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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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優しさのアヴァロン

 エリスは自室のベッドで横になっていた。白が彼女を包む。

 手を真上に伸ばし自分の手を見つめてみた。傷一つ無い白く綺麗な手。

 料理とは難しいものだ。エリスはそう思っていた。単品のメニューですら上手く作ることが出来ない。多彩なバリエーションを持つことなど夢のまた夢だ。

 おそらくフォトア・ブリッジには出来るのだろう。多彩な料理を作ることが。

 自分には出来ない。エリスはそう思った。エリスはフォトアの特技である料理を馬鹿にしたが、実際にやってみると本当に難しいことだった。確かに料理が得意なのは特技と言えるだろう。


 散々人を馬鹿にしてこのザマだ。みっともないなとエリスは思った。

 エインセは今の私を見てどう思うだろう?彼は挫折していない。今までと同じ性格のはずだ。料理などするなと呆れられるかもしれない。

 確かに料理をする担当の使用人はいるのだ。適材適所。その使用人に任せておけばいいではないか。だがフォトアに謝るためにそれは許されなかった。侮辱した代償を払わなければならない。


 負の連鎖というものがある。普通に生きてきても自然に悪意に染まってしまう者がこの世にはいるのだ。人を叩き、馬鹿にし、批判ばかりをして日々を過ごす。そういうことを楽しいという気持ちでもなく、ただ、『続けてしまう』。そして自分が悪意に染まっている事に気が付かないまま多くの時間を過ごすのだ。


 エリス・クラーレもまたそういう人間の一人だった。挫折を味わうまでは。

 すべての人が悪意から解放されることは難しい。不可能なことだ。また悪意に染まる事が完全なる悪だと断じる事もできない。人にはそれぞれの事情というものがある。

 エリスは一つのモノを手に入れた。悪意から解放され、自分を見つめ人のためになることを出来る心の芽生えを手にした。それは茨の道でもある。 広い視野で物を見ることが出来るようになっても身体は一つだ。全てを処理することは出来ない。

 しかしエリスはやれることを少しずつやっていこうという気持ちだった。

 確かに大変だ。しかしエリスは笑っていた。

 やれることが多いじゃない。

 やることがたくさんあるじゃない。

 自分を育てる事が出来るじゃない。

 人に優しくすることが……。


 エリスはバッとベッドから起き上がり机の前の椅子に座った。

 引き出しからペンを取り出した。紙はすでに机の上に広がっている。


『フォトア・ブリッジ様へ


 こんにちは。エリス・クラーレです。

 あなたに酷いことをしたエリスです。

 ごめんなさい。先に謝ります。

 私は悪意に染まっていました。

 言い訳にはなりません。あなたを傷つけました。

 だから謝らせてください。本当にごめんなさい。

 あなたの特技の料理も馬鹿にしていました。

 でも、私が料理してみたら何一つ上手くいきませんでした。

 今は料理は本当に凄い特技だと思います。

 申し訳ありませんでした。

 ツヴァイ・ローレン様と幸せになってください。

 顔は出せません。きっと嫌がるでしょうから。

 さようなら。


                       エリス・クラーレ』


 エインセ・エーデンブルグはクラーレ家の元を訪れていた。

 理由。最近エリスの様子がおかしいと聞いたのだ。もっとも、おかしいと言いつつそれを伝えてくる使用人の顔はどこか嬉しそうであった。

 相変わらずの青い礼服を着てクラーレ家を訪れたエインセ。堂々と屋敷の中に入っていく。周りの者たちも気づいた。エリス様の婚約者だと。


 エインセはクラーレ家の使用人を呼びつけエリスを呼んでくるようにいった。使用人は深くお辞儀をしエリスを呼びに階段を上がっていった。

 腕を組むエインセ。話によればエリスが突然、使用人に対して若干のトゲはあるが気を使い始めたというのだ。

 そんなはずはない。使用人などいざとなれば解雇すれる使われる側の人間だ。それがエリスとの共通認識のはずだ。きっと何か自分の得になる理由があったのだろう。エインセはそう確信していた。


 エインセが待っていると黒いワンピースのエリスが使用人とともに階段を降りてきた。相変わらず美しい銀髪だなとエインセは思った。

 エインセの側までやってきたエリス。そしてエリスは思いがけない言葉を使用人にかけた。


「エインセが来たことを教えてくれてありがとう。もう行っていいわ」


 エリスがいった。エインセは衝撃を受けた。

 ありがとう?

 そんな言葉をかける必要がどこにあるというのか。

 利用される人間を労ってどうするのか?いや、これは何か理由があるのだろう。直接聞けばいい。


「エリス、なんで使用人ごときにお礼を言ったりするんだい?」


 エインセが優しい声色で尋ねた。それを聞いたエリスは目をパチパチさせた。

 そして静寂が訪れた。エリスが返事をしない。


「疲れているんじゃないかい?それともあの使用人は実は権力者とか?」


 エインセは続ける。


「間違っていたのよ」


 エリスは小さな声でいった。


「間違っていた?」


「私、人を傷つける生き方だけをしてここまで生きてきてしまったわ。でも違ったの。挫折したの。そうしたら私が気づかないことがたくさんあって、周りの人のことを少しだけ考えられるようになった。間違っていた。優しく人に接することが出来なかった。誰もが敵だと思ってた。でも身近にも敵じゃない人間がいて、私はそれに気が付かなくて。私、変わる時がきたのよ。変わらなきゃいけないの」


 エリスはエインセを見つめながら語った。

 瞳は真剣そのもの。

 エインセの瞳の奥を見つめていた。


「ば、馬鹿じゃないのか!?正気じゃない!敵だらけじゃないか。そして僕達は優秀な人間だっていうのが僕等の共通認識だろう?君は間違っている!周りの人間のことなんて考える必要はない。使用人などにかける言葉はない!何を言っているんだ君は」


 エインセが怒鳴った。しかしエリスは凛としてそこに立っていた。


「悲しくない?」


 エリスの真剣な表情。


「悲しい……?」


「その生き方は悲しいものではないの?みんなで平和になれないの?夢物語かもしれないわ。でも人間は一人では生きていけないのよ。こんな醜い私でも助けてくれる人がいたのよ。この広い世界を敵だらけとみなして生きていくの?そんなの不幸よ。エインセ、あなたにも変わってほしい。私達は間違っていたのよ。フォトア・ブリッジに対してもそうだった。人を馬鹿にして。私は、私は……もう、戻りたくない。醜い女に戻りたくない。たとえ変わった自分が馬鹿にされたとしても。私は手にした心を離したくない」


「馬鹿げている!頭を冷やすんだエリス。君は感情的になっているだけだ」


 エインセは不機嫌な表情でエリスに背を向けた。そのまま屋敷から去っていく。

 その後ろ姿をエリスは悲しそうな目で見つめていた。

 エインセ、お願い、変わって……。

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