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審判の使者フォトア・ブリッジ

 フォトアは、ブリッジ家から、市場への道を歩いていた。

 歩道は白い。左手には、一面の畑。右手には、緑の山が広がっている。空は青い。フォトアを導くかのように。

 日差しが強かったので、フォトアは、頭に被った麦わら帽を、深く被った。

 白いワンピースが風に揺れた。手には茶の鞄。いくらかの銀貨が入っている。

 いずれ導きへと至る銀貨を。


 フォトアは、やはり落ち込んでいた。

 恋人。

 結婚。

 将来。

 一方的に裏切られたフォトアは、すぐには立ち直れていなかった。

 無理もない。相手が邪悪だったのだから。


 もしかしたら。もしかしたら。エインセが戻ってきてくれるかもしれない。そんな、実現しない想像をしていた。


 市場へ歩くことは、フォトアの気分を少し和らげた。農夫の言った通りなのかもしれないと、フォトアは思った。体が動いただけで、気分が、ほんの少しの救いを受ける。

 そして、人間には日光が必要だ。心地良く吹く風は、フォトアの金髪を揺らした。

 彼女の心もまた、揺れていた。


 市場へ向かう道に、人気はなかった。通っているのが、ブリッジ家の領地の道のため、道のりに、石はあまり転がっていなかった。踏みやすい砂。大分昔の話だが、ブリッジ家が調整した道だ。通路ではない場所は、緑が茂っている。自然が豊かだった。フォトアは咲く花や緑に、少し心を癒やされた。

 自然は優しい。自然の周りにいるのは、気分が良いものだ。簡単には、傷は消えないが。



 馬車を使わなかったフォトアは、市場に到着するのに少し時間がかかった。しかし、なんとか市場に到着した。少し、汗ばんでいるフォトア。

 フォトアの訪れた市場は、どこの貴族の領地でもない、自由都市である。中立と言えるだろう。どこを見ても、何かしらの店が開いている。

 街は、灰色の建物が多かった。並び店。灰色の布。そして、所々、建物の外に、店の者が出ている。物を売る者たちは、客を逃すまいと、大声で叫んだりしていた。

 人が多い。小綺麗な女性、大男、子供たち。人間の集合体が、市場を形作っていた。


 フォトアは、農夫のアドバイス通りに市場に来たが、市場への道でエインセのことを想像したせいか、あまり市場を楽しむ気にはなれなかった。


 しかし、フォトアは農夫に感謝した。

 少し汗ばむ程度の運動と、通り道の緑たちが、少しだけ彼女の気分を軽くしてくれた。

 ありがとう。そう、フォトアは想った。


 フォトアは果物市場へと向かった。多種多様な地域から市場へと果物が送られてくる果物市場。

 フォトアは父の好きな皮は緑色で中はオレンジの不思議な果物を買って帰ろうと思った。

 そう……父のために。

 そうしてフォトアが店を見渡しながら歩いていると前方の細い路地でなにか言い合っている人影達が見えた。


「小僧……!盗みを働いた人間がどうなるかわかってるだろうな?」


 四人の大男が一人の少年を取り囲んでいた。少年はボロ布のような服を着ていて髪はぼさぼさ。肌は浅黒く焼け反抗するような眼が特徴的だった。服装こそ汚れているがどこか高貴さを感じさせる不思議な少年。


「僕は盗んでない!」


 少年が叫ぶ。少年は腰から革袋をぶら下げていた。それ以外の所持品はなさそうだ。

 一方男たちは筋肉を自慢するかのような白いタンクトップの姿をしていた。


「さっきぶつかった時に俺の銀貨を盗んだだろ!」


「盗んでない!!」


「じゃあその革袋を見せてみろよ」


「……見せたらお前たちは納得しない」


 少年は俯いた。大男たちは険しい表情を少年に向けている。


「やっぱり銀貨が入っているんだろ。棒打ちだ」


「確かに銀貨は入ってるよ……ただ通りすがりの人に貰ったんだ!本当だ!」


「そんな都合のいい事があるかよ!」


 言い合いをする大男達と少年。

 フォトアはそれをじっと見つめていた。そして近づいた。


「すみません」


「あ?なんだ?女?今忙しいんだ。構ってられねぇよ」


「現場は見ていませんが……その子は銀貨を盗んでいないと言っています」


 フォトアの表情と眼差しは真剣だった。


「盗人が嘘をつくのは当たり前だろうが!」


 怒る大男。

 フォトアは少年の方を見た。

 目を見た。

 少年の眼差しは力強かった。


「……銀貨をいくら盗まれたのですか?」


「聞いてどうすんだよそんなこと」


「いくら盗まれたのかと聞いています」


「に、二枚だよ。上等な銀貨二枚」


「わかりました」


 そうフォトアは言うと自らの鞄に綺麗な仕草で手を伸ばし中から三枚の銀貨を取り出した。


「私が支払います。これで良いでしょう?」


 大男達と少年は驚いた。銀貨はそんなに安い物ではないのだ。

 なにより少年が驚いた。盗んでいないのは真実だった。それを信じてくれている目の前の女性に驚いたのだ。


「……だめだ!嬢ちゃんは関係者じゃねぇし盗人に躾をつけなきゃ俺らがナメられる」


「なら四枚払います」


 フォトアはさらにもう一枚銀貨を取り出した。

 大男達は驚いた。一人一枚銀貨が手に入ることになる。

 フォトアと大男達では喧嘩しても相手にならない。しかし大男達はフォトアの真剣さに押されていた。


「……わかったよ!嬢ちゃんに免じて許してやるよ小僧」


 そう大男の中の一人が言うとフォトアの手から銀貨を四枚ひったくるように取った。


「次にやりやがったらタダじゃおかねぇからな」


 そんなことを言いながら大男達は去っていった。フォトアと少年が取り残された。


「棒打ちなんて見ていられないわ。君、大丈夫?」


 フォトアはへたり込んでいる少年に背を曲げ手を伸ばした。


「……どうして助けてくれたの?」


「君が盗んでいないって自分で言ったんでしょう?」


「……うん」


「本当なんでしょう?なら正々堂々背を伸ばしていればいいの。君は間違っていない。人間の誇りを持っているわ。子供でも大人でも関係ない。よく正しいことを言えたね」


「……う……」


 少年は涙を流し始めた。

 盗んでいないという事を信じてくれたこと。助けてくれたこと。両方への感謝が溢れて少年の涙となっている。


「お姉さん、名前はなんていうの?」


「フォトア・ブリッジよ。君は?」


 フォトアは笑顔になっており、少年は涙を流しながらフォトアに抱きついていた。

 信じてくれた。嬉しかったからだ。

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