころかほぼ崩壊した建物しか情報が入ってこない。ハエが我の住処を荒らすなど誠に遺憾というものだ。


「メ、メア様ぁぁぁぁぁ!?大丈夫ですか!!」


「……っ」


 側近は生きていたようだ。傷だらけであり、ハエとの激闘が見て取れる。だが腑に落ちない。確かに側近も強さは有してはいる。だがハエに勝てるとは到底思えな――


「世界には【勇者】が必要なくなった。どうしてだと思う?」


「……っ」


 見間違うはずもない。この手で殺めたはずの成人したリズの姿が確かにそこにあった。その手には長剣と短刀(・・)、返り血に塗れた頬が不敵に笑う。高等技術なはずの時間遡行によって、我の傷が癒されながら。


「リズ…なのか……?」


「ただのリズだよ、お母さん。ただのリズは……神の反逆者になりました〜!ぱちぱち〜」


「馬鹿者!!我ならまだしも……っ!ただの人間が天使や神に敵うはずもなかろうが!!」


「その()に惜しいところまでいったはずなんだけどな〜?」


「それは【勇者】の刻……い…………ん?」


 我は確かに言った。それなりの強さを有する側近でさえも、あの天使に勝てるとは思えないと。だが周りを見ればその異常性に理解が追いつく。惨殺されたハエ共、そして返り血まみれのリズ、最後に我を癒した時間の逆流。すなわち禁術。


「努力と経験、そして根性、それらは勇者の特性でもなんでもない。あなたがくれたリズという生物の持つ強さだよ。誇り高き魔王が……死んで逃げるの?」


「貴様……!あれからどれほどの歳月を一人で過ごしたや知らぬが生意気だぞ!!」


「私達なら神にも勝てるよ!ほら、また来たよ」


 迫り来る大量の天使。それらの表情は過去に見たものとはまるで違った。焦りや怒りを貼り付けたハエに思わず笑ってしまいそうだ。そういえばリズに答えを聞くのを忘れていたな。


「リズよ、教えてくれるか。【勇者】は何故必要なくなったのだ?」


「簡単だよ。天界に届きうる下等生物の摩耗、そのための勇者と魔王だから。天界はいまそれどころじゃないよね。多分」


「ふむ、ならばやはりこやつらが焦っているのは気のせいではないということだな」


「そりゃ化け物が二人もいるんだよ?焦るでしょ」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ側近を中心に、我とリズは互いに背中を預けた。思いがけない事は多々あったが、どうやら我が望んでいた【勇者】の封殺は上手くいったようだ。次は上位種とやらの天使と神を相手か。まぁ、目に見えない概念を相手にするよりかは幾分楽そうではある。


 ならば我ももう魔王という肩書きは必要ない。リズと同じ、ただのメアだ。血は繋がっておらずとも、愛娘と世界の限界まで抗ってみるのも悪くは無い。【勇者】を相手にするよりも、よっぽど気が楽なのだから。

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