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どうすればいいの?

「すみません、私、そろそろ行かないと……」


 フォトアとツヴァイの間には、今は距離があった。フォトアは名残惜しくも、別れを切り出した。

 何故、エインセに捨てられたばかりの自分が、ツヴァイに惹かれているのかわからない。

 愛する人を失ったばかりの自分、が人に惹かれていいのか?

 フォトアの心境は複雑だった。


 しかし、確かにフォトアの心は揺れていたのである。

 家柄は関係ない。目の前のツヴァイが、真剣に話を聞いてくれて、嬉しかった。


 黄金の蝶を思い出す。もしも、運命の出会いがあるなら……。

 でも、また傷つくだけだろう。フォトアは臆病だった。

 自分には何も無いのだから。

 才能もない。魅力もない。

 一瞬の幻想だ。


「送りましょうか?」


 当然かのように、ツヴァイは申し出た。その申し出は、フォトアを驚かせた。


「いえ、大丈夫です。そんなに、遠くではありませんから……ありがとうございます」


「日が暮れ始めています。野盗もいないとは言えない。送ります」


 ツヴァイは、強引にフォトアの手を引き立たせた。

 本来、ツヴァイはそこまで積極的ではないが、彼が察するに、今のフォトアにとって必要なのは、強引さだと思ったが故の行動だ。ツヴァイの気遣いだった。

 フォトアは、力強い手の感覚に戸惑いながらも、その手を心強く感じた。


 フォトアの心が揺れ動くように、ツヴァイの心も揺れていた。

 ツヴァイは独身。様々な女性と出会ってきた。だが、いずれの女性も、「ローレン家」というレンズ越しに、ツヴァイの事を見ていた。肩書き目的で近づいてくる女の、なんと多かったことか。


 だが、今、目の前にいるフォトアは、ローレン家のことなど気にしてもいない。

 むしろ、自分では釣り合わないなどと言っている。

 ツヴァイは、心を惹かれた。舞踏会で、フォトアと踊ってみたかった。

 話がもっとしたい。ツヴァイがそんな気持ちになるのは、初めてだった。

 フォトアの前でなら、言葉がどんどん出てくる。強引に、来てほしいんだなどと口にしたが、それは、自分でも信じられないような、積極的な言葉だった。


 ツヴァイが感傷にふけっていると、ナイラーがその場に現れた。


「お話、終わりましたか?」


 ナイラーが言った。


「ああ、すまなかったなナイラー。話は終わった。私はこの女性を送ってから、屋敷に戻る。ナイラー、君は先に帰っていてくれ」


「わかりました。すみません、迷惑かけて……フォトアさん!本当にありがとう!」


 少年は笑顔を見せた。白い歯は健康的だった。日焼けした肌に、綺麗に映る。

 お礼を言われたフォトアは、ナイラーに手を振って見送った。

 ナイラーは市場の雑踏の中に消えていった。


 そして、フォトアは揺れていた。

 送ってもらうべきだろうか。

 臆病なフォトア。

 しかし、その厚意に甘えるのは、自分が寂しさを紛らわしたいだけのような気がした。一人でも、帰ることは出来る。

 ツヴァイは、手紙を出してくれると言った。

 でも。

 もしかしたら、手紙は届かないかもしれない。

 もう二度と、目の前の男性に出会うことは、出来ないかもしれない。

 そう思うと、胸が疼いた。

 最後かもしれないのだ……。


「……ツヴァイさん」


「なにか?」


「送って、いただけますか?」


「当然です」


 ツヴァイは笑顔を見せた。作り笑いではない。本当の笑顔だった。


「色々話したいことがあるでしょう。ブリッジ家まで送ります。なんでも話してください。さぞお辛かったことでしょう。なんでも受け止めます」


 ツヴァイの力強い言葉。

 頼もしかった。

 そしてフォトアは、少し自分を責めた。

 恋人が少し前までいたというのに、目の前のツヴァイに惹かれていることに。


 同刻。

 エインセ・エーデンブルグとエリス・クラーレはクラーレ家の屋敷にいた。

 クラーレの屋敷の雰囲気はどこか重苦しい。それもそうだろう。甲冑や武器など勇ましい装飾品に彩られているのだから。壁の色合いも灰色だ。軍部の詰所と呼ばれても通りそうな暗さ。


 クラーレ家は武力に長けていた。また同時に剣が得意なものも多い。諸外国が万が一戦争を起こそうものなら国の戦力になれるだけの力があった。

 クラーレ家のエリスは女性には珍しいことに剣技が得意だった。

 そのエリスは今緑の装束を身につけていた。短い銀髪とよく似合った。

 そして自分自信でも、この姿は美しいでしょう?とでも言いたげな自信のある表情。

 対するエインセも緑色の装束を身につけていた。いつもの青い礼服は着ていない。

 緑。クラーレ家の者が好む格好だ。


 二人は今クラーレの屋敷の大広間にいる。床は石造りだ。無骨だがしっかり踏みやすくはなっている。

 エインセとエリスの周りに数名人がいた。その人達は二人の方を見ている。しかしそんなこと関係ないとでも言うかのように二人はどちらともなくキスをした。お互いの姿しか見ていない。


「エインセ、驚く事があるわよ。良い知らせ」


「なんだい?エリス」


「私、ローレン家の舞踏会に招待されたのよ。今まで秘密にしていたわ……」


「え!?あのローレン家の!?凄いじゃないかエリス!いや君なら当然か……」


 エインセは微笑んだ。ローレン家の舞踏会といえば貴族の誉だ。エインセは喜んだ。自分が手に入れた女はやはり優秀なのだ。フォトアなどとは格が違う。


「それに……招待状が一枚余っているの。自由に友人を誘ってもいいらしいわ。ね、あなたも行きましょう?私達、一流の人間なのよ」


 エリスは不気味に微笑む。一流……。


「それはすごい!やっぱり君は最高だよエリス。君と結婚できるなんて夢のようだ」


 エリスを持ち上げるエインセ。褒められて悪い気分になる女はいないだろう。エインセの意図。


「大したことじゃないわよ。ローレン様に私の剣技を披露しようかしら」


「きっと気に入られるはずだ」


「ローレン様は大層な男前だそうよ。ま、私が好きなのはエインセだけどね」


「エリス」


 二人は再びキスをした。

 そしてエインセは何か閃いたようだった。


「少し面白い冗談を思いついたよ」


 エインセが不敵に笑った。


「あら、なにかしら」


「その招待状、フォトアに送ったらどうたい?」


 エインセが笑いながら言った。

 それに反応してエリスがとんでもなく大きな声で大笑いした。


「最高よエインセ。今までの冗談の中で一番面白い」


「いい転倒会になるとは思わないかい?何回転ぶのやら」


「その前に追い出されるわよ」


 エインセとエリスは笑い合っている。

 醜い人間の悪意を身にまといながら。



 フォトアとツヴァイは二人で歩いていた。フォトアが辿ってきた道をそのまま帰っている。

 右手に大きな畑が見える。馬車を使うこともツヴァイには出来たがそれをしなかった。歩いてフォトアと話がしたかったのだ。

 市場はだんだんと遠くなり二人の歩く道は静かだった。道が広がっている。山も。畑も。

 一台の馬車がフォトア達を追い越した。馬車の乗客がフォトア達を見ながら温かい視線を二人に送っていた。


 フォトアはツヴァイに身の上の話をした。

 ブリッジ家に生まれたこと。

 ブリッジ家の皆を家族だと思っていること。

 農作の素晴らしさ。

 自分はとても幸せに暮らすことが出来て幸せ者だと。

 家族に感謝していると。


 ツヴァイはフォトアの話を聞きながら慎ましい女性だと思った。フォトアは無意識に傷んだ手を隠そうとしていたがツヴァイにはそれが見えていた。

 その手はとても輝いて見えた。幾つもの白く傷一つ無い手をツヴァイは見てきたが、今目の前にいるフォトアの荒れた手はとても美しく見えた。


 二人でこのまま歩いていく時間がずっと続けば良いとツヴァイは思った。目の前のフォトアは心がとても傷ついている。

 助けてあげたい。

 この女性の傷を癒やしたい。

 そうツヴァイは思った。しかし楽しい時間優しい時間もいつかは終わる。ブリッジ家の屋敷はもうすぐだ。


 しかし同時にフォトアもツヴァイともっと話がしたいと思っていた。今日出会ったばかりのツヴァイに色々な話をしてしまった。

 何故だかわからない。

 ツヴァイの長い銀髪を見る。

 改めてツヴァイは繊細な顔立ちながら男らしいとフォトアは思った。傷ついた自分を気遣ってくれている。それをひしひしと感じた。その優しさが身に沁みた。

 だがエインセと恋をしていた自分がツヴァイを男らしいと思うなど、許されないと思った。自分が好きだったのはエインセなのだ。それでも、それでもツヴァイに惹かれてしまうのは何故なのか。

 わからない。

 わからないという言葉が何度も頭の中に流れた。

 傷ついたからだろうか。

 その痛みを忘れるために別のものを求めているのだろうか。

 だとしたらそれは許されない。

 他人を穴埋めに使うなんて許されない。フォトアは俯いた。


「フォトアさん?大丈夫ですか?」


 俯いたフォトアを見てツヴァイが話しかけた。


「あ、ええ……すみません、色々と聞いてもらっているのに」


「構いません。私が聞きたいだけです」


 ツヴァイはフォトアの方を向いた。今一度言おうと思ったのだ。


「フォトアさん、ローレン家の舞踏会に来てください。あなたはそんな気持ちにはなれないかもしれない。それでも来てほしい。少しでも傷を癒やしてほしい。私はもう一度あなたに会いたい。もう二度とは会えないかもしれない。それは嫌だ。私の勝手を聞いてはくれませんか」


 ツヴァイはフォトアの手を取った。

 お互いの顔が見える。

 ツヴァイの瞳は微動だにせずフォトアを見つめていた。

 フォトアの瞳には少し涙が見え、そして揺れていた。

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