呼応する魂
エインセが屋敷から去ってしまった後、エリスはただ立ち尽くしていた。
変わってほしい。エインセも変わってほしい。そう思った。しかしそれは難しいことだ。エリス自身が悪意の塊だったのだから。そこから抜け出すには一度空っぽにならなければならないことを重々承知していた。
それでも。それでも変わらなければ不幸になる。本当の幸せは掴めない。
どうすればエインセは変わってくれるだろう。
いや。人に変化を求めるのは間違っているのかもしれない。
自分自身が変わって影響を与えるしかない。他人に求めてはいけない。自分が変わるしかない。たとえその結果捨てられるとしても。
エリスはそれから懸命に日々を生きた。何度も料理にチャンレジもした。最初の頃から比べれば料理の腕は明らかに上がっていた。楽しい。レパートリーが増えるのが楽しかった。悪くないものだと思った。使用人たちの出してくれる料理のありがたみもわかるようになった。エリスは使用人が料理を作ってくれる時労いの言葉をかけるようになっていた。使用人たちもそれを嬉しく思い懸命にエリスに尽くした。
今までのような、使う人間と使われる人間という立場に変わりはなかった。しかしエリスと使用人たちの間に信頼感が芽生え始めていた。
人と友好的に接することがこんなに良い気持ちだなんて。
たった一つの労いの言葉で良い関係を築けるなんて。エリスは不思議な気持ちだった。
今までの自分は何をしていたのだろう。
後悔。
何故こんな当たり前の幸せに気づかなかった。
大馬鹿者が。
エリスの平和な日々と同時にエインセがエリスの元を訪れる頻度は日に日に長くなっていった。エインセはエリスの変化が気に入らないようだった。エリスは寂しく思っていた。婚約は解消なのだろうか。そう思うと虚しかった。フォトア・ブリッジも似たような思いをしたのだろうか。
フォトアには手紙を出した。届いているだろうか。届いているはずだ。せめて少しの謝罪の言葉が伝わってくれたら……。
厨房でエリスがまたも料理をしていると、メイド服の使用人がエリスの元に近づいてきた。
「エリス様、お手紙が届いています。フォトア・ブリッジという方からです。お知り合いですか?」
エリスは驚いた。フォトアから返事がきた。
「貸して」
エリスは使用人から手紙を受け取った。動きが早かったので使用人は驚いた。
手紙を受け取りエリスは深呼吸した。何が書かれているのだろうか?責められるだろうか……。
一旦自分の部屋に戻ろう。エリスはそう思った。料理を作り終えたら読もう。
エリスの心拍数は明らかに上がっていた。
『エリス・クラーレ様へ
こんにちは。フォトア・ブリッジです。
もう気にしてはいません。謝ることはありません。
何かお変わりになられましたか?
私は確かにあなたに傷つけられました。でも、もう責める気はありません。
あなたのお手紙を読んで、謝ってもらって、心が暖かくなりました。
ありがとうございます。
料理は結構大変ですよね。褒めてくれてありがとうございます。
あなたは本当に変わられたと思います。私は驚いています。
直接、会ってみませんか?
私は嫌ではありません。
変わったあなたと料理の話がしたいです。
お互いに幸せになれることを心から望んでいます。
フォトア・ブリッジ』
自室にてそれを読み終えたエリスは大きなため息をついた。
フォトア・ブリッジはやはり優しい人間だ。本来手紙が帰ってくることすらありえないことだろう。明らかに傷つけたのだから。しかしフォトアはエリスを責めたりしなかった。人間が出来ている。エリスはそう思った。そしてフォトアと直接話がしたいと心から思った。
人は変われるのだろうか?
ほんの少し、ほんの少しの優しさがあれば人は変われる。
しかしその優しさは日常の波に流されて消えゆくものだ。だからそのほんの少しの優しさを忘れてはいけない。変われるのだ。
エリスは何度もフォトアの手紙を読んだ。何度も読んで自分は何をしていたのだろうと思った。自分の未熟さを呪った。
フォトア・ブリッジに会いたい。会って心からの謝罪をしたい。




