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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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振り返らず等価交換

 しばらくの期間が過ぎた。そんな、とある日の夜。

 フォトアが、なかなかツヴァイと会える機会を得られなかった期間。彼女は、実家の食堂で、一人でぼんやりとしていた。人もまばらにいる。人の会話が聞こえる中、考え込んでいた。

 ツヴァイが忙しいのはわかっている。しかし、もっと会いたい。そんな思いを起こしては、そんなことを願ってはダメだと首を振る。ツヴァイは忙しいのだ。会うことを無理強いしてはダメだ。そう思いながらも、心の中は、ツヴァイのことで埋め尽くされていた。

 いけない。相手の立場、忙しさを思いやれなければ、迷惑になる。パートナーに、そんな負担を押し付けてはいけない。

 でも……。

 いけない。

 フォトアは思考を止めた。

 最後にツヴァイに会った時、彼がいつものように柔らかな雰囲気ではなく、どこか気難しそうにしているような気がした。

 私は、何か悪いことをしてしまっただろうかと、フォトアは思った。もしそうなのであれば、謝りたい。

 そして、自分の心と向き合ったフォトアは、一つの感情に気づいた。

 ツヴァイの傍に居たいという、希望。それは、弱さ。人を愛することで、人が弱くなる。


「(お側に居させてください)」


 フォトアは目を瞑り、一人、祈った。ただ一人の運命の人に。



 早朝。ツヴァイは、銀の礼服を着こなしていた。銀髪も、綺麗に流れている。

 その服は、ツヴァイが持っている服で、最高級の品だった。それを着る機会は少ない。国王に謁見する時のための、特別な服。

 ツヴァイは、国王に対して、直々に今回の件について問い詰めようとしているのだ。丁度、ローレン家の前で、馬車に乗り込むところだった。


 彼は考えていた。アトラ家がブラフを張ってくるとは思えない。おそらく、ツヴァイとフィールの縁談は、王命なのであろうと確信していた。

 だからこそ、直接赴かなければならない。己の気持ちを、国王に話すために。フォトア・ブリッジを、いかに愛しているのかということを。

 言葉を通す。それが、無駄に終わった場合は……。


 思考するツヴァイを乗せて、馬車はガタガタと揺れ、アルヴァン国王の待つ城へと向かっていく。途中、信頼出来る御者が、後ろを向いて話しかけてきた。


「ツヴァイ様、大丈夫ですか?難しそうな顔してますけど」


「そう見えるか?」


「見えますよ。それくらいわかります。国王に、何の用事が?」


「ああ、とても大切な用がある」


「教えて下さいよ!」


「そうだな……お前に言っておこうか。いいか、一度しか言わないぞ」


「え?」


「私がいなくなったら、ローレン家を頼む。家の信頼できる部下には、もしもの為に書き置きをしてある」


「え、え!?いなくなるってどういう!?」


「二度は言わない」


 御者は思わず馬車を停止させた。無理もない反応と思われる。


「こ、国王に何を言うつもりなんですか!?く、国への反逆ですか!?」


「反逆なのかもしれないな」


「いやいや!それはダメでしょう!!落ち着いて下さい!そんなことを言っている人を、国王陛下の元に連れていけませんよ!理由を聞かせて下さい!」


「仕事と仲間を失い、自暴自棄になったお前と、私が出会ったのは、何年前だ?酒を酌み交わしたのは?」


「え……いや、五年前ですけど」


「お前は私のことが嫌いか?」


「とんでもない。信頼してますよ」


「お前の今の仕事はなんだ?」


「御者です」


「馬車を走らせてくれ」


 ツヴァイは真っ直ぐに前を向いていた。

 それ以上の言葉は、いらなかった。

 御者も、ツヴァイの言葉に、何も言わなかった。

 それは、お互いの信頼の証。ツヴァイは己のやるべき事を、そして、御者は、己のやるべき事、馬車を走らせることをする。


「揺れますよ」


「すまないな」


 馬車が再び動き始めた。信頼と、愛情と、挑戦と、反逆を乗せて。


 フィール・アトラは、外を陽気に散歩していた。天候は曇りだが、雨は降っていない。

 彼女は、ただ目的がなく歩いていたわけではない。場所が問題なのである。フィールが歩いているのは、ブリッジ家の領内だったのだ。

 彼女の目的は一つ。人の人生を傷つけること。それだけだった。悪意の矛先はフォトアへと確実に向かっていた。


「(絶望するかしら?殴りかかってくるかしら?刺し殺すのかしら?ああ、楽しみ……そう、混乱した女は、何をするかわからないものね)」


 途中までは、馬車でやってきたフィール。その悪意の塊がブリッジ家に到着するのは、時間の問題だった。



 ブリッジ家にて。フォトアは、フィールがブリッジ家に向かっていることを知らず、家事に追われていた。日常生活を支えるのは、とても大変なことだ。

 洗濯物を運んでいるフォトアは、ぼんやりとしていた。ツヴァイのことを想っていたのである。

 結婚という言葉が、彼女の頭をよぎった。結婚すれば、ツヴァイと居られる時間は長くなる。

 お側にいたい。

 ただ、それだけ……。

 そんな想いの刹那、廊下を歩いていると、玄関の前を通り過ぎる時、来訪者の姿が見えた。

 フィール・アトラである。美しい茶髪をなびかせている。服は白いワンピース。

 フォトアは、フィールを見た。見に覚えのある人物ではなかった。対応することに決めたフォトア。


「お客様ですか?」


「あ、はい。そうです。貴女の悪夢です」


「あ、悪夢……?あの、お会いしたことがありましたっけ?」


「いいえ、ありません」


「私はフォトア・ブリッジです。貴女は……?」


「あらあら、ご丁寧に。私は、フィール・アトラです。知っていますか?」


「フィール・アトラ……」


「そう」


 フィールは指を立てた。


「ツヴァイ・ローレン様と結婚するのは、貴女じゃない。私、フィール・アトラがツヴァイ様と結婚するの。お分かり?フォトア・ブリッジ」


「え……?」


「ご存知のはずでしょう?」


「……いきなり何をおっしゃるのですか!?違います!ツヴァイは、私と結婚するのです!」


「何も知らない?」


 クスクスと笑うフィール。

 理解しようとするフォトア。


「ツヴァイ様は、男前ですわね。ああ、フォトア。貴女は確かに、ツヴァイ様と婚約しました。けれど、それは一瞬の夢なのですよ。アトラ家は、『王命』により、ローレン家と婚約するのです」


 王命。嘘だ、とフォトアは思ったが、一つの心残りがあった。手紙のことだ。アトラ家から届いた、ツヴァイへの手紙。そして、最近ツヴァイと、あまり会えない……。


「どうやら、何も知らないようですね。ツヴァイ様は、貴女に何も話していないようで?信頼されていないのですね」


「う、嘘です!ツヴァイは、私を裏切ったりしません!」


「だったら、直接聞いてみたらどうですか?王命により、ローレン家は、アトラ家と婚約するという事実を。どうして、貴女に話さないのでしょうね?嘘でもない、真実です。王は我々の婚約を願っています。そして王命は、貴族ならば、避けられぬ運命。お分かりですか、フォトア?貴女の恋など、夢物語なのです」


 すらすらと、伏し目で語るフィール。

 フォトアは、理解を追いつかせるのに、精一杯だった。目の前の人物が語っていることが、真実だと、直感で察した。嘘で、こんなに堂々どすることは出来ない。

 ツヴァイが遠くへいってしまう。

 自分の手が届かないところまで。

 玄関の前には二人だけ。外は曇り。

 フォトアの心に、一瞬、自分はまた捨てられるのではないかという気持ちが浮かんだ。

 しかし、それを振り払う。自分を恥じた。疑うなんてとんでもない。ツヴァイは、運命の人なのだ。辛い時期を支えてくれた、大切な……。


「私はツヴァイを信じています!!貴女、フィールさんが何を言おうとも……私は、ツヴァイを信じます!!」


 フィールの顔に苛立ちが浮かんだ。その理由は、相手が絶望していないこと。もっと、苦悶の表情を見るのが、彼女の望みだった。

 だが、どうだ。目の前のフォトア・ブリッジの瞳には、光さえ宿っている。それが、何よりもフィールを苛立たせた。

 別の手段を取るしかない、そう、相手に希望を与えるという選択肢を、フィールは閃いた。希望を与え、徹底的に打ちのめす。約束を結ぶのだ、と。


「フォトア、そんなにツヴァイ様を求めるのなら、私と勝負しましょう?もし、私と勝負して、私に勝つことが出来たなら、私はツヴァイ様と婚約するのを諦めてもいいわ。どう?私と勝負しては?」


「……どうやって決着をつけるのですか」


「決闘。しかし、肉体を使うのは野蛮……チェスでの決闘。頭脳戦です。いかが?」


 チェスと言われたフォトアは、怯んだ。自分が、チェスが強くないことを理解していたからだ。

 躊躇するフォトア。しかし、勝負に勝てば、相手は諦めると言っている。自分の実力さえあれば、ツヴァイを誰にも渡させない。

 そう考え、フォトアは自分の気持ちに、再び気づいた。

 ツヴァイを渡したくない。醜い独占欲かもしれない。

 それでも。

 それでも!!

 独占欲だって、構わない。ツヴァイと一緒にいたい。

 そうだ。独占欲の塊だ。それくらい、一緒にいたくて、傍にいたくて、一緒に歩いていきたい。何度もツヴァイの顔が頭に浮かぶ。悔いたくない。諦めたくない。

 ツヴァイが手紙の内容を隠しているのは、きっと、自分一人で考え込んでいるからだ、フォトアは考えた。優しい人だから。自分など到底かなわない、優しい人だから。

 彼のことを、一瞬でも疑った自分を恥じた。

 フォトアは、自分が何もしないでどうするのか、そう思った。


「わかりました。貴女と、チェスで勝負します」


「あら、物分りがいいのね。では、契約成立。ただ、不平等よね?」


「不平等?」


「そう。だって、私は負けたら、ツヴァイ様を諦めなければならないのに、あなたは負けても、何も起こらない。条件を平等にしましょう。私が勝った場合……フォトア・ブリッジ。二度とツヴァイ様に姿を見せないことね」


「それは」


「契約は成立しましたからね。ああ、あと、残念な事を教えてあげます。私ね、チェスで誰かに負けたこと、一度もないの。ここで勝負するというのは、流石に心の準備も出来ていないでしょう。近いうちに、手紙を送ります。決闘の日時を添えて、ね。楽しみにしているわ、フォトア。では、私はこれで。ごきげんよう」


 フィールは楽しそうに振り返り、玄関から悠々と出ていった。

 取り残されたフォトア。フィールの後ろ姿が見えた。

 勢いで、フィールとの決闘を引き受けた。だが、フォトアはチェスが強いわけではない。ツヴァイへの想いが早まり、約束をしてしまった。自分の手で掴み取らなければならないと。ツヴァイを渡したくないと。

 フォトアは一生懸命考えた。決闘は避けられない。だから、何らかの手段で勝つしかないのだ。だが、フィールは恐ろしいことに、一度も負けたことが無い、と言っていた。

 怯えの感情が、フォトアを襲った。負けてしまったら……。

 拳を強く握りしめる彼女。思う。勝たなきゃ。勝たなきゃ……。

 彼女は、すぐに行動することにした。この状況を乗り切る、ただ一つの手段。

 チェスで『勝つ』ために。


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