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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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心の変化がとても穏やかで

 エリスはエーデンブルグ家に一晩泊まり足早にそこを去った。

 エインセとはあまり話をしなかった。話をする気にもなれなかったしなにか居心地の悪さを感じたからだった。

 ボランティア。人を助ける活動。そういったものがあるということをエリスは知っていた。それはエリスにとってはまるで理解不能な行動だった。自らの時間と体力と精神力を犠牲にしてまったく顔も知らない人間を助けるなど、意味不明だ。正直馬鹿だと思っている。そんなことに意味があるのかと。


 しかし今まさにエリスはボランティアをやってみようと思っていた。理由はもしかしたら何か自分に良いことがあるかもしれないという気持ちからだった。あくまでも自分のためだ。他人のためではない。そう自分に言い聞かせるエリス。


 ボランティアは住処を無くした者たちに配給の食事を供給するといったものだった。食事を作る側と配る側に分かれるボランティア。エリスは配る側に配属されていた。

 食事と聞いてエリスはフォトアのことを思い出した。料理が得意なフォトア。

 完全に料理を馬鹿にしていたエリス。だがフォトアは優秀だった。

 エリスは首を振った。どうしてもフォトアと自分を比べてしまう。


「考えていてもしょうがない」


 一人呟くエリスだった。


 ボランティア会場は多くの人でごった返していた。広い草原である。草達を踏みつけ人たちが集まっている。料理を並べるための白い机が展開し机の前にボランティアの者達が集まり並ぶ人々に料理を配っている。もちろん報酬はない。

 エリスは無表情で食事を配っていた。パンとスープ。簡素なものだ。エリスが普段食べているものとは程遠い。

 こんな行動に意味があるのだろうか?

 エリスはため息をついた。しかしやると言ったのだから最後までやり遂げなければならないだろう。


 そしてやる気のないエリスの目の前に三人の子どもたちが現れた。着ている服は上等とはいえない。肌を隠すくらいにしか機能していないのではないかという程にボロボロであった。そしてその子供たちはエリスの前でおどおどしている。


「どうした?」


 エリスはぶっきらぼうにいった。三人の子のうちの唯一の男の少年が前に出た。


「あ、あの、その、僕達弟がいるんです。でも、弟は足が悪くて動けなくて……多めに食料を貰うことは出来ませんか?僕は我慢できます!でも弟はこのままじゃ……」


 男の子が事情を話している。エリスは少し考えた。


「だめだ。証拠がないし食料を盗もうっていう魂胆かもしれない。人数分一定の量を配る。それが決まり。それは動かない。だから三人分しか食料は配れない。わかる?」


「……」


 男の子が後ろを向いた。残りの二人の少女は俯いた。

 その時エリスの心に変化があった。

 その光景。ただその光景が『可哀想』だと思った。

 エリスがそう思ったのだ。


「ちょっと待ってろ」


 エリスは子供達に背中を向けた。少年達は俯いている。

 エリスはボランティアのリーダーの元に向かった。リーダーはやたら髭が長い。


「そういうわけなのですけど、この場合、ルールを重視しますよね?」


 エリスがいった。なんとかなるかもしれないと思ったのだ。


「え?いやいや、君、それは食料を上げなきゃダメだよ!嘘かもしれないけど本当だったら困るからね。困っている人を助けるのが僕達の役目だよ!早く配ってきて!」


 リーダーは早口でまくし立てた。エリスは頷いた。そして子どもたちの所へ再び向かった。



「リーダーがいいっていうから、食料持っていってもいいよ。でもまあ、これくらいだな」


 エリスは子どもたちにパンを差し出した。一週間分はあるかもしれない。

 子どもたちはお互いに顔を合わせた。信じられないというように。そしてエリスの方を向いた。


「ありがとう!ありがとうお姉ちゃん!」


 子どもたちがエリスにお礼を言っている。何度も頭を下げている。食料が手に入ったのにこんなに頭を下げる意味があるだろうか。意味がわからない。結果が全てなのだ。食料が手に入った。その結果だけで十分ではないか。もう私は用済みではないのか。

 しかしエリスは心の中で思ってしまった。悪くない、と。



 ボランティアの作業は終わり撤収の時間となった。参加したボランティア達が撤収作業を始めている。お昼から始まりもうすぐ夜になる時間帯だった。

 エリスは撤収作業を手伝っていた。本人の感覚としては、手伝うというより一応参加したのだから最後までやろうという心意気だった。


 エリスが淡々と物資を運び撤収作業を手伝っているとボランティアのリーダーが目の前に現れた。相変わらず髭が長い。エリスの頭はリーダーの名前を知らないので、髭面と勝手に命名していた。


「なにか?」


 エリスがいった。目の前に現れたので正直邪魔である。しかしリーダーの髭面は満面の笑顔だった。


「いやぁ、素晴らしいねぇ。今回のボランティアで、助かった人たくさんいるかな?いてくれると嬉しいよなぁ」


 笑顔で語っている髭面。エリスはやれやれと思った。

 感謝は一瞬のものだ。お金だってかからない。ありがとう。その言葉で操られているようなものかもしれないのに。どうせ今は感謝したところですぐに忘れる。人間は善良な生き物じゃない。平気で裏切るしいくらでも他人を傷つける。

 そう考えてチクリと胸が痛んだ気がした。他人を傷つける。自分のことではないか。人を傷つけて生きてきたじゃないか。自分で認識していない場面でも人を傷つけてきたじゃないか。

 やはり変われないのだろうか?自分は愚かなのだろうか?このままでもいいのではないか?

 エリスはため息をついた。今日の作業は無駄だったかもしれない。

 その時ふとお礼を言ってくれた子供たちの顔と、ありがとうの言葉が頭に浮かんだ。

 ありがとうなんて言われる人格じゃないのに。

 悪魔のような人間なのに。

 なのに……。

 この感情はなに?

 泣くな。

 クラーレ家の者に泣くことなど許されない。

 家柄がそれを許さない。自分がそれを許さない。エリスは拳を握りしめた。


「助かった人間はいるでしょうね。まあ、無駄ではないと思います。有意義ではないかもしれませんね」


 エリスは髭面に言い放った。髭面はそこでとても驚いた表情をした。


「え、君、自覚ないの?」


「なんの?」


「昼から始まって夜までボランティアしたんだよ?凄くない?」


 髭面がエリスに絡んでくる。そういえばエリスはまったく休憩していない。身体は鍛えてあるのだ。


「僅かな労働時間の差があるだけです」


「僅かねぇ……真面目な人ほど、そう言うんだよなぁ」


 髭面は大きな声で笑った。

 そんなに面白いだろうか?

 しかし真面目ときたか。

 そんなこと言われたことあったっけ?


「褒めてあげよう」


 そんなことを髭面が笑って言ってくる。なんだか、何がおかしいのかエリスも僅かに笑ってしまった。

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