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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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戦術遊戯

 二人は楽しく食事を終えた。幸せ時間だった。

 そして食事を終えた二人がごちそうさまをして再び厨房に向かおうとしたその時、二人に近づいてくる人物がいた。

 エミール・ブリッジ。フォトアの父。

 フォトアはエミールに、エリスからひどい仕打ちを受けたことを話していたので波乱の予感がした。


「こんにちは。フォトア、そのお嬢さんは?」


 エミールが不思議そうにエリスの方を見ている。


「ええと、エリスです。エリス・クラーレ」


 フォトアはゆっくりと答えた。


「エリス・クラーレ……?」


 エミールの顔が険しくなった。エリス・クラーレ。フォトアの敵。


「何か嫌味でも言いに来たのですかな?しかし何故二人で食事を?私の娘を傷つけないでいただきたい。私はフォトアの父です」


 エリスはその言葉を聞いて現実に引き戻された。

 浮かれていた。

 フォトアの父が自分を敵視するのもわかる。

 あれだけのことを言ってしまったのだから。

 友達になる権利なんて無いはずなのだ。

 エリスは少し拳を握りしめて悔いた。


「待ってくださいお父様!確かにエリスは酷いことを私に言いました。しかしエリスは変わったのです。今は私の大切な友人になりました。どうか責めないでください」


「庇わなくていいよ。それだけのことを私は言ってしまったんだから……ごめんなさい、フォトアの父上。私帰ります」


 エリスはゆっくりと席から立ち上がった。


「料理、楽しかった。美味しかった。ありがとう」


「待ちなさい」


 フォトアの父エミールがエリスを呼び止めた。


「ごめんなさい」


「謝れと言っているのではありません。フォトアが友人だと言うのならそうなのでしょう。友人であるならばあなたは歓迎すべき客人です。フォトアはなにせ友達など少ないもので……エリス・クラーレさん。くつろいでいくとよろしい。しかしフォトアを傷つけないように」


「お父様、大丈夫です。エリスは色々な経験を体験してきたんです。変わろうと思っているんです。私はエリスが変わるのを手伝いたいんです。変わったこの人と仲良くなりたいんです」


 フォトアは真剣な眼差しでいった。

 席から立ち上がっていたエリスは心を動かされた。


「私もフォトアの良き友人でありたいです」


 エリスもフォトアのように真剣な眼差しでいった。フォトアとエリスの間に芽生えていたのは絆だろうか。

 エミールは二人の様子を見て初めて笑顔になった。


「やれやれ……間に入る余地もありませんな。私は失礼します。チェスの相手でも探してきます」


 エミールは肩をすくめた。


「あ、私チェスは得意です」


 エリスがいった。


「エリス、チェスが出来るの?私は出来ない……お父様から何回か教わったけれど」


 フォトアは顔を輝かせている。


「ほう……では、なにかの記念ですね。チェスのお相手をお願いできませんか?」


「喜んで」


 黒いワンピースを揺らして、エリスがお辞儀した。

 これが平和である。優しさが運んできてくれた平和である。



「うむ……」


 場所は移りエミールの部屋。たくさんの本に囲まれながら、机の上にあるチェス板の前にエミールとエリスが座っている。そしてエミールは唸っている。


「もう一回お願いできませんかな」


 エミールがいった。もう既に三ゲームは終わっている。エリスの全勝である。


「お父様、エリスが困ってしまいます」


 フォトアは再戦を挑む父が子供みたいでくすくす笑っていた。


「む、そうか……そうだな。この辺にしておこう。しかしお強いお方だ」


「ありがとうございます」


 エリスは白い駒をトントンと叩きながら応じた。


「フォトア、お前もエリスさんのチェスを覚えてくれれば私とてしも時間潰しが出来るのだが」


「私には向いていないと思います。なんだか怖くて……」


「怖い?」


 エリスが首を傾げた。


「駒が一個取られると帰ってこないでしょう?もったいないもったいないって言っている間にどんどん駒が取られてしまって……」


 フォトアは苦笑している。


「ゲームだからそんなに気張らなくてもいいんだよ。囮の駒達も必要。必要な犠牲なの。最終的に負けてしまっては散っていった駒たちも浮かばれないよ」


「うーん、それは確かに」


「でも、フォトアがそういう性格なのはわかる気がする」


 エリスはくすりと笑った。

 フォトアとエリスは打ち解けている。エミールは内心一体なにがあったのだろうかという思いだったが、二人の笑顔を見てその思いは封印した。娘に友達が出来たのだ。


「エインセ・エーデンブルグ」


 エリスは不意に呟いた。その言葉にフォトアとエミールは大きく反応した。


「エインセがなにか?」


 尋ねるフォトア。


「私ね、変わろうと思ったの。人生をやり直そうって思ったの。そしてエインセも変わってくれることを望んだ。だけどエインセは変わってくれそうにない。説得なんか通用しないって、私よくわかってる。私がそうだったから。私が悪意の塊だったから。エインセはきっと謝らない。だから私がエインセが酷いことをしたことを私が謝らなければならない。ごめんなさい」


 エリスは頭を下げた。表情は寂しそうだ。


「頭を上げて、エリス」


 フォトアがエリスの両肩に触れた。


「エインセの代わりに謝ってくれてありがとう。そう、きっと人って変わることは難しいだと思います。言葉が届かないときもあります。だけど、いつか変わってくれると信じて自分の背中を見せ続けることが大事だと思います。立派な背中を見せていれば、いつかその姿に感銘を受けて変わってくれるかもしれない。私はエインセのことは嫌いになりましたけど……エリスの婚約者ですもんね。エリスは立派な方です。いつかエリスの背中がエインセを変えるかもしれません。だから芯を持って」


 フォトアは両の目でエリスを見つめている。


「背中を、見せる……」


 言葉を反芻するエリス。


「そうです」


「……わかった。フォトアが言うならやってみる」


「ありがとう」


「ありがとう?こっちの台詞だよ」


「いえ……言葉を信じてくれてありがとうございます」


「お互いに謝ってばかりね」


「そうですね」


 二人は微笑を浮かべた。エミールは静かにその様子を見守っていた。

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