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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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ナイトマスター

 二人の試合が始まった。観客たちも流石に盛り上がることなく、静かに見守っている。シラールが目を光らせている。


 初手を打ったフォトア。それに対して、フィールはすぐに打ち返した。

 相手の黒の駒を見つめるフォトア。まだ、駒がぶつかり合う場面とは程遠い。

 だが、この序盤からの勝負が重要なのだ。彼女は、努力の成果で得た経験を活かした。

 定石通りに序盤を打つ。陳腐に思えるかもしれないが、当たり前の手というのは、とても重要なものなのだ。日常だってそうだ。衣食住……それらは幸せをもたらすし、また、それらのために苦労しなければならない。


 フォトアはフィールの初手に対して、少し考え込んだ。打ち返す手は決まっているのだが、慎重になっているのである。

 彼女は二手目を打った。相手の動きも計算に入れての、応手である。


 敵対するフィールは、ジャッジしていた。フォトアの実力を。

 まるっきりのクズではない。序盤の動きくらいは頭に入っている、と。盤を見つめるフィールは真剣だ。真剣に、人の人生を終わらせようとしている。真剣に、人を不幸にする気でいる。

 相手がクズではないとはいえ、どこかでミスが出るに決まっている。そう判断したフィールは、最善手を指すだけという、結論を出した。


 観客たちは元から静まり返っていたが、何故か観客は緊張していた。それは、フォトアとフィールの勝負が、威圧感さえ醸しだしていたからである。

 まるで、剣を用いての決闘のような。そんな雰囲気があった。故に、誰も口を挟まなかった。挟んではいけないというルールはないが。


 ツヴァイとエリスも見守っている。目のいい二人は、盤上の戦況を確認することが出来ていた。二人共、口を利かない。

 盤上の状況は、五分五分。まだ、どちらが有利とも不利とも言えない。

 故にエリスは思っていた。『良くない』、と。

 フィール・アトラが、言葉の通り、確かに強いように見受けられた。

 五分五分の状況なのに、何故エリスが、『良くない』という判断をしたのかというと、相手のミスを期待していたからである。フォトアは徹底的に、序盤の定石を覚えるように努力した。そして、それを実行している。

 だが、中盤、後半戦になれば、そこでは思考力が試される。そうなれば、実戦経験の少ないフォトアにとって不利になる。

 そう、序盤で相手がミスしてくれれば、フォトアが有利に立てれば、それでよかったのだ。だが、相手、フィールはミスをしなかった。五分五分のまま、中盤戦にもつれ込むことになる。

 中盤戦以降に一つでもミスをすれば、もう取り戻せない。エリスはそう思った。


 だが、次の瞬間、フォトアがビショップの駒を手に取った。

 何も言わない、無表情のフィール。だが、心の中では、狂気の笑みを浮かべていた。


「(ダメ!!それだけはダメ!!フォトア!!)」


 エリスは前のめりになっていた。絶対に打ってはいけない一手を、フォトアは打とうとしている。圧倒的に戦況が悪くなるわけではないが、確実にフォトアを蝕む一手を。

 彼女は、ビジョップの駒で、フィールの駒を取った。

 フォトア本人は気づいていない。呪いのような悪手を放ってしまったことを。


 フィール・アトラは、フォトアのビショップを無視して、新たな手を放った。その速度は速かった。あらかじめ、予想していたからである。


「(私はどこかで、フォトアを甘く見ていた……そして、その直感は当たっていた……!!この女、強くはない……!!勝てる!私には遠く及ばない!!)」


 フィールは表情を崩さない。しかし、心の底では笑っていた。自分の優位が揺るぎないと判断したからだ。


 フォトアは、フィールの返し手の速さに驚いた。しかし、彼女もそれを表情には出さなかった。

 自分の手は無視された。相手の打った手に、どんな意味があるのか……。

 考える。相手の狙いが、必ずあるはずだ。


 しばらくの後、フォトアは、ハッとした表情を見せた。血の気の引いたような表情。

 それを見て、ポーカーフェイスだったフィールが、思わず微笑した。


「余裕が無さそうね?」


 フィールは対戦中にも関わらず、フォトアに語りかけた。

 フォトアは答えない。両手を握り、盤面を見つめている。

 彼女は、自分が取り返しのつかないミスをしてしまったことに気づいたのだ。そして、フィール・アトラはそれを読んでいた。

 迂闊にビショップの駒を動かしてしまった。その結果、フォトアの形勢は、悪くなったのだ。

 勿論、フォトアも考えながら勝負に挑んでいる。しかし、フィールの実力が、その冷静さを上回ったのだ。間違いなく、強者で無ければすることの出来ない、巧妙な手をフィールは打ったのだ。


「あなたの番よ、フォトア?まあ、いくらでも待ってあげるわ」


 足を組むフィール。余裕たっぷりと。


 フォトアは焦っていた。右手が盤面の上を彷徨う。どの手が、どの駒が、どうすれば、ミスを取り返せるのか……。

 焦りと恐怖が彼女を襲った。未来。負けてしまう未来。そうなれば、自分は……。ツヴァイは……。

 負けたくない。

 負けたくない!

 負けてはいけない!!

 フォトアは歯を食いしばり、懸命に考えた。努力の日々が彼女を支えている。

 

 ツヴァイとエリスは、無言でフォトアを応援していた。心の声で。

 エリスは、フォトアの右手が、クイーンの駒に近づいているのを見た。それを見て思った。ミスは、しょうがない。忘れて、最善手を打ち続けるしかないのだ。今のフォトアは、冷静さを欠いている。『勝つこと』より、『ミスを帳消しにすること』に思考が向いている。今、フォトアが打てるべき最善の手は……。


「ツヴァイ様、時間がないので行動しますが、フォトアを頼みます」


 エリスはツヴァイにそう言い放ち、観客席で。


 抜刀した。


 腰に下げていた鞘から引き抜いた剣だ。クラーレ家の物だった剣。

 人に当たらないように、エリスは剣を振り切った。

 剣が空を舞う。エリスは踊るように、剣舞を行っていた。

 それは当然、注目された。観客も、シラールも、エリスの方を向いた。

 エリスは真剣そのものの表情で、剣を振るっている。型を決めながら。

 いきなり剣舞を披露し始めたエリスに向けられたのは、嘲笑だった。


「おい、なんだあの女?」

「頭でもおかしくなったのか?」

「シラールに潰されるぜ」

「お、踊ってるぞ……踊ってる……どうかしてる……こんな場で……」

「誰だよ!ここにあんな変なやつ呼んだのは!」

「いいぞお姉ちゃん!もっと踊れ!馬鹿な踊りをな!」


 エリスは嘲笑に晒された。シラールは、エリスのことを、場の空気を乱す人物とみなし、素早くエリスに接近し、エリスの腕を掴んだ。


「貴様、なんのつもりだ」


「失礼……踊りたくなったものですから」


「危険人物と見なす。出ていけ!ここから!」


「言われなくても」


 エリスは剣を鞘に仕舞い、フォトアとフィールの方を、一瞬見た。

 頑張れ。

 頑張れ、フォトア……!!


 シラールに連れられる様に、エリスはその場から退場した。



 フォトアは、その一部始終を見ていた。

 エリスの頭がどうかしてるわけがない。エリスは、とても賢い人だ。


 何故、今、剣舞を……。

 剣……?

 騎士……?

 ……ナイト?


 フォトアは盤面を素早く見た。

 そこには、眩しいほどの、美しい白い光を放つ、ナイトの駒が、凛として鎮座していた。



 盤を凝視するフォトア。物理的に駒が光るはずはないのだが、彼女には、確かに光って見えた。ナイトの駒が。

 しばらくの長考。そして、頭の中の点と点が、線でつながった。勝利へ向かう一歩……!

 クイーンの駒に手に掛けようとした手を戻し。ナイトの駒へと手を向ける。

 フォトアの思考は、雷のように素早くまとまっていった。確認はした。これから指す手が最善であると、信じた。思考もそれを後押しした。

 ナイトの駒を掴む。手は荒れていたが、その動作には、まったくの無駄が無かった。

 フォトアは次の一手を指した。ありがとう、ありがとう、エリス……!!

 ナイトの駒を、力強く動かした。

 その時、フィール・アトラは、表情は動かさなかったが、少し動揺していた。


「(想像していた指し手と違う……罠にかからない。しかし、この浮いたようなナイト、意味があるのか?錯乱したか?まったくの、無駄な一手に見える……考えるけど……このナイト、意味はないはず)」


 フィールは少し意表を突かれたこともあり、フォトアと同様、長考した。その際、フィールはフォトアの方をちらりと見た。フォトアは盤面だけを、静かに見据えている。落ち着いている。

 やはりフォトアは弱いという判断を、フィールは下した。この状況で、あんなに落ち着いていられるなど、やはり状況が飲み込めていないに違いないのだから。

 察した彼女。この勝負、やはり私の……。


 そこで、フィールの手が止まった。フォトアの駒、白いナイトを凝視した。

 フィールのポーカーフェイスが崩れた。眉間に少し、皺を寄せたのだ。


「(コイツ……!!)」


 睨むようにフォトアを見るフィール。フォトアは盤を凝視したまま。


「(危ねぇ……甘くてみていた!勝負が終わるまで、相手の実力はわからない!コイツ、強かった……とんでもない手を指してきた……読み切ってるんだ!!だから、冷静でいられている……私に応手はあるのか?あるはず……だが、だが……この、忌々しいナイト……!!フォトア・ブリッジ、コイツは……!!)」


 唇を噛みしめるフィール。それは当然である。フォトアの白いナイトは、フィールの首元に鎌を掛ける、死神の手だったからだ。


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