最強仲間の一言
「そんなんで勝てると思うな!!」
怒声。ブリッジ家の屋敷、本館とは離れた、こじんまりした木製の小屋の中で、木のテーブルに置かれたチェス盤をフォトアとエリスが見ていた。二人は相対して座っている。
「ごめんなさい」
「謝るんじゃない。問題なのは、なんで負けたのか考えること。はい、10秒で考えて」
「ええと……」
フォトアは真剣な顔で考え込んだ。考え事は得意な彼女だったが、チェスとなると、難しくなってしまう。
「はい、駄目。思考力、そして速さ。両方を兼ね備えていないと、勝てないよ。勝つ気あんの?やる気が無いならさっさと諦めて、婚約者を渡したら?貴女の想いってその程度なの?」
エリスは冷たい表情だった。しかし、彼女は『努めて』冷たくしている。フォトアに残された時間は少ない。それを理解していたし、自分が嫌われても、勝ってほしかったからだ。
「ごめんなさい、エリス。もう一回お願いします」
「わかった、始めよう。いい?真ん中よ。真ん中のエリアを制圧するのよ。そうでなくては、勝てない。それと、駒をタダで取られるなんて、言語両断だからね。その方面は、得意でしょ?味方の駒を守る盾をつけるのよ。私が先手。吸収できることろはお手本にして」
エリスは黒のコマを掴み、盤上にコツリと動かした。
二人共、休憩しようともしない。ひたすらに、お互いが盤を見つめる時間が続いていた。
エリスの感想としては、フォトアはなかなか筋が良い。というよりも、教えを全て吸収するほど、物覚えが速い。そう感じた。愛が、フォトアを突き動かしているのだろう、と。
だが、チェスは物覚えが良いだけで勝てる競技ではない。定石を知っていれば、その分、試合で小さなミスをすることは少なくなるが、やはり、その場の判断力、思考力のキレが必要になってくる。それを身につけるには、やはり実践するか、他者の試合を徹底的に研究するしかない。
慣れ、という概念である。フォトアはエリスに、何回も試合を申し込んだ。そして、エリスの言うことを素直に聞いた。フォトアにとっては、エリスがとても頼もしい友人だった。
小屋に差し込む光が、次第に暗くなっていた。夜が訪れているのである。
エリスは髪をかきあげた。なかなか、教え甲斐のある生徒というか……。
「フォトア、一旦休憩にしましょう。思考力は、限界までは長続きしない。休むことも大事よ」
呼びかけるエリス。しかし、フォトアは盤を見つめている。綺麗な瞳で、見つめている。
エリスはため息をついた。妬けるというか、なんというか……。
「フォトア!」
「はい!?」
フォトアは今度こそ、驚いた表情で、エリスの方を向いた。
「休憩」
「あ、ごめんなさい……確かに、もう日が暮れ始めていますね。疲れさせてしまったかもしれません」
「私は大丈夫だよ。それよりもあなたが心配。思考力は、限界までは長続きしない。これ、二回目」
「二回目?」
フォトアは目を丸くしている。彼女の記憶にない。
「本当にツヴァイ様の事が好きなのね」
「はい」
「……いつも、控えめだけど、それに関してはブレないわね、貴女……そこが、いい所なのだけど。さ、何か食べましょう。食事を摂った後というのは、集中するのが難しい時間だから、休憩中に食べてしまうのが一番効率が良い」
エリスは効率という言葉を使った。そう、最早、一刻の猶予も残されていないのだ。フィール・アトラが主導権を握っている。決闘の日時を決めてくるのは、フィールなのだ。もし、決闘するのが早い時期だった場合、フォトアは窮地に追い込まれることになる。修行する時間が足りていない。熟練の人間さえミスをしてしまう、チェスという競技で勝つのが、いかに難しいことか。
それに、フィール・アトラは、自分が有利になる場所を、決闘の舞台に決定してくるだろう。第三者がいなければ決闘の信憑性は失われるが故、必ず、一人以上は、第三者の観戦者が存在するはずだ。
「エリス、私、勝てるでしょうか?ツヴァイと、幸せを掴むことは出来るでしょうか。覚悟はあります。しかし、心に残る不安だけは、消えないのです」
小屋から出て、ブリッジ家領内を二人で歩んでいる。フォトアの表情は暗い。
質問されたエリスの回答は、エリスの頭の中では、『わからない』だった。フォトアの成長は速かった。しかし、このまま修行を積んだとしても、本気のエリスに勝てるとは到底思えなかったし、対戦相手、『一度も負けたことがない相手』という単語が付きまとう。
それらを加味した上で、エリスは言い放った。
「勝てるよ。センスある」




