ラブラブなのかもしれない
その後二人がどうなったのかというと、非常に話に花が咲いた。意外かもしれない。
エリスは最初はフォトアに対して負い目があってたどたどしい話し方だったが、フォトアの明るい笑顔に徐々に言葉は普通に戻っていった。
エリスがクラーレ家の話をするとフォトアは興味深そうにそれを聞いていた。本当に気になったのだ。フォトアの知らない世界。
二人はとある話題に関しては言及しなかった。エインセ・エーデンブルグのことである。あの性悪男のことを二人はまったく話さず話に花を咲かせた。意図的に避けてのことかもしれない。
「私、男に生まれたかったのよ」
エリスは笑顔でいった。フォトアの笑顔がエリスを笑顔にしている。
「どうしてですか?」
「男のほうが生きていく上で有利でしょ。面倒なことも少ないし……。まあでも、男ってロクなやつがいないけど。あ、今のは失言。私ね……笑っちゃうかもしれないけど、白馬に乗って戦うんだって子供の頃思ってた。私なんかが絵本を読んだのよね。女の私にも努力は強要されたけど、男だったらもっと楽だったのかな……」
エリスは自嘲気味に呟いた。
「エリス」
「何?」
「クラーレ家はお国を守る力を持っています。あなたのお話では……。その家に恥じぬように努力をした。一生懸命に努力をした。それだけで、それだけで本当にあなたは頑張ったんです。白馬に乗っているのと同じことです。自信を持ってください。国を守るというのは本当に大事なことです。私達が農作を続けていられるのもお国があればこその事」
フォトアはエリスに頭を下げた。
「やめてよ」
エリスは苦笑してしまった。そんなに頭を下げることだろうか。
でも。
何故か自分を褒められたことが嬉しくて。
自分が無意味じゃないって思えて。
もっと仲良くなりたいって思えて。
なんでだろうな。なんだろう。
エリスがなんとも言えない充実感を感じているとフォトアが一つの提案をした。
「お昼を食べませんか?」
「え、ああ、もうそんな時間……食べよう」
「はい。作ってみませんか?」
フォトアの提案だった。少し負い目を感じるエリス。料理。
それと同時にフォトアの腕にも興味があった。一体フォトアはどれくらい凄いのだろうか?料理が特技なのだ。馬鹿にしていたことを本当に申し訳なく思うエリスであった。
「足手まといになるかも……」
「そんな事はありません。さあ、厨房に行きましょう」
笑顔で立ち上がったフォトア。エリスも慌てて立ち上がる。
振り返ると、長い机だなと思うエリス。食堂なのだから当然か。
フォトアは入り口から向かって奥、左の厨房へと歩みを進めていった。ついていくエリス。
厨房に入った二人。お昼の時間だからか人がある程度いた。フォトアがいるのは当たり前だが珍しいエリスの姿を見て視線を集める者たちがいた。美しいと。
「何をすればいいの?」
エリスはあたりを見回している。見慣れない調理道具もちらほら見えた。
「ええと……まず、材料を全部切ってしまいましょう。お肉を切った時はお湯で洗います。先にお湯を沸かしておきます。そちらへどうぞ。包丁とまな板は下の引き出しです」
フォトアはそう告げると手際よく桶に水を入れ始めた。
エリスは厨房の白く四角い調理机の下の引き出しを開けた。包丁とまな板があった。
不慣れに取り出しているうちにフォトアはもう桶の作業を終えていた。
「では材料を切りましょうか。私はパプリカを切るので玉ねぎをお願いします。薄切りで」
「了解」
頷くエリス。
二人で料理をしているというこの現実。
友達と一緒に料理をしたことなんてなかった。
新鮮な体験と、友達が出来て嬉しいという気持ちがエリスの胸を満たした。
今まで使用人たちには迷惑をかけてきたなとも思った。
そんなことをぼんやりと考えているうちにエリスはフォトアの姿を見て驚いた。
種を取るのが速い。野菜を切るのも速い。並の速さではない。しかも綺麗に切れている。エリスなどはまだたまねぎの皮むきも終わっていない。
「切るの上手だね」
エリスの言葉。お世辞ではなかった。
「え?あ、ありがとうございます。嬉しいです」
フォトアは笑顔を再び見せた。こんなに喜んでくれるならいくらでも褒めてやりたい気持ちだった。
「私ももたついていないで切らないとね」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「そうはいかないよ」
二人が笑い合う。楽しい。こんなにも料理が楽しいなんて。
「お湯、沸いてるんじゃない?」
「あと三分ほどかかります」
鍋の方を見ずに答えるフォトア。
なるほど。確かに特技だなと唸るエリスであった。
そして料理が完成した。野菜たっぷりのスープに香ばしく焼き上げられた肉。肉はフォトアが切った。意外にも腕力のあるフォトアだった。
料理を盆に乗せ再び食堂へ向かう二人。
その最中に一人の男が話しかけてきた。ブリッジ家の者だ。髪が黒く長い。
「お嬢様、その銀髪の方は誰ですか?」
「私のお友達です。エリス・クラーレさんです」
「お友達でしたか。いやぁ、べっぴんさんだなぁ……」
男はしげしげとエリスの方を見ている。エリスは視線を逸らしてしまった。
「エリスが困っていますよ」
苦笑するフォトア。
「ああ、こりゃ失礼。お食事楽しんでください。お嬢様のお友達など珍しいものですね」
男は笑顔で去っていった。
それを聞いていたエリス。
「友達少ないの?」
エリスが問いかけた。
「あ、ええ……屋敷の方とは仲良くさせてもらっているつもりですが、外の方とはほとんど……エリスが友達になってくれて嬉しいです」
フォトアがはにかんだ。
エリスはフッと笑った。何故この女性は自分に嬉しいことを言ってくれるのか。
二人は盆を食堂の長机に上に置いた。向かい合って座り合う。
盆の上の食事はとても美味しそうだ。作った甲斐があるというものだ。
「それじゃあ、食べましょうか。いただきます」
フォトアはスプーンを手に取った。
「いただきます」
同じくスプーンを手に取るエリス。
スープにスプーンを入れる。野菜のスープを口の中に。
エリスとフォトアが作った料理。
料理を口にしたエリスは一瞬硬直した。
「どうかしましたか?」
フォトアはエリスの様子を見ながら尋ねた。
「うん……美味しい」
エリス・クラーレは満面の笑顔だった。
エリスにとって人と料理をして食べるというのは初めてのことだった。
だから嬉しかった。苦労して作る料理が輝いて見えた。もちろんクラーレ家で出る食事も豪華だ。だが、エリスの目の前にある料理は今まで食べたどの料理よりも美味しかった。
「ありがとう」
エリスはフォトアの顔を見据えていった。
「え?お礼を言われることは……」
「一緒に、作れて、食べれて、嬉しい」
たどたどしい口調のエリス。
「私もです」
フォトアは楽しそうだ。
フォトアとエリスは友人になった。
お菓子も一緒に食べた。フォトアの出してくれるお菓子と紅茶はとても美味しかった。
平和だ。
そしてエリスはフォトアに聞いてみることにした。
「フォトア、どうしたら人に優しくなれるの?」
エリスの言葉。その言葉を聞いてフォトアは考え込んだ。
「相手の気持ちになることでしょうか。それに一歩先を行かないといけないと思います」
「一歩先?」
「本人が気づいていなくてもその人なりの長所があるはずです。誰もが苦労しながら人生を生きています。だから、ほんの少しでもその人の長所を褒めてあげるべきだと思います。おせっかいかもしれません。そして時にははっきり発言する勇気が必要です。誰かから嫌われても、自分自身の優しさが、信念が人の心を救うこともあります。半分受け売りですけど……」
フォトアは苦笑しながらいった。
エリスはなるほどと頷いた。
確かにフォトアはエリスの長所を認めてくれた。それがとても嬉しかった。
「教えてくれてありがとう。私、フォトアのこと好きよ」
エリスが美しい笑みを浮かべた。
「え、す、好きですか?」
フォトアが顔を赤くする。
「なに赤くなってるのよ」
「い、いえ、その、エリスは凛々しいので、ドキドキしてしまって……」
「私、一応女なんだけど」
「わ、わかってます!」
「おかしな子」
エリスは愉快そうに笑った。フォトアは恥ずかしそうに笑っている。
実際の所エリスは凛々しかった。中性的な顔立ちといってもいいかもしれない。
女性からは素敵ですねと言われるより、かっこいいですねと言われることの方が多かった。その上剣技が特技だ。




