エリス・クラーレの叫び
お茶会、あるいは飲み会ともいうそれは無事に終わりを迎えようとしていた。
エリスと共に酒を飲んでいた男は大いびきをかきながらダウンしている。エリスの方は全然歩けるくらいだった。
エリスは皆に心を開き、またそれに応えるように皆もエリスに心を開いた。
エリスは安堵感を覚えていた。
自分が心を開いていなかっただけ。
自分が周りを遠ざけていただけ。だから孤立していただけ。
人と話すことがなんと心地よいことだろう。
今まで迷惑ばかりかけてきた……。
これから償いをするんだ。自分の人生の立て直しをするんだ。
みんなで幸せになるんだ。
エリスは、お茶会の後始末はお任せくださいといった使用人たちに後を任せ自室へと向かった。やらなければならないことがあったからだ。
明日までに手紙を書こうと思っていた。エインセに向けて。
エインセは挫折していない。だからきっと自分の言葉は届かない。
それでも変わってほしい。自分の大切なパートナーなのだから。
人を変えようなど、おこがましいのかもしれない。
それでも。
幸せになってほしいから。
言葉が届かなくても変わっていく自分の背中を見せるんだ。
ツヴァイ・ローレン。ローレン家にてツヴァイとフォトアは一緒にいた。
フォトアがツヴァイに会いたいと言ったのである。フォトアはローレン家を訪ねた。
突然の訪問だったがツヴァイは喜んだ。愛しの婚約者が来たのだから当然である。
フォトアは白のワンピース姿でツヴァイもまた白いスーツだった。
「ツヴァイ、今日エリス・クラーレさんと会ってきたのです」
「え?」
ツヴァイは驚いた。それと同時に危機感を覚えた。もしやまたしてもフォトアに酷いことを言ったのか?
「エリスは私の数少ない友人になってくれました」
ツヴァイの考えとは別方向の発言をフォトアは恥ずかしそうにしながらしていた。
「友人……?」
「はい。たくさんお話をしました。前は、傷つけられましたけど……あの方にはそうせざるをえない環境があったんです。辛い環境が彼女にはあったんです。私に全部話してくれました。そしたら、エリスが愛おしくなって、人間らしくて、私、良い友人が出来て嬉しかった」
「しかし、この前の仕打ちは……」
「あれは仕方のなかったことです。今はそう思います。エリスと料理を作ったんですよ。あの方はとても努力家だったんです。この前の発言は環境から生まれてしまったものだと思います。環境は人を作ります。私の理想ですが、誰しも幸せになる権利があると思うんです。でも、環境が人を作って、相容れない環境がぶつかって、争いが起こる。それは避けられなくて、でもその事実にさえ気付ければ、幸せに一歩近づくことが、相手に歩み寄ることが出来ると思うんです」
フォトアはどこか遠くを見るような目で言った。
ツヴァイはフォトアの理想を黙って聞いていた。
理想。現実。思想。まるで本を読んでいるかのように感銘を受けるフォトアの価値観。
「私も、少しエリス・クラーレには厳しすぎたかもしれない」
ツヴァイはため息をついた。やり過ぎだったかもしれない。しかしフォトアを傷つける者は許せなかった。
「今度、エリスとまた会えます。今のエリスは、あの方はツヴァイにも心を開いてくれると信じています。今度一緒に食事をしませんか?三人で。私の友達のいい所をツヴァイに知ってほしい」
フォトアは微笑しながらツヴァイに語った。
自分はここまで強くはなれないだろうなとツヴァイは思った。
エインセ・エーデンブルグへ
私は過ちを犯した。
人の心を省みることをせず冷たく接してきました。
自分の使える駒だけに笑顔を向けました。
色んな人に助けられているということにすら気づきませんでした。
愚かでした。
だから、私は変わらなければなりません。
私の正直な気持ちを伝えます。
貴方はフォトア・ブリッジに謝らなければならない。
謝らなければならないの。
理不尽な婚約破棄など許されることではありません。
女にとって婚約がどれほど大事なことか。
勿論、私にも責任がある。その償いをしなければならないと思います。
フォトアは私の大切な友人になりました。
エインセ、あなたは酷いことをしたのです。
確かにあなたは優秀かもしれません。いい家柄かもしれません。
でも、どこかで、人生のどこかで自分を振り返らないと、貴方は幸せになれません。
馬車に乗って揺られているだけで、幸せを感じることも出来ます。
不幸をわからなければ幸せはわかりません。
お願い。変わってください。私、あなたに幸せになってほしいの。
あなたに幸せになってほしい。
本当の願い。
一緒に私と幸せになって。
婚約してくれた。結婚してからも絶対に幸せにする。
貴方に尽くすから。
だから、人の心を、ほんの少しでもわかってほしい。
私が言うなんて都合がいいってわかってる。
今更だってわかってる。
婚約した時にくれた花束を覚えていますか?
あれは私を喜ばせようとしたのではないの?
その心を他の人にももってほしい。
ごめんなさい、手紙を書いていて、涙が溢れています。
なれない?
私達、幸せになれないの?
ごめんなさい、可笑しいですね。手紙で動揺するなんて。
私が気が狂ったと思われたら、私は引き下がります。
でも、私の本当の叫びを聞いてくれるなら、私は貴方に尽くします。大好きよ。
エリス・クラーレより




