ツヴァイの戦うべき相手
一人、扉から外へ出たツヴァイ。彼は、廊下の壁に寄りかかりながら、手紙を開封した。
『拝啓 ツヴァイ・ローレン様
フォトア・ブリッジ嬢との婚約の件、アトラ家の耳に入りました。
本題に入ります。その婚約は、今すぐ破棄してください。
ツヴァイ様には、アトラ家の次女、フィール・アトラと婚約してもらいます。
これは国の将来を決める、絶対的な審判であり、王命です。
我が国の王が、我々の将来を決定したのです。
この要請は、アトラ家だけの物ではありません。繰り返しますが、王命です。
我ら貴族は、それに対して、首を横に振る権利などありません。
もし、ツヴァイ様が要請の通りに、速やかにフォトア・ブリッジとの婚約破棄をしてくださるのであれば、ブリッジ家は平和に暮らせるでしょう。
しかし、万が一、王命とアトラ家の方針に背き、フィール・アトラと婚約しなかった場合、ブリッジ家の将来は保証しません。ローレン家もです。
フォトア・ブリッジの命が惜しければ、素直に国の方針に従って下さい。
貴方が賢明な判断をすることを、心から望んでおります。
ハリオン・アトラより』
ツヴァイは手紙を読み終えると、その手紙を、真っ先に懐に隠した。
誰にも見られるわけにはいかない内容。
後ろを振り返った。扉は閉まっている。フォトアとエミールは、外に出てきていない。
紅茶を飲むと言った手前、二人の待つ部屋に戻らなければならない。
しかし、ツヴァイは動揺していた。当然だ。手紙の内容は、脅迫まがいの物。
なんとか呼吸を整えるツヴァイ。彼は、アトラ家とは、親交がないわけではなかった。何度もアトラ家の者と話をし、共に、国王のところに向かったこともある。
そんなアトラ家が、このような言動を取るとは思えなかった。良識のある貴族たちだったはずだ。
ハリオン・アトラ……。
幸せだったツヴァイの目の前に訪れた壁は、とても高かった。
フォトアと、結婚の段取りを決めるはずだった。しかし、今では到底、それは出来そうもない。目の前に訪れた問題を、解決するまでは。
部屋に戻れば、フォトアとエミールは笑顔を向けてくれるだろう。だが、ツヴァイはその笑顔に応える自信がなかった。
『フォトア・ブリッジの命が惜しければ、素直に国の方針に従って下さい』。
脅迫。アトラ家が、もし、そんな暴挙に出るのであれば、フォトアを守りきれるだろうかと、ツヴァイは思案した。
それは、とても難しい。とても……。
ツヴァイは、頭のスイッチを切り替えた。まずは、部屋に戻り紅茶を飲む。そして、何事も無かったかのように振る舞い、その後、ローレン家に戻り、事実、そして状況の確認を行い、ローレン家の頼れる部下と相談する。絶対に、フォトアに知られるわけにはいかない。フォトアを不安にさせるわけにはいかない。不安にさせたくない。自分が、守りきらなければならないと、ツヴァイは決意した。
男だからだ。
女性一人、守れない男などいらない。
フォトアの笑顔が頭に浮かぶ。
人生でたった一人の、運命の女性。
誰が相手だろうと、守ってみせる。
たとえ相手がアトラ家であろうとも。国王陛下であろうとも!!
呼吸を整え、彼は再び、フォトアとエミールの待つ部屋への扉を開けた。
フォトアが、エミールと共に紅茶を飲んでいると、部屋の中にツヴァイが入ってきた。それを見たフォトアは立ち上がり、ツヴァイに笑顔を向けた。
「おかえりなさい、ツヴァイ。手紙は、重要な物だったのですか?」
「ただいま戻りました。いや……大したことはない手紙でした。ただの雑談のような内容だった。さて、折角淹れてくれた紅茶を飲まなければならないな」
ツヴァイは笑顔で緑の椅子に座った。勿論、彼の言葉は演技。実際の所、危ういことこの上ない現実。
しかし、それを悟られまいと、ツヴァイは優雅に、紅茶の白いカップを手に取った。
絶対に、フォトアを不幸にはさせない。自分一人の問題だと、彼は一人で抱え込んだ。
「ツヴァイ……?何か、先程までと雰囲気が違う気がします」
フォトアの頭の上に、クエスチョンマークが出ている。
「いや、雑談もなかなか難しいな、と思いましてね。手紙のことです。今度、アトラ家に向かわなければなりません」
「お茶会のお誘いでしょうか?かなり、仕事も立て込んでいるとか……身体には、どうかお気をつけて下さい。私は後回しで構いません。もう、身にあまりほど、幸せですから」
フォトアの眼差し。人を心配する、綺麗な瞳。
「この紅茶の味と、貴女の優しさがあれば、なんとでもなります」
ツヴァイは、味わうように、ゆっくりと紅茶を啜った。




